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サーよし!2  作者: たらふく
11/413

11 小屋の用途




―――そして五月も半ばを過ぎていた。



森上は、すっかり元気を取り戻し、教室でも明るく笑うようになっていた。

中でも阿部とは、よく話をし、共に下校もするようになっていた。


「恵美ちゃん、クラブってまだ入ってないんやろ」


下校途中、歩きながら阿部が訊いた。


「そやねん・・千賀(ちか)ちゃんはぁ?」

「私は、あまり参加してないけど、陸上部」

「へぇ・・」

「なんかな、いまいち、ピンと来ぇへんねん」

「なんでやのぉ」

「相性が悪いっていうんかな」

「へぇ・・」

「恵美ちゃんは、運動神経抜群やから、運動部に入ったらええんとちゃう?」

「うーん・・弟がおるしなぁ」

「ああ・・恵美ちゃんとこ、共働きやもんな」

「そやねん~、はよ帰ったらんとぉ、あかんねん」

「でも校則では、どっかのクラブには所属せんあかんってなってるやん?籍だけでも置かんとな」

「そやなぁ。どこがええかなぁ」

「卓球部はどうなん?」

「卓球部なぁ。誰もいてへんしなぁ」

「ああ・・日置先生の入部条件は厳しいからな」

「どっちにしたってぇ、そんなに遅くまで練習でけへんしぃ」

「ああ・・そやな」



その頃、日置は、そろそろ森上に声をかけることを考えていた。

いくら抜群の素質を備えていたとしても、練習しなければ始まらない。

森上を全国へ行かせるためには、そうそう悠長に構えてられないのである。

そして肝心の森上に、果たしてやる気があるのかどうかを確かめなければならない。



―――翌日。



体育の授業が終わった後、日置は「森上さん」と声をかけた。


「なんですかぁ」

「きみ、どこのクラブにも所属してないよね」

「ああ・・はいぃ」

「卓球部はどう?」

「ああ・・はいぃ」

「よかったら、放課後、小屋へ来ない?」

「あのぉ・・別にぃええんですけどぉ・・まだ入るかどうかは、わかりませぇん」

「うん、今決めなくてもいいよ」

「そうですかぁ」

「じゃ、放課後、待ってるね」


そう言って日置は、職員室へ向かった。


「恵美ちゃん、なんの話してたん?」


阿部が森上の元へ駆け寄ってきた。


「卓球部に来ぇへんかぁって」

「おお、ほんで行くん?」

「まあぁ・・寄るだけ寄ってみよかなぁ」

「あ、そしたら私も行こかな」

「えぇ~・・陸上部はぁ」

「昨日も言うたけど、あまり参加してないし。んで、卓球ってどんなんやろな~て」

「へぇ~・・」

「ま、私は見学やけどな」


阿部はそう言って笑った。


ところがである。

放課後になり、森上と阿部が小屋で待てども、一向に日置は来ないのである。

森上と阿部は、卓球台に触りながら、「遅いなあ」とこぼしていた。


「日置先生、放課後にね、って言うてはったんやろ?」


阿部が訊いた。


「うん、そうやねぇん」

「約束破るような先生ちゃうしなあ」

「用事でも出来たんかなぁ」


そこで阿部は外を覗いた。

けれども日置の姿は、どこにもない。


「恵美ちゃん、どうする?」

「千賀ちゃんはぁ」

「ここにおってもしゃあないしな」

「そやなぁ、ほな、帰ろかぁ」


そして二人は小屋を出て、学校を後にした。


その頃、日置は職員会議の真っ只中だったのである。

議題は、なんと、あろうことか加賀見が「誰も使ってない小屋を放置するのはもったいない。他に使い道を考えるべきだ」と提案したのだ。

その実、加賀見は日置に嫉妬していた。

そう、ある意味、いじめを解決したのが日置であり、自分は失敗したのだ、と。

そのことに、加賀見はプライドが傷ついていたのだ。


加賀見が育ったのは、父親は高校の校長、母親は小学校の教師、兄は中学の教師、というまさに教育者の家庭だった。

そんな加賀見は、教育者としての心得を両親から叩き込まれていた。


「失敗はするな」


この言葉を、嫌と言うほど聞かされてきた加賀見は、赴任してすぐに失敗したわけだ。

しかも相手は、校内随一の人気者の日置だ。

加賀見は、日置に一泡吹かせてやりたかったのだ。

なんとも子供じみた教師である。


「今は、部員はいませんが、三月までは八人いて、インターハイも出場しています。今後、部員が入った時に、あの小屋がなければ練習が出来ません」


日置がそう言った。


「どうして部員がいないんですか」


加賀見が訊いた。


「僕は、やる気のない者の入部は認めていません。遊びで教えるつもりはありませんから」

「あら、ここは学校ですよ。そりゃ、強いに越したことはありませんが、あくまでも部活動は教育の一環です。日置先生の方針は、自分勝手じゃないですか?」

「どういう意味ですか」

「卓球部を私物化してると申しております」

「私物化?あまりに言葉が過ぎやしませんか」

「日置先生、加賀見先生」


そこで校長の工藤が二人を制した。

二人は工藤に目を向けた。


「加賀見先生はご存じないでしょうが、あの小屋は、私の一存で建てたものです」

「校長の?」

「三年前、卓球部は体育館の隅で小さくなって練習していました。今の小屋を建てる前に、ボロい小屋がありまして、そこへ移り、台も二台しかなく、練習に支障をきたしていたのです。だから私が建てました」

