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サーよし!2  作者: たらふく
117/413

117 日置の「わがまま」




―――そして翌日。



日置は校長室にいた。


「で、休暇というのは、どんな理由ですか」


日置は、休暇の許可を得るため、工藤に話をしたばかりだった。


「最近、どうも不調続きでして・・」

「不調?」


工藤は、いつもと変わりのない日置を見て驚いていた。


「先ほども申しましたように、休暇といっても、今週の金曜と土曜だけお休みを頂ければと」


日置は金曜から日曜にかけて、大阪を離れるつもりでいた。


「そうですか・・いえ、お休みはいいのですが、不調とは、どういうことですか」

「そう大したことではありません。ちょっと思うところがありまして」

「そうですか・・」


工藤は「らしくない」日置を、とても心配していた。


「部活動は、どうするのですか」

「それも、あの子たちにこれから話をするつもりです」

「そうですか・・」

「わがままを言いまして、申し訳ありません」

「いえ、いいのですが、よければ私に話してもらえませんか」

「ご心配は大変ありがたいのですが、どうか、なにも訊かないでくださいませんか」

「・・・」

「月曜からは、また頑張りますので」

「そうですか。わかりました」


日置は許可をもらったことで、胸をなでおろしていた。

そして昼休み、日置は森上ら三人を呼びに行き、四人は校庭に立っていた。


「話って、なんでぇ」


中川が訊いた。


「大変申し訳ないんだけど、僕ね、しばらく卓球を休もうと思ってるんだ・・」


三人は黙ったまま、唖然としていた。

なぜなら、まさか休むとは思いもしなかったからだ。

そう、気のない練習でも、せめて来ることは来るだろう、と。


「先生・・休むて・・いつまでなんですか・・」


阿部が力のない声でそう言った。


「それも・・今はわからないんだ・・」

「そんな・・」

「先生ぇ・・私もまだ不調ですけどぉ・・なんとか頑張れるようにぃ・・そう思たんですぅ」


森上がそう言うと、日置はとても辛そうな表情を見せた。


「先生よ、私は構わねぇぜ」

「中川さん・・」

「いいじゃねぇか。ゆっくり休みな」

「・・・」

「チビ助、森上」


二人は黙ったまま、中川を見た。


「シケたツラしてんじゃねぇよ」


中川は苦笑した。


「そ・・そやかて・・」

「ちったあ考えろよ。先生はよ、サボりたくて休むんじゃねぇんだ。事情があんだよ、事情が」

「うん・・」


阿部は小さく頷いた。


「先生、わかった。もういいぜ、行きな」


中川は日置の背中を押した。


「きっと、戻って来るから。それまで待っててね・・」

「ああ~もう、四の五のはいい。早く行けっつってんだよ」

「それから・・練習のことだけど・・」

「っんなあ~こたあいい。チビ助がいんだ。昨日もメニュー考えてよ、ちゃんとやってっから」

「そっか・・ほんとに申し訳ない・・」


日置は深々と頭を下げた。


「いいってことよ!先生、待ってるからな!」


中川はそう言って、森上と阿部を引っ張った。


「ほら、動けよ」


それでも阿部は、切ない表情で日置を見ていた。

森上もずっと日置を見ていた。


「おめーら、そんな顔してっと、先生、辛いだろうがよ!」


すると二人は頷いて、三人は日置を残してこの場を去った。


森上さん・・阿部さん・・中川さん・・

ごめん・・ごめんね・・


日置は三人の後姿をずっと見送っていた―――



教室に戻った三人は、昼食の続きを食べ始めた。


「おめーらよ、先生にあんな顔見せてんじゃねぇよ」

「せやかて・・」


阿部は半泣きだった。


「あの先生が、ああまで言ったってことはよ、よっぽどなんだろうぜ」

「うん・・」

「むしろここはよ、今まで以上に頑張るんだよ」

「え・・」

「え、じゃねぇし。練習だよ、練習」

「うん・・」

「私はまだ入部して浅いけどよ、おめーら四月から世話になったんだろうがよ」

「うん・・」

「先生、必死になって、おめーらのために、動いてくれたんだろ?」

「うん・・」

「それならやることは一つと決まってんじゃねぇか」

「・・・」

「チビ助!」


中川は阿部の肩を叩いた。

阿部は少しだけ、ビクッとした。


「中川さんのぉ、言う通りやぁ」


森上が口を開いた。


「だろ?」

「先生がぁ、おらんかってもぉ・・いや・・おらん時やからこそぉ・・頑張らんといかんと思うぅ」

「森上、わかってんじゃねぇか」

「私はぁ・・先生にぃ、一番迷惑かけたしぃ・・」

「うっ・・ううっ・・」


そこで阿部は、とうとう泣き出した。


「チビ助・・」

「今だけ・・今だけ・・ううっ・・」

