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サーよし!2  作者: たらふく
116/413

116 充電期間




その後、吉住の話によると、朱花が十八の頃、お客の中で好きな人がいた。

相手は吉住の上司にあたる男性だった。

吉住は上司から誘われては『安永』へ出向き、朱花とも親しくなるうちに、相談を受けるようになっていた。

けれども上司には婚約者がいた。

そのことで気に悩んだ朱花を、吉住は支え続けた。

朱花は上司を諦めた後も、吉住とは交流を持ち、やがて兄と妹のような仲になったのである。


ちなみに朱花が日置を誘った際に、「二人で会うのが嫌なんです」と言ったのは、日置を連れて行くための方便だったのである。

そして、朱花の友人が経営するスナックで会っているのは、吉住は『安永』へ通わなくなったためである。

友人の球子も、かつて『安永』で働いていたが、独立してスナック経営を始めた。

したがって球子も、朱花と上司、その部下であった吉住のことは、重々承知しているというわけだ。


「あはは、吉住さんのお話、ほんとに面白いですね」

「そんだけ笑ろてくれたら、話し甲斐があるっちゅうもんや」

「もっと聞かせてくださいよ~」

「タダでは聞かせへんで。もっと飲め」

「はいはい~飲みます~飲みます~」


日置は上機嫌になっていた。

そして座卓に、日本酒の徳利がずらりと並ぶ頃には、日置はすっかり酔っていた。


「日置くんて、真面目やなあ」

「そうですかね~」

「真面目、ええことやがな」

「でも僕、すごく悩んでるんですよ~」

「ほうー、何をや」

「僕ね、卓球が全てで生きてきたんですけど~、なんか最近ですね~、やる気が起きないんですよ~」

「そんなこともあるやろ」

「そうなんですけど~、こんな気持ちになったのって、初めてなんです~」

「日置くんな」

「はい~?」

「失敗したってええがな」

「え~」

「やる気が起こらんかってもええがな」

「そ・・そうなんですかね~・・」


日置は少しだけ、表情が強張った。


「きみ、今までエリートやったやろ」

「エリート・・?」

「卓球のエリートや」

「ああ・・そうなのかな・・」

「エリートいうんは、失敗したことがないから、失敗を恐れるんや。ほんで壁にあたった時には、どうしてええんかわからんようになるんや」

「・・・」

「でも、それでええがな」

「え・・」

「きみの人間性は、こないだ会うた時、ようわかった」

「・・・」

「それだけで十分や」

「・・・」

「気張らんかてええ。今は充電期間やと思え」

「充電期間・・」

「電池もな、なくなったらなんの役にも立たん。ただの棒や」

「・・・」

「せやから、よーう充電して、また始めたらええがな」


日置は酔いつつも思った。

確かに吉住の言う通り、自分は電池切れ寸前の状態なのでは、と。

残りわずかになっているからこそ、気力が萎えているんじゃないのか、と。

残りを使い果たした後・・どうなる。

ただの「棒」になるだけだ。


そうか・・僕には充電期間が必要なんだ・・

でも・・それって・・どれくらいかかるんだろう・・

一週間・・?

ひと月・・?

或いは・・一年・・?

