105 芝居のあと
「ああ~~、やっと終わったな」
部室で、中川がそう言った。
「みんな」
掛井が、他の者に声をかけた。
みんなは掛井に注目した。
「部員のみんな、そして卓球部のみんな、それと先生方、大変お疲れさまでした」
掛井はそう言って、頭を下げた。
「私は最初、自分の脚本で芝居をやろうと思ってましたが、中川さんが愛と誠に替えてくれて、ほんまによかったと思てます。私の本やったら、あんなに人も集まらんかったやろし、成功もしてないと思う。というか、私の脚本なんかおもろないし」
掛井はそう言って笑った。
「いや、部長さんよ」
中川が口を開いた。
「終わったら、謝ろうと思ってたんだ」
「なんで・・?」
「私は、強引に愛と誠に替えた。これは私の単なる身勝手だ。それを部長さんもだが、他の者も受け入れてくれた。ほんとに済まねぇ」
「なに言うてんのよ。おかげで芝居は大成功。それどころか二回もできた。私と木村さんはこれで最後やったし、ほんまにええ経験させてもろたと思てるんよ」
「そう言ってくれるのか。ありがてぇ」
「っていうかさ、中川さん」
木村が呼んだ。
「なんでぇ」
「その喋り方・・」
木村は笑っていた。
「なんだよ」
「せっかく早乙女愛そっくりやのに、喋り方、なんとかならんのかいな」
「こればっかりは、どうしようもねぇのさ」
「もったいないなぁ・・」
「ほんとはよ、私が誠さんを演じたかったんでぇ」
「ええ~それはないわ」
木村がそう言うと、他の者も「うんうん」と頷いていた。
「まあ、なんにせよ、芝居は大成功だよ。みんな、お疲れさま」
日置がそう言った。
「先生、月曜からしばらくは大変ですね」
加賀見が言った。
「ん?」
「誠さぁ~~ん、言うて、生徒に纏わりつかれますよ」
「ああ・・」
日置は、あさっての方を向いた。
「それにしてもよ、加賀見先生のナレーション、抜群だったぜ」
「そう?うん、そうやろ」
加賀見は嬉しそうにしていた。
「もうね、家でどれだけ練習したか。とにかく噛まないように、そして感情を込めて・・これを徹底したんよ」
「さすがだぜ!」
こうして暫くは、雑談が続いた。
どの顔も、やり遂げたという達成感に満ちていた。
「おい、重富」
中川は重富の元へ行き、小声で話しかけた。
「なに・・?」
「おめー、約束、わかってるよな」
中川は「お飾り部員」のことを言った。
「そりゃもう!」
「よし。まだ先だが、頼んだぜ」
「任しといて!」
その後、化粧をしている者は、化粧を落とし、みな、それぞれジャージに着替えた。
「ほなら、私らは舞台へ行って後片付けをします」
掛井が日置に言った。
「僕も行くよ」
「いや、先生と卓球部の子らはええです」
「どうして?」
「芝居に参加してくれただけでもありがたいのに、その上、片付けやなんて」
「おい、部長さんよ」
中川が呼んだ。
「なに?」
「今さら水臭いこと言ってんじゃねぇよ。私らも行くに決まってんだろうが」
「そうそう。私も行きます」
阿部が言った。
「私もぉ、手伝いますぅ」
森上もそう言った。
「そうか・・ありがとう。あの、先生」
「なに?」
「今後、卓球部に協力できることがありましたら、遠慮なく仰ってください。私ら、なんでもやりますので」
「ありがとう」
日置は優しく微笑んだ。
「そやな。試合の応援、行きます!」
木村が言った。
「次の試合て、いつですか?」
田沼が訊いた。
「来年の五月かな」
「ええ~~まだまだ先ですやん」
「え・・十二月に――」
重富がそこまで言うと「片付けに行くぜ!」と中川が制するように言った。
そして中川の号令で、全員で体育館へ向かった。
「おい、重富」
向かう途中、中川が呼んだ。
「なに?」
「おめー、気を付けてくれよ」
「なにを?」
「団体戦のこと、先生には内緒だって、言っただろが」