「そうか。じゃ、大声で泣け」

「うっ・・ううう、うわあああ~~ん」


阿部の泣き声が教室中に響いた。

クラスの者は、何事かと三人に注目した。


「阿部さん、どしたん?」

「なにがあったん?」

「中川さん・・泣かしたんやろ」


クラスの者が、三人の席へやって来た。


「みんな、ちょっと阿部を泣かせてやってくれ」

「なにがあったんよ」


一人が訊いた。


「おめーよ。おめーも年頃だろ。そこは察しろよ」

「しんどいんか?」

「はっ。女心ってもんが、わかってねぇな」

「だから、なんなんよ」

「昨日、テレビ、観てねぇのかよ」

「え・・」

「アイドルの、なんつったっけ。ほら、熱愛発覚したじゃねぇか」

「ああ~~、林くんな」

「おお、それさね。林だよ、林。チビ助、林のファンなんだよ」

「えええ~~それでこんなに泣く?」

「しょうがねぇだろ。好きなもんは好きなんだろうぜ」


阿部は、中川の嘘が面白かった。

そして嬉しく思った。


「そやねん。うっ。私、林くんが好きやったけど、もう諦める!」


阿部は涙を拭いて、みんなにそう言った。


「もう~~心配するやん~」

「そんなに好きやったんや」

「私もショックやったから、気持ちはわかるで~」


そしてこの場は、爆笑に包まれた。


「中川さん・・ありがとう」


阿部は、みんなが去ったあと、そう言った。


「いいってことよ!」

「うん、そやな。私ら三人で頑張ろう!」


阿部はひとしきり泣いたことで、なんとか元気を取り戻していた。



―――そしてこの日の夜。



日置は自宅で小島に手紙を書いていた。

大阪を離れることを報せるためだが、電話であれば、きっと小島は「着いて行く」というに違いないと思ったからだ。

それに日置は、一人で行きたかった。

どこへ行くかは、まだ決めてないが、風の吹くまま気の向くままで、それそこ誰にも気を使わずに行きたいところへ行こうと思っていた。


『彩ちゃんへ。突然の手紙で驚いただろうね。僕は今、旅に出ています。単なる気晴らしの旅だから、心配しないでね。僕は今までずっと卓球漬けの人生を歩んできた。そのこと自体は後悔なんてしてないし、むしろよかったと思ってる。でも、ここに来て壁に当たり、自分の無力さを思い知らされた。卓球から離れたいなんて思ったことは一度もなかったから、とても驚いているんだけど、僕はもう、あまり深く考えないようにした。気持ちを解放して焦らないことに決めたんだ。一見、遠回りのようで、実はそれが元に戻れる道だと思ってる。きみには色々と心配ばかりかけて本当に申し訳なく思ってる。家に帰ったら連絡するね。日置慎吾』


これを明日、ポストに投函すると・・着くのはちょうど金曜だな・・

うん・・これでいい・・

吉住さん・・言ってたもんな・・

わがまましろって・・

周りがどう思おうと・・関係ないって・・


日置は自分にそう言い聞かせることで、ずいぶん気持ちが楽になっていた。


ルルルル・・


そこで電話が鳴った。

日置は一瞬、出るのをためらったが、仕方なく受話器を取った。


「もしもし、日置ですが・・」

「あっ、僕、三島です」

「ああ~三島くん!」


日置は相手が三島で、心底ホッとしていた。


「こんばんは」

「こんばんは。どうしたの?」

「いや、僕ね、今度の日曜日に、コンテストに出るんです」

「ええっ!」

「それで、日置先生に来て頂けたらな~って思いまして」

「それって、何のコンテストなの?」

「輝く星はきみだ!というコンテストです」

「へぇ~そうなんだ」

「大阪予選なんですけどね」

「へぇー!予選があるんだね」

「予選通過したら、全国大会です」

「おお~それは頑張らないとね」

「僕、『当たり前に』で出ようと思ってるんです」

「わあ~いいね」

「もしよかったら、来てください」

「うん、是非、行かせてもらうよ」


そして日置は場所と時間を教えてもらった。


「僕ね、『当り前に』もう歌詞見なくても歌えるんだよ」

「えええ~~、そうなんですか!めっちゃ嬉しいです」

「でもね、僕、下手なの」

「そんなん関係ないです。歌ってくださるだけで、ほんまに嬉しいです」

「今度、きみの生演奏に合わせて歌ってみたいな」

「ぜひぜひ~~!なんぼでも弾きます!」

「楽しみにしてるね」

「はいっ。では、夜分にすみませんでした」

「いいえ。またね」


そして電話は切れた。


そっかぁ~・・

三島くん・・コンテストに出るんだ・・

頑張ってるなあ・・

日曜日が楽しみだな・・


日置は、三島と話をすることは、なんら負担ではなかった。

むしろ、楽しいとさえ思えたのだ。


やがて金曜日の朝を迎え、日置は旅行鞄を手にして家を後にしたのだった―――

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