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サーよし!2  作者: たらふく
108/413

108 衝突




―――この日の夜。



小島は日置の家に電話をかけた。

マンションへ寄ろうとも思ったが、昨日の今日で、少し気が引けていた。


「もしもし、日置です」

「あ・・先生」

「彩ちゃん、こんばんは」

「こんばんは・・」

「どうしたの?」

「いや・・あの、先生」

「なに?」

「今日・・楽器屋さんへ行ってませんでした?」

「え・・なぜ知ってるの」

「私と内匠頭、お好み焼き屋にいたんです」

「そうだったんだ。声かけてくれたらよかったのに」

「なんで楽器屋へ・・」

「ああ・・僕さ、カセットデッキ買おうと思ったんだけど、うっかりしちゃって、楽器屋さんへ行ったんだよ」

「カセットデッキ・・」

「でね、店員さんに訊いたら無いって。そうだよね。あれは電気屋さんに行かないとね」

「なんか、聴きたい曲でもあるんですか」

「ああ・・ちょっとね」


日置は隠すつもりはなかったが、歌詞の内容を話すと、また小島が心配すると思った。


「なんですか~」

「たまには音楽もいいかなって」

「そうですね。気分転換になりますよね」

「彩ちゃんは、練習だったんでしょ」

「はい」

「よく頑張ってるよね」

「社会人、あかんかったですし、もっと練習せなあきませんからね」


社会人とは、全日本社会人大会のことである。

ちなみに彼女らは、予選で総崩れだったのだ。


「きみたちなら大丈夫。来年頑張ればいいよ」

「はい」

「ところで、きみの誕生日、二十五日だけど、どこへ行くか決めたの?」

「ああ・・先生、ドライブ連れてってくれるて言うてはりましたけど、ドライブて、結構時間かかりますよね」

「時間、ないの?」

「いえ・・あの子らの練習時間がとられると思いまして」

「そんなこと、気にしなくていいのに」


先生・・

やっぱり、練習時間のこと・・あまり考えてないんや・・

私とデートする方を選ぶやなんて・・

先生らしない・・

というか・・こんな先生・・嫌や・・


「先生」

「なに?」

「私のことは後回しでええですから、あの子らの練習、見たってください」

「せっかく、好きなところへ連れてってあげようと思ってるのに」

「私の誕生日は、練習が終わってからでええです。ほんで先生のマンションでええですから」

「そっか・・」

「あの・・先生」

「ん?」

「私のことより、あの子らを優先してください」

「そんなこと、わかってるよ」


日置は小島の気持ちを当然嬉しく思ったし、小島の思いやりに感謝もしていたが、自分の気持ちに整理がつかないことで、耳が痛かった。

日置は偶然、三島と出会い、歌詞に共感を覚えた。

ある意味「迷路」から抜け出すための励みになりそうな三島の歌詞で、少し心が救われた思いがしていたところに、今しがたの小島の言葉だ。

今の日置にとっては、「迷路」に逆戻りさせられた気がした。


そしてこうも思った。

小島の誕生日を祝う気持ちは、無論のことだが、二人でドライブに出かけ、気分転換を図りたいとも。

そう、日置は「きっかけ」を探していたのだ。


一方で小島は、意見するのではなく、話を聞くことが大事だとわかってはいた。

けれども小島は、やはり日置に「理想」を抱いていた。

練習の鬼である日置、卓球に「立ち向かう」日置、それこそが、日置を輝かせるのだ、と。

だからこそ、自分は、そんな日置を好きになったのだ、と。


とはいえ、日置にも弱さがあるのは当然のことだ。

在学中は、これっぽっちも弱さを見せなかった日置。

何でも話してくれ、と頼んでも話さなかった日置。

それを今は、自分を頼って弱さを見せている。

支えるのが自分であり、日置もそれを求めている。


小島は頭では十分すぎるくらいわかっていた。

けれども、どうしても気持ちには勝てなかった。


「とにかく、私のことはええですから、先生は、練習に集中してください」

「きみに言われなくても、わかってるよ。じゃ、おやすみ」


そこで電話が切れた。


先生・・

ああ・・怒らせてしもたな・・

でも・・逆に怒った方が、やる気が出るかも・・

今度、会うたら・・冗談の一つでも言うて・・

うん・・それがええな・・



―――そして月曜日の放課後。



「さあ~今日から、練習だ!おめーら、わかってるよな」


小屋の中で、中川は森上と阿部に向けて言った。


「おーう!」

「わかってるぅ」


この三人は、意気軒昂だった。

教室では、朝から芝居の話で持ちきりだった。

クラスメイトから絶賛された三人と重富は、まさに「時の人」だった。

それは加賀見に対してもそうだった。

「先生のナレーション、よかった!」と、称賛され、なんと授業そっちのけで、芝居の話に時間を費やされたほどだった。

クラスメイトは「中川さん!早乙女愛、やって~」とせがみ、中川はそれに応えていた。


一方で、称賛は日置にも向けられていた。


「誠さ~~ん」

「ひおきん~、セリフ、言うて~」

「私も早乙女愛、やりたい~」

「ひおきんとキスしたい~」


と、このように生徒たちは日置に纏わりついていた。

その実、日置は辟易としていた。

