104 芝居は大成功
「太賀誠と早乙女愛に敗れた高原由紀は姿を消した。そこへ新たな勢力、砂土谷峻率いる緋桜団が花園実業を乗っ取る。当然のように砂土谷と誠は対立するが、誠に敗れた砂土谷も姿を消す。そののち、早乙女愛の父親が汚職事件に巻き込まれて逮捕され、早乙女家は、ある意味崩壊する。そんな中、誠は産みの母親との「拘り」にけりをつけ、陰に陽に愛を支え、やがて事件の真犯人に辿り着くが、そこで砂土谷が現れナイフで刺される。こうして数々の紆余曲折を経て、ようやく誠と愛は、互いの気持ちに向き合うことができるようになる。そしてナイフに刺された後、誠は愛の元へ行くのである」
加賀見のナレーションが流れた後、暗転が戻った。
そして波の音が流された。
「ここは、逗子海岸――」
加賀見が言った。
掛井と森上と田沼と中川が、並んで砂浜に座っていた。
「早乙女くん」
田沼が言った。
中川は田沼を見た。
「もうじき、きみのお父さんも釈放されて、帰って来られるよ」
すると中川は、真剣な表情で海、つまり客席を見つめた。
「太賀くんも、戻って来るわ・・」
掛井が言った。
「無事ならよいが・・」
「無事ですとも。太賀くんは不死身だもの」
掛井がそう言うと、中川は袖の方に目を向けた。
「早乙女さん?どうなさったの」
掛井が訊ねるも、中川は茫然としながら立ち上がった。
中川の視線を追った田沼は「太賀っ!」と叫んだ。
するとそこへ、袖から日置が現れた。
腰からは血がポタポタと滴り落ちている。
「きゃあ~~・・」
観客席から声が挙がった。
中川と日置は、互いに駆け寄った。
そして互いの体を抱いた。
「きゃあ~~!」
そこで再び、観客席から黄色い声が挙がった。
「誠さん・・」
「愛・・」
そして二人はキスを交わすフリをした。
その際、二人の唇は、あと数ミリで触れ合うくらい近づいていた。
客席の小島は、思わず目を伏せた。
フリだとわかっていても、やはり直視できなかったのだ。
この時点で館内は「きゃあ~~~~!」と叫びにも似た声が、あちこちから挙がった。
「一度・・こうしたかった・・」
「一度?これからは、ずっと一緒よ」
日置は優しく微笑んだ。
「誠さん。私、とても幸せ。幸せよ!」
二人は、強く抱き合った。
そこで幕が下りた。
観客席からは、大きな拍手が起こった。
「いいぞ~~~!」
「ラストシーン、痺れた~~!」
「死なないでぇ~~誠さん!」
「愛ちゃん~~、綺麗やった~~」
このように、称賛の声も挙がっていた。
幕の後ろでは、『チーム中川』のメンバーらは、達成感に満ちた表情になっていた。
「みんな、ご苦労だった!」
中川が言った。
「ああ~無事に終わってよかったね」
日置も胸をなでおろしていた。
他の者も、互いに声を掛け合っていた。
するとそこへ、工藤が舞台に上がって来た。
「校長、どうされたんですか」
日置が訊いた。
「どうも、お疲れさまでした、と言いたいところなんですが、実はですね――」
そこで工藤は、事の経緯を説明した。
「ええ~~、二回公演?」
日置は唖然としていた。
「もう、大勢の方々が、外でお待ちなんですよ」
日置は、正直、終わったことで気が抜けていた。
それは他の者も同じだった。
特に、卓球部である阿部と森上はそうだった。
けれども中川は違った。
「先生、やろうぜ」
「えぇ・・」
「すぐには無理だ。準備があっからな。三十分もあればいいだろ」
「ほんまにやるん?」
阿部が訊いた。
「このまま終わりとなると・・外でお待ちの方々からの不満が爆発しそうです」
工藤は、とても不安そうにしていた。
