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サーよし!2  作者: たらふく
114/413

114 頼る相手




その後、日置は気を奮い起こして彼女らの練習を見るも、やはり以前のようには、気持ちが前に向けないままだった。

森上ら三人も、日置はどうしたのか、と酷く気にかけてはいたが、日置の「気のない」指導に従って練習を続けていた。

日置は、卓球以外では、全く以前と変わりがなく、教師らも日置の「変化」に気が付く者はいなかった。

そして日置は、このことを誰にも相談することはなかったのである。


小島と話をする時も、卓球のことは口にしなかった。

また小島も、卓球に触れることはなかった。

けれども小島は、果たしてこのままでいいのか、思い悩んでいた。

月日は嫌でも過ぎるのだ。

あっという間に来年を迎え、五月になればインターハイ予選が待っているのだ。

まだ時間があるといえばそうだが、五月までに勝てる練習をしないといけないのだ。


そして今日は、小島の誕生日である。

日置はなんと、そんなことも忘れる始末で、名刺を手にしていた。

そう、吉住の名刺である。

日置は、それを引き出しにしまい、一年三組の教室へ向かった。


「森上さん、阿部さん、中川さん」


日置は廊下から、三人を呼んだ。

声に気が付いた三人は、顔を見合わせながら廊下に出た。


「先生、どうしたんでぇ」


中川が訊いた。


「今日の練習なんだけど、きみたちだけでやってくれないかな」


三人は、さして驚きもしなかったが、やはり落胆した。


「用事でもあんのか」


中川の言葉は、きつく聞こえるが、言いぶりはとても優しく落ち着いていた。


「ええですよ」


阿部は笑って答えた。


「私らでぇ、やりますぅ」


森上もそう言った。


「ごめんね」


日置は情けない表情を見せた。


「いいってことよ!」


中川は日置の肩をバーンと叩いた。


「蒲内先輩の卓球日誌がありますし、それを参考にします」

「おうよ!チビ助、おめーキャプテンだしな、頼んだぜ」

「そうそうぉ。千賀ちゃん~頼むでぇ」

「じゃ」


日置はそう言って、廊下を歩いて行った。


「なんだかよ・・先生、小さく見えるな」


中川は日置の後姿を見ていた。


「そやな・・」


阿部は、今にも泣きそうになっていた。


「チビ助、泣くんじゃねぇ」

「なっ・・泣いてないし・・」

「先生ぇ・・辛そうやなぁ・・」

「恵美ちゃん・・」


阿部はそう言って、森上の胸に顔を埋めて肩を震わせていた。


「千賀ちゃん・・」

「チビ助・・」

「せっ・・先生・・なにがあったんやろ・・ううっ・・」

「泣くなっつってんだろ」

「どしたん・・?」


そこへ重富がやって来た。


「おーう、重富」

「阿部さん・・どうしたん・・」

「チビ助よ、腹減ってんだよ」

「そうなん・・?」

「まだ四時間目があんだろ。我慢できねぇって、わがまま言ってんだよ」

「うん、そやねん」


阿部は森上から離れ、ニコッと笑った。


「ええ~~お腹空いて泣くて・・」

「朝、食べてないねん」

「あはは、なんやねん、それ」


重富は安心したのか、「トイレ行って来る」と言い、廊下を歩いて行った。


「チビ助、大丈夫だ」


中川は、阿部の肩をポンと叩いた。


「うん・・」

「っんなもんさ、私がいんだよ。この高原由紀がだな、絶対に先生を元に戻して見せるってんでぇ~~こんちきしょうめ!」

「そうそうぉ~この蔵王権太もいてるでぇ~」

「おめーは、まず自分の調子を取り戻せよ」

「ああ・・そうやったぁ~あはは」

「おめーがよ、調子を取り戻すと、先生、泣いて喜ぶぜ」


森上は思った。

確かに中川の言う通りだ、と。

これまでは、不調の正体がわからず、不安ばかりに襲われていた。

いや・・今でも正体は不明だが、そんなことはもう、どうでもいい。

疑問を持つより、まず前を向くことだ、と。


「私さ、まだ、おめーの本気、知らねぇんだよ。見せてくれっての」

「そやなぁ。中川さんは知らんねんなぁ・・」

「そうだぜ!おめーの本気見たら、私は今の百倍やる気が出るってもんよ!」

「わかったぁ~頑張ってみるぅ」

「あはは!こりゃいいや」



―――そして放課後。



日置は学校を後にして、公衆電話の受話器を手にした。

そして吉住に電話をかけた。


「はい、弘和こうわ映画株式会社でございます」


受付けの女性が電話に出た。


「あの、すみませんが映画制作部の吉住さん、お願いできますか」

「失礼ですが、どちら様でしょうか」

「桐花学園の日置と申します」

「日置さまですね、少々お待ちくださいませ」


そこで、ポロリンポロリンとオルゴールの音色が聴こえた。


「はい、吉住ですが」

「お忙しいところ、突然、申し訳ありません。わたくし先日、吉住さんとお話させて頂いた日置です」

「おお、日置くんか」

「はい、先日は、ごちそうさまでした」

「いやいや、かめへんねや。で、今日は、どないしたんや」

「あの・・またお話させていただきたくて、お電話差し上げた次第です」

「あはは、めっちゃ堅いな」

「え・・」

「今、どこやねん」

「学校を出たところです」

「そうか。ほな、僕がええとこ連れてったる」

「え・・」

「そやな・・ミナミで待ち合わせしよか」

「はい」

「ほなら、高島屋の前な」

「わかりました」

「んじゃ」


そして電話は切れた。

日置はその足で難波へ向かった。



―――ここは桂山の体育館。



彼女らは練習前に、更衣室で着替えていた。


「彩華~今日、誕生日やな。おめでとう」

「ほんまや~十九やなあ~」

「やっと追いついたか」

「いやあ~お姉さんやん~」


彼女らは、小島の誕生日を祝福していた。


「ありがとう」


小島は嬉しそうに答えた。


「練習終わったら、先生と会うん?」


杉裏が訊いた。


「うん、まあな」


その実、日置からはなんの連絡もなかったが、小島はマンションへ行こうと思っていた。


「ええやん~、二人で夢のような夜やな」


岩水がからかった。


「なに言うとんねん」


小島は照れながら笑った。

日置の事情を聞いていた浅野は、小島の「強がり」が手に取るようにわかっていた。


「練習も、頑張り甲斐があるな」


為所が言った。


「うん、そやな」

「ああ~ええなあ~。私も彼氏ほしいわあ」


外間が言った。


「私かて、ほしいわ」


続いて井ノ下もそう言った。


「彼氏いてんのんて、彩華と内匠頭と蒲ちゃんだけかあ」


杉裏が言った。


「私は~まだ彼氏とちゃうよ~」


蒲内が答えた。


「でも、東京行ったりしてるやん」

「そうやけど~、電話ばっかりやし~」

「あんたさ、私ら、電話する相手もいてへんねんで」


外間が言った。


「そんなん言うたかて~うふっ」


蒲内は頬に手を当てて、ニッコリと笑った。


「もう~憎たらしいんやから!」


小島は、彼女らのやり取りを見て羨ましいと思った。

確かに自分は日置が好きだし、だからこそ付き合っているのだが、楽しいことばかりではない、と。

むしろ、相手を気遣ったり、思い悩むことの方がはるかに多いんだ、と。


「彩華」


浅野が小島の肩を手を置いた。


「ん?」

「練習、頑張ろな」

「うん」

「よーし、みんな、行くで」


浅野がそう言うと、彼女らは更衣室を出て卓球台に向かった。

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