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サーよし!2  作者: たらふく
107/413

107 少年との出会い




―――翌日。



日置は、久しぶりに羽を伸ばそうと、一人で大阪港に訪れていた。

ここには、日本一低いと知られる、天保山という山があった。

標高5メートルにも及ばない天保山は、山というより丘だった。


日置は「山頂」へ登り、海を眺めていた。

日置の他にも、家族連れやカップルも数組いた。

ここは公園施設でもあり、散歩を楽しむ年寄りなども見られた。


そこへ一人の中学生と思しき男子が、ギターケースを抱えて登って来た。

日置も他の者も、何事かと男子に注目した。


「ああ、すみません。今からちょっと練習しますんで」


男子はそう言って、ケースからギターを取り出した。


「わあ~なに歌うん~?」


家族連れの幼い男の子が、興味深そうに男子に近寄った。


「こらこら、邪魔したらあかんよ」


母親が、済まなそうに子供を追いかけた。


「いいですよ」


男子は優しく微笑んだ。


「なあ~なに歌うん~?」


子供は、男子を見上げていた。


「お兄ちゃんの曲やねん」

「ええ~漫画がええ~」

「ぼく、なに好きなん?」

「ドカベン!」

「ああ~山田太郎やな」

「そうやねん~」


子供の横で、母親が「ほんま、ごめんね」と詫びていた。


「ごめんな。お兄ちゃん、ドカベン、まだ練習してないねん」

「ええ~そうなん~」

「また練習しとくわな」

「うん~わかった~」


そして子供は興味をなくしたのか、男子から離れて走って行った。

日置は、どんな曲を歌うのか、少し興味を持った。

男子はストラップを肩にかけ、ピックを手にしてギターをつま弾き始めた。



――昨日までは当たり前で 明日も続くと思っていた

  何気ない日々の中で そう・・当たり前に

  悩み続けることさえも 苦しみから逃れることも

  明日という日がきっと 変えてくれると思った


  だけど僕は気づいたんだ 大事なものを失うこと

  そうさ僕は誰にも Oh~打ち明けられずに


  ねぇ僕は何を探してるの? どこへ行くの

  宝物があるとしたら この手の中 ああ~

  ねぇ僕は何を求めてるの? 信じてるの

  当たり前に戻れるように 笑えるように 走り出したいんだ――



ここで歌は終わった。

他の者は、あまり聴いてなかったが、日置はその歌詞に惹かれた。


「ねぇ、きみ」


日置は男子に声をかけた。


「はい」

「それ、なんていう曲なの?」

「仮ですけど、当り前に、です」

「二番はあるの?」

「いえ・・まだ一番だけなんです」

「そうなんだ。とてもいい曲だったよ」

「そうですか。ありがとうございます」


男子はとても嬉しそうに笑った。

 