「先生、みんなもいいな。同じことやるだけだぜ。もう緊張もしてねぇだろ」
「うん、そやな。やろか」
掛井が言った。
すると同じ三年生である木村は「これで最後の文化祭やし、やろか」と言った。
そして他の者たちも「やろやろ」と賛同した。
「私ぃ・・お腹、空いたなぁ・・」
森上は思わずそう言った。
そこで他の者は、「あはは」と笑った。
「校長」
中川が呼んだ。
「なんですか」
「済まねぇが、人数分のサンドウィッチと飲み物、持って来てくれ」
「え・・」
「みんな、ろくに食わずにやったんだ。このまま続けるとなると、腹の虫が鳴りかねねぇぜ」
「そ・・そうですか・・わかりました」
「よし、やろうか」
日置も、ようやく賛同した。
校長が出て行った後、入れ替わるように加賀見がやって来た。
「加賀見先生」
中川が呼んだ。
「みんな、お疲れさま。大成功やね!」
次もあると知らない加賀見は、ホッとした様子でそう言った。
「三十分後、二回目の公演だ」
「えっ・・」
「外で、大勢の人が待ってるらしい」
「う・・そ・・」
「いいな、先生、頼んだぜ」
「日置先生、ほんまなんですか・・」
「うん。もう決まっちゃったの」
―――その頃、入り口では。
「みなさん、たった今、次の公演が決まりました。入れ替えをしますので、みなさん、出てくる方々の邪魔にならないよう、ここを開けてください」
「おおおお~~~!」
この場にいる者は、急いで場所を譲った。
「約三十分後、開演となります。入れ替えの際は、どうぞ走ったりなさらないようお願いします」
ほどなくして、中にいた観客者がぞろぞろと外へ出てきた。
「よかった~~!」
「誠役と愛役の人らって何者なん?」
「いやあ~~もっかい観たい~~」
「ひおきん、めっちゃかっこよかった~~」
と、このように、感想があちこちから飛び交っていた。
やがて入れ替えも滞りなく済み、二回目の上演が迫っていた。
「みんな、どうする?」
外に出た彼女ら八人は、校庭で立っていた。
そして浅野がそう訊いた。
「彩華、お化け屋敷あるらしいで」
為所が、いたずらな笑みを浮かべた。
「おい、為所」
小島は為所を睨んだ。
「なによ・・」
それでも為所は笑っていた。
「あんた、わざと言うてるやろ」
「あはは、バレましたか」
「彩華~、行こうな~」
蒲内が言った。
「なんでやねん!」
「っんな、高校生のやってるお化け屋敷なんか、大したことあらへんて」
杉裏が言った。
「私は行かへん」
「それにしてもさ・・先生と中川さん?やったっけ。あのキスシーン・・」
井ノ下がそう言った。
すると小島の顔は、少しだけピクッとなった。
「あれ・・まさか、ほんまにしたんとちゃうよな」
外間が訊いた。
「あれは、フリや、フリ」
小島が答えた。
「にしてもさぁ~、かなりきわどかったよな」
「彩華・・なんとも思てへんの?」
岩水が訊いた。
「思てへんよ」
その実、小島は少しだけ妬いていた。
日置には「全力で」と言ったものの、実際、目にすると、やはり複雑な心境になっていたのだ。
「まあまあ、そんなこと、ええがな」
浅野は、小島の心情を察していた。
小島は妬いてはいたが、この気持ちを日置に言うつもりは一切なかった。
なぜなら、日置は嫌がっていたのだ。
そこを責めるとなると、何も悪くない日置にすれば、とんだとばっちりになるからだ。
いずれにせよ、芝居は大成功したのだ。
そして自分も感動した。
日置に会えば、「お疲れさま」と言って、労うつもりでいたのだ。
その後、二回目の公演が行われ、『愛と誠』は大成功に終わったのだった。