そしていつもは「はいはい」と軽くかわす日置だが、「いい加減にしろ!」と怒鳴ったのである。

怒鳴られた生徒らは、あの優しい日置が・・と戸惑っているところに「もう芝居は終わったんだ!」と、突き放されていた。


ガラガラ・・


そこで小屋の扉が開き、日置が入って来た。


「よーう、先生」

「きみたち、早いね」


日置はそう言いながら、靴を履き替えていた。


「土曜日は、お疲れさんだったな」


中川が言った。


「きみたちこそ、お疲れさま」

「まあ~芝居は大成功だったな」

「うちのクラスの子なんか、再演して~と言うてましたよ」


阿部は、嬉しそうに言った。


「そうそうぉ。中尾さんや木元さんや石川さんもぉ、蔵王権太、よかったで~と言うてくれましたぁ」


森上は、かつて中尾らにいじめを受けていたが、今では普通に話ができる間柄になっていた。


「もう芝居は終わったんだよ」


日置は冷たい言葉を発した。


「まあ、そうだけどよ。余韻っつーのか、それだよ、それ」


中川は、ほんの少しだけ日置の言いぶりに驚いていた。


「そ・・そうですね。今日からは卓球に集中せんとあきませんね」


阿部も気を使った。


「準備体操、やったの?」

「ああ・・今からです」

「じゃ、始めて」


三人は顔を見合わせて、体操を始めた。


日置は思っていた。

なにが芝居だ、と。


「ここ一週間以上、練習できなかったんだから、その分を取り戻すよ」


体操を終えた彼女にら向けて、日置が言った。


「はいっ」

「おーす!」

「はいぃ」


「いいかい。きみたち素人にとって、これだけ長い間、練習が出来なかったというのは、大変なリスクになってる。ものすごく貴重な時間を失ったんだ。それを肝に銘じて取り組むように」

「先生よ」


中川が呼んだ。


「なに?」

「じゃさ、なんで昨日休みにしたんだよ」

「きみたちが疲れてると思ったからだよ」

「いや、私さ。正直、昨日から始めるもんだと思ってたんだけどよ」

「・・・」

「休みっつったんで、驚いたんだぜ」

「そうなんだ。じゃ、昨日から始めればよかったね」

「まあ、いいさ。じゃ、先生、始めてくれ」

「まずは、フォア打ちからね。阿部さんと中川さん。僕と森上さんね」


そして四人は、それぞれ分かれて台に着いた。

一通りの基本を一時間ほど続けたあと、「阿部さんはカット打ち。中川さんはカットね」と言った。

二人は日置の指示通り、練習を始めた。


「森上さん、ちょっとフットワーク、やってみようか」

「はいぃ」


日置は、森上の調子を見ることにした。

そう、足の動きのことだ。

そしてフットワークが始まったが、森上の動きは以前のままだ。


「もう少し、早く動けないかな」

「すみませぇん・・」


森上は、懸命に動いているつもりだった。

けれども、足がいうことを聞かないのだ。


「続けるよ」


そしてラリーが始まった。

日置は、少しスピードを上げた。

森上はそのスピードに対応できかね、空振りをする有様だった。


「動こうとしてる?」


日置は思わずそう言った。


「はいぃ・・動かしてるつもりなんですけどぉ・・すみませぇん」

「ちょっと」


日置はそう言いながら、森上の横に立った。


「足だけ動かしてみて」

「はいぃ」


森上は、反復横飛びの要領で、左右へ動いた。


「もっと速く」

「はいぃ・・」

「いちいち返事しなくていいから」


森上は、らしくない日置の態度に、少し戸惑っていた。


「あのね、ここ。ここに足を置いて、その反発力でこっちに動くの」


日置は自身で動いて見せた。


「ほら、やって」


森上は、懸命に足を動かし続けた。


「遅いんだよ。それはフットワークじゃない」

「すみませぇん・・」


森上は大きな体を小さくしていた。


「じゃ、ボール、送るからね」


日置はそう言って、元の位置に戻った。

そしてラリーが開始されたが、森上には全く変化がなかった。


「どうして動けないんだよ」

「・・・」


森上は下を向いていた。


「こっち見て」


すると森上は頭を上げた。


「どうして動けないの」

「どうしてってぇ・・」

「きみ、やる気あるの?」

「え・・」

「おい、先生よ」


このやり取りを気にしていた中川が、口を開いた。


「なんだよ」

「森上、やる気があるに決まってんだろうがよ」

「きみには訊いてない」

「先生、なにイライラしてんだよ」

「イライラなんか、してない!」


日置は思わず怒鳴った。


「きみも阿部さんもそうだ。さっきから見てると、送るコースも不安定、ミスも多い。きみたちこそ、集中してるのか!」

「おい、なんだよ、その言い方」

「中川さん・・止めとき・・」


阿部が制した。


「まったくよ、何があったか知らねぇが、教師が生徒に八つ当たりかよ!」

「なんだと」

「八つ当たりって言ってんのさ!」

「きみさ、そもそもその口の利き方、それが教師に向かって言うことなのか」

「けっ、話をすり替えてんじゃねぇよ」

「中川さん・・もう止めて」


阿部はオロオロとしていた。

森上は、ずっと下を向いたまま、小さくなっていた。

そして日置は何も言わずに、小屋から出て行ったのだった。

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