「よければ、もう一度、歌ってくれないかな」

「えっ!いいんですか」

「もちろんだよ」

「はいっ!」


そして男子はもう一度歌った。

男子が歌い終わると、「その歌詞、僕にくれないかな」と日置が言った。


「ええ~~こんなんでよければ!」


男子は歌詞を書いた紙を日置に渡した。


「どうもありがとう」


日置はニッコリと笑った。


「僕、三島みしま英太郎えいたろうと言います」

「僕は日置慎吾です」

「日置さんは、この近くなんですか」

「ううん。市内だけどここじゃないよ」

「僕は、この近くなんです。あそこのマンションに住んでるんです」


三島は天保山から見える、高層マンションを指した。


「そうなんだね」

「家で練習すると、母親がうるさくて」


三島は苦笑した。

日置も気の毒そうに、苦笑した。


「三島くん、いつもここで練習してるの?」

「はい。ここやと、誰にも気を使わんでええですから」

「そうなんだね」

「僕、ミュージシャンになりたいんです」

「おお、大きな夢だね。きみならきっとなれるよ」

「そうですか!嬉しいなあ~」

「二番の歌詞は、いつ頃できそう?」

「メロディーもそうですが、歌詞って、結構難しくて。鋭意考え中です」

「そうなんだ。出来上がるの、楽しみにしてるね」

「ええ~待っててくれはるんですか」

「うん。すごくいい曲だったからね」

「ありがとうございます。頑張ります!」

「また会える日を楽しみにしてるね」


日置が立ち去ろうとすると、「待ってください」と三島が引き止めた。

そして三島は、メモ用紙を一枚破って、電話番号を書いて日置に渡した。


「日置さんの番号も、教えてください」

「うん、わかった」


日置も番号を書いて渡した。


「ここで練習する時、連絡させてもらいます」

「ありがとう。楽しみに待ってるね」


そして日置はこの場を後にした。

日置は歩きながら、三島の歌詞を読んでいた。


「ほんとにいい歌詞だな・・」


日置は、まさに歌詞と今の自分が重なっていた。


「宝物があるとしたら・・この手の中・・か。あ・・そうだ。今度、録音したテープ貰おうっと」


こんな風に思う日置であった。



―――その頃、桂山化学では。



練習を終えた彼女らは、更衣室で着替えて、小島と浅野以外の者は、先に帰っていた。

小島は練習中でも、日置のことが気になって仕方がなかった。

大丈夫なのだろうか、と。

少しは落ち着いただろうか、と。


「彩華」


浅野が呼んだ。


「なに?」

「今日は、先生と会うんか?」

「いや、その予定はないけど」

「ほなら、なんか食べに行かへん?」

「ああ、ええな」


そして二人は難波へ出て、お好み焼き屋へ入った。

二人は店員に、席へ案内されて座り、それぞれ注文した。


「昨日、先生とこ行ったんやろ?」

「ああ・・うん」

「芝居の話で盛り上がったんちゃうの?」

「いや、なんか先生、疲れてはったし」

「ああ・・そらそうや。先生、芝居なんて初めてやったやろしな」


小島は、昨日のことを浅野に話すかどうか迷っていた。

なぜなら、日置の「弱さ」を報せてしまうことになるからだ。


「それにしても中川さん。めっちゃ美人やな」

「そうやな」

「せやのに、あの喋り方やんかいさ」


浅野は「あはは」と笑った。


「ああ、確かにすごいギャップやな」

「でも中川さんて、根性ありそうやから、先生も教え甲斐があるやろな」

「うん、そやな」

「あんたと同じなんやろ?」


浅野は「型」のことを訊いた。


「うん、一枚と裏な」


そこで浅野は、窓から店の外へ目を向けた。


「え・・彩華、先生やで」

「えっ」


小島は浅野の視線を追った。


「先生・・なにしてんねや・・」


浅野は、半ば唖然としながら呟いた。

そう、日置は楽器店の前で立っていたのだ。

小島は、黙ったまま日置を見ていた。


「ちょ・・彩華、行かんでええんか」

「いや・・ああ・・」


すると日置は、なんと店の中へ入って行ったのだ。


「ええ・・先生、楽器て・・」


浅野はさらに驚いていた。


「彩華」

「なに?」

「先生て、楽器とかできたっけ」

「いや・・知らんけど・・」

「あれか・・学校関係かな」

「え・・」

「音楽の先生に頼まれたとか」

「いや・・なんも聞いてへんけど・・」

「というか、彩華、声かけへんのか」

「ああ・・今日は、ええわ・・」

「どしたんよ。なんかあったんか」


「お待たせしました~」


そこへ店員が、お好み焼き二枚を運んできた。

二人はそこで、また楽器店を見た。

すると日置は、店員に丁寧に頭を下げて、この場を後にしていた。


「先生、行ってまうで」


浅野が言った。


「あとで、電話するし」

「あんた、昨日、なんかあったやろ」

「・・・」

「言いなさい」

「他の子には言わんといてや」

「うん」

「実は――」


そして小島は、昨日の話をした。


「なほどなぁ・・」


浅野は、なんと答えていいか戸惑っていた。


「考えたら、あれやもんな。先生、森上さんのことで、ほんま色々あったし、おまけに、私ら・・ほら、早苗のことでひと悶着あったりもしたやん」

「ああ・・うん」

「あの件も、先生には多大な迷惑かけたし、それも関係してるんかもな」

「どうなんやろ。あのことはもう忘れてはると思うけど」

「忘れてるんは忘れてるやろけど、ほら、やっぱり様々なことが蓄積したってことはあると思うねん」

「そうか・・」

「先生は、卓球に集中したいはずやのに、なかなかできひん状態がずっと続いて、んで、芝居やがな」

「うん」

「慣れんことした後って、大概、しんどいで」

「そやと思う」

「まあ、心配せんでも、先生なら大丈夫や」

「うん・・」

「あんたは、話を聞くだけでええねや」

「うん、今後はそうするつもり」

「でも、先生・・なんで楽器店なんか・・」


浅野はもう一度、店の外を見ていた。

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