そんな時間は・・僕にもあの子たちにもない・・


「ここな」


吉住が言った。


「はい?」

「映画監督や俳優なんかも、よう来るんやで」

「へぇー・・」

「みんな失敗して、壁にあたった経験のあるもんばっかりや」

「そうですか・・」

「そんな時な、悩みに悩んだ挙句、なんて考えると思う?」

「わかりません・・」

「ちょっとは考えてみぃや」

「うーん・・失敗を恐れない?」

「ちゃうで」

「失敗しても、へこまない」

「ちゃう」

「わからないなぁ・・」

「失敗しに行く、や」

「えっ・・」

「そしたらな、不思議なことにプレッシャーから解放されるんや」

「そうなんだ・・」

「失敗したらアカンて、普通は思うやろ」

「はい・・」

「でも、それやとここぞという時、踏ん張られへんのや」


日置は、ある意味、衝撃を受けた。

確かに自分は失敗をしないようにと、心掛けてきたし、それが当然だと思っていた。

同時に、あの子たちにもそう指導してきた。

いや・・勝つためにはそうしなければならない。

けれども、メンタルな部分では、失敗しに行く、という考えも、一理ある、と。

諦める「失敗」ではなく、勝つための「失敗」とでもいうのか。


まさに自分は「失敗」を恐れている。

やる気が起きないがゆえの「失敗」だ。

過去に全国で優勝し、教え子も全国優勝させ、素人を全国ベスト8に導いたというプライド。

その、体に染みついたプライドが潜在的にあり、今のままではズタズタに打ち砕かれるのは自明。

それはあの子たちのためではなく、自分自身の拘りが「失敗」を恐れているからじゃないのか、と。


そうだ・・充電して・・

また一からやり直せばいいんだ・・

三神に勝つとか・・全国優勝させるとか・・

そんな気持ちは一旦、横に置いて・・

初心に戻ればいいんじゃないのか・・


「日置くん」

「はい・・」

「充電て、どうやったらええか、わかるか」

「いえ・・具体的には・・」

「自分のやりたいことやったらええねや」

「え・・」

「例えば、酒を飲むんやったら飲んだらええ。旅行行きたかったら行ったらええ。自分がどうやったら気持ちよく過ごせるか、や」

「・・・」

「周りの人が見たらな、なにサボッとんねん、て思うはずやが、そんなんええねや」

「・・・」

「周りがどう見るかなんて、関係ないで」

「・・・」

「ほんならな、きっと卓球に戻れる日が来る」

「・・・」

「その時の日置くんは、誰よりもやる気に満ちた逞しい監督になってるで。僕は断言する」

「そ・・そうでしょうか・・」

「僕の話が聞きたかったら、遠慮せんでもええで」

「はい・・ありがとうございます」

「あ、それとな」

「はい」

「無理に元気出そうとしたり、頑張ろうとせんええで」

「・・・」

「充電期間は、わがまま放題やったらええねや」

「はい・・」

「よーし、この話はここまでや。まだ飲むからな、付き合えよ」

「はい!」


そして二人は、この後、約一時間にわたって飲み続けた。

吉住は酒に強く、酔いもせずに日置を笑わせていた。


日置は思っていた。

卓球と無関係の者と、こうして酒を酌み交わすことなどなかった。

これまで自分の周りでは「頑張れ」という者が山ほどいた。

いや、それしかいなかった。

けれども吉住は、「頑張らんでええ」と、真逆のことを言った。

そして実際、吉住と話すことで気持ちが解放され楽になった。

日置は、自分自身を追い詰めてはいけないことに、気が付いたのだった。


やがて店を後にした日置は、吉住と別れてマンションへ向かって歩いていた。


ああ~~いいお酒だったなあ・・

また吉住さんと飲みたいし、話したいなあ・・

朱花さんとも、また会いたいなあ・・

一人で店に行くと、驚くかなあ・・


「先生」


マンションの入り口で、小島が立っていた。


「ああ、彩ちゃんじゃない」

「先生・・飲んではるんですか・・」

「うん、それで今、帰りなの」


そこで小島は腕時計を見た。


まだ・・八時やん・・

これだけ酔っぱらってるってことは・・

練習・・やってないってことやん・・


「彩ちゃん、どうしたの?」

「どうしたて・・」


先生・・私の誕生日、忘れてはるんや・・


「どこで飲んではったんですか」

「えっとねー、そこ」


日置はフラフラしながら、あらぬ方向を指した。


どこやねん・・

住宅しかあれへんがな・・


「誰と飲んではったんですか」

「男の人」

「それ、誰ですか」

「知り合いの人」

「知り合いて――」

「彩ちゃん、しつこく訊くのはやめてくれないかな」


日置は、吉住とのことは、誰にも干渉を受けたくなかった。

それは小島に対しても、そうだっだ。


「先生・・」


小島は唖然とした。

けれども、すぐに気を取り直して「早く、部屋へ行った方がええですよ」と、日置に肩を貸した。


「ああ、ごめん」


そして二人で階段を上がり、305号室の前に到着した。

日置はドアを開けて「どうする?」と小島に訊いた。

そう、入るのか入らないのかを訊いたのだ。

また小島は唖然としたが、「入るに決まってるでしょ」とニコッと笑った。


中に入ると日置はすぐにソファで横になった。


「先生、お水、いりますか」

「ああ・・うん」


そして小島は台所へ行き、コップに水を注いだ。


先生・・誰と会うてはったんやろ・・

あんなに酔うやなんて・・


小島は、自分の誕生日など、もはやどうでもよかった。

日置が誰と会っていたのかが、気になって仕方がなかった。


「先生」


小島はテーブルにコップを置いた。


「ああ、ありがとう」


日置は起き上がって、水を流し込んだ。


「ねぇ、彩ちゃん」

「はい」

「悪いけど、テープかけてくれないかな」

「ああ・・はい」


小島はカセットデッキの再生ボタンを押した。

曲が流れだすと、日置は一点を見つめて聴き入っていた。

メロディーも歌詞も完璧に憶えていた日置は、三島の声に合わせて歌っていた。


「昨日までは当たり前で~明日も続くと思っていたぁ~何気ない日々の中で そう・・当たり前にぃ~悩み続けることさえも~苦しみから逃れることも~明日という日がきっと~変えてくれると思ったぁ」


まるで棒読みの歌は下手だったが、日置の声はとてつもなく切なかった。

小島は、胸が締め付けられる思いがしていた。

やがて曲が終わり、しばらく沈黙が続いた。


「先生・・」


小島が口を開いた。


「ん?」

「あの・・私、先生の傍にいてますから。ずっと傍にいてますから」

「え・・」

「先生が、なにか話したいなと思たら、私はいつでも傍にいてますから」

「彩ちゃん・・」

「それだけは忘れんといてくださいね」

「彩ちゃん・・ありがとう・・」


そして日置の目から涙がこぼれた。

小島はポケットからハンカチを取り出し、優しく拭き取ってあげた。

そこで日置は小島を抱きしめた。


「彩ちゃん・・」

「はい・・」

「僕ね・・しばらく卓球を休もうと思ってるんだ・・」

「・・・」

「でも、辞めるわけじゃないよ・・ちょっと休むだけ・・」

「そうですか・・」

「こんな僕でも、きみは傍にいてくれるの・・」

「もちろんです。どっかいけ言われても、行きません。ずっと傍にいます」

「ありがとう・・ありがとう・・」


小島は思った。

もう余計なことは言うまい、訊くまい、と。

ただ日置の傍で見守っていこう、と。

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