「あっ・・ああ・・そやったな。ごめん」
「いいか。ぜってー喋んじゃねぇぞ」
「うん、わかった」
―――その頃、体育館前では。
小島ら八人と大久保らは、まだ芝居の余韻に浸っていた。
「もう~~慎吾ちゃん、素敵過ぎたわ~~」
大久保は、「ワル」の日置に惚れ直していた。
「日置さんに、芝居の才能があったやなんて、どんだけ底が知れんのですか」
安住もいたく感心していた。
「確かに、でぇれぇ、かっこよかったですけぇ」
「小島ちゃん~惚れ直したんとちゃうの~」
大久保はそう言って、小島をからかった。
「いやっ・・別に、そんなことないですけど」
「あら~照れんでもええのよ~。私は惚れ直したわ~」
「そ・・そうですか・・」
「小島ちゃんから、奪おうかしら~」
「えっ・・」
「大久保さん」
安住は大久保を呼び、呆れたように首を横に振っていた。
「なによ~安住っ」
「それ、地球がひっくり返ってもないですから」
「もう~~」
大久保はそう言いながら、安住の頭を持って前後させた。
すると彼女らは「久々の首振りの刑や」と言って笑っていた。
そこへ、日置ら一行が現れた。
「きゃあ~~慎吾ちゃ~~ん」
大久保が叫んだ。
「ああっ、先生!」
小島以外の者も、思わず叫んだ。
「きみたち、来てくれてたんだね」
「慎吾ちゃん~~、もう~すっごくよかったわ~~」
「ありがとう」
演劇部の彼女らと中川は、大久保の話し方に唖然としていた。
「いやあ~~あんたが中川ちゃんね~」
「え・・」
「初めまして~大久保です~」
「ああ・・」
さすがの中川も、畳みかける大久保に戸惑っていた。
「中川ちゃん、早乙女愛、そっくりやね~。で、演技も抜群やったわよ~」
「ありがとうございます・・」
「この人は、大久保くん。で、この人が安住くんで、この人が高岡くん。彼らは桂山化学で現役の選手として活躍している人たちだよ」
日置が三人を紹介した。
「現役・・?」
「卓球の選手なの」
「へぇ・・」
「高原由紀ちゃんも~、スケバンちゃんたちも~岩清水ちゃんも~蔵王権太ちゃんも~みんなよかったわよ~~」
「ありがとうございます」
掛井が一礼した。
それに倣って、みんなが頭を下げた。
「中川ちゃん~、卓球部に入ったんやてね~」
「おうよ!」
すると、大久保らは目が点になった。
「私は、二学期になってここへ転校し、んで、卓球部に入ったんでぇ」
「・・・」
「あはは!なに驚ていんだよ!」
中川は、大久保の胸をバーンと叩いた。
「中川ちゃん・・?」
「なんでぇ」
「いや・・その話し方・・」
「私は、いつもこうなんだぜ」
すると大久保は日置を見た。
「うん、中川さんって、こうなの」
「いやあ~~あんた、面白いわあ~~」
「先生も、そう言うんだぜ」
「あはは、見た目とのギャップ、私と同じやないの~」
「ほんとだぜ!大久保さんとやら、気が合いそうだな」
「あのね、中川さん」
日置が呼んだ。
「なんだよ」
「この方たちは、僕や彼女たちにとって恩人なの。言葉遣いには気を付けて」
「ああ・・わりぃ。大久保さん、すまねぇっす」
「あはは、ええのよ~ん」
そんな中、高岡は中川に心を捉えられそうになっていたが、今しがたのやり取りで、その気持ちは一瞬にして消えていた。
「じゃ、僕たちは片付けに行くから」
日置が言った。
「ここで待ってるわ~」
「いや、いいよ」
「いや~~ん、待ちたいのよ~」
「大久保さん」
安住が小島に気を遣って、大久保の服を引っ張った。
「私らも、ここで待ってます」
小島が言った。
「そうですよ~先生、終わったら、みんなでどっか行きましょうよ~」
浅野が言った。
「そっか・・。そうだね。せっかくだし、食事でも行こうか」
「きゃあ~~さすが慎吾ちゃんやわあ~」
そしてこの後、演劇部員と加賀見も含め、一行は天王寺へ出て食事に向かったのである。