「それは、卓球部を特別扱いしてませんか?」

「そう言われればそうかもしれません。けれども、きみは知らないでしょうが、日置先生や部員たちの日々の苦労を見ていると、私は放って置けませんでした。その際、小屋を建てること、他の先生方にも賛成して頂いたのですよ」

「当時の事情は、私にはわかりませんが、私が申しているのは、現状のことです。誰も使わないあの小屋、無駄だとお思いになりませんか」

「加賀見先生・・」


工藤は、困った風に加賀見を呼んだ。


「なんでしょう」

「もし、今後、卓球部に入りたい生徒が、現れたらどうするのですか」

「それは、その時、練習場に戻せばいいんじゃないですか」

「では、加賀見先生は、あの小屋を何にお使いになるつもりですか」

「それは・・他の先生方の意見を訊くべきかと。それと生徒からも訊いてもいいんじゃないでしょうか」

「ちょっとええですか」


堤が口を開いた。


「どうぞ」


工藤がそう言った。


「加賀見先生」

「はい」

「何に使用するかも、ご自身が考えてないのに、先生の提案は、無責任やと思いますけどね」

「無責任って・・」

「そう思いませんか?」

「いえ、無責任なのは先生の方です」

「へぇーなんでですか」

「さきほどから申してますが、誰も使ってないのに、放置している方が無責任だと思いますが。あれは学校の所有物、つまり全校生徒のものです」

「だから、なんで放置て言えるんですか」

「放置じゃないですか。だって、もう五月ですよ?」

「まだ、五月です」

「そっ・・」

「まだ五月やないですか。なにをそんなに急いどるんですか」

「別に・・急いでるわけじゃありません。個人の持ち物ではないと申し上げているのです」

「そんなん言われたら、バレー部かて、肩身が狭いわ」

「どうしてですか」

「体育館を占領しとるんは、うちですからね」

「バ・・バレー部は・・部員がたくさんているやないですか。私は!部員もいてない卓球部のことを言うてるんです」

「だから・・。あかん、堂々巡りや」

「日置先生、ご意見は?」


工藤が言った。


「確かに、誰も使ってない小屋を、あのままにしておくのはもったいないと思います」

「そうでしょう!」


加賀見は、いきり立った。


「では、加賀見先生」

「なんですか!」

「どうぞ、あの小屋を自由にお使いになってください」

「え・・」

「何でも結構です。その代わり、桐花の名前を全国にとどろかせてください。スポーツでも、文化部でも、なんでも結構です」

「どうして私が、そんなことしないといけないんですか」

「加賀見先生は、なにか、一つの目標に向かってやり遂げたことがありますか?」

「それと小屋の使用と、関係ないんじゃありません?私は、無駄だと申しておるだけですが」

「あの小屋を使って、毎日練習しました。その結果、全国出場を果たしました。その子たちもここの卒業生です。三月に卒業したばかりです。その子たちの気持ちも考えてやってくれませんか」

「卒業したのでしょう?だったら、無関係じゃないですか」

「そうですか。そうまで言われますか」

「大事なのは在校生じゃありません?」

「わかりました。でも、さっき申し上げたこと、必ず守ってくださいね」

「なんのことですか」

「桐花の名を、全国にとどろかせることですよ」

「私には関係ないです」

「いいえ、必ず守ってください。そしてご自身で、その苦労を経験してください」


そして日置は「僕の意見は以上です」と工藤に言った。

この日の会議は、ここで終わった。

そしてこの問題は、今後に持ち越されることになった。


「日置くん」


日置が帰ろうとすると、堤が声をかけた。

日置は立ち止まって「はい」と言った。


「どんならんな・・あの若いの」


加賀見はとっくに学校を後にしていた。


「まあ、そうですね」


日置は苦笑した。


「なんの苦労も知らんと、よう言うたよな」

「でも僕は、一理あると思ったんですよ」

「え・・」

「確かに、誰も使ってないのは、無駄になりますからね」

「まあ、そやろけどなあ」

「僕の方針が、厳し過ぎるんですよ」

「いや、そんなことないで。全国目指すんやったら、そうなるて」


日置は、また苦笑した。


「こんなん言うたら、あれやけどな、バレー部は、外でやってやれんことはないんや。せやけど、卓球は外では無理や。体育館を卓球部が使ういうたら、僕は反対でけへんで」

「先生、そんなこと言わないでくださいよ」

「せやかてな、卓球部は我が校でダントツの成績や。全国でベスト8やで。どこの部も、もの言われへん成績や」

「・・・」

「なあ、日置くん」

「はい?」

「部員、募ったらどないや」

「うーん・・募る・・ですか」

「とりあえずおったら、加賀見はなんも言われへんで」

「でもなあ・・」

「わかってる。きみの方針は、僕かてわかってる」


日置は思った。

もし、小屋が使えなくなれば、あの子たちの思いを全て踏みにじるようになるのでは、と。

加賀見などにはわかりはしない、あの二年間の思いを。

そんな悲しい思いを、日置はさせたくなかった。

つまり、小屋が使えなくなるということは、それは同時に廃部を意味するからだ。


「募ってみるのも、いいかな・・」


日置はポツリと呟いた。


「ええんちゃうか。きみやったら、出来るて」

「でも、僕の方針だと、すぐに辞めてしまうと思うんです」

「そやな・・」


堤はそれもわかっていた。

そして日置は、森上に「放課後にね」と言ったことを、すっかり忘れていたのである。

一方でこの先、加賀見は、また問題に直面するのであった。

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