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サーよし!2  作者: たらふく
101/413

101 騒然とする館内




やがて正午になり、『チーム中川』は部室に集合していた。


「今から、スケバングループには化粧をしてもらう。先生の眉間の傷と、それと上半身に包帯を見立てた紙テープを巻く」


みなは、それぞれ鏡の前で化粧をし始めた。


「僕は、どうすればいいの?」


日置が訊いた。


「私がやるよ」


中川はそう言って、日置を席に座らせた。


「水性マジックだから安心しな」


中川は、自分の髪留めピンで日置の前髪を留めた。

そしてマジックの蓋を開け、「じっとしてろよ」と言って傷を描き始めた。


「おい、田沼」


中川は描きながら、岩清水役の田沼を呼んだ。


「なに?」

「おめー、誰かの茶色のアイシャドー借りてくれ。それと黒のペンシルもな」

「わかった」


田沼はそう言いながら、大川にアイシャドーとペンシルを借りた。


「はい、これ」

「おお、サンキュな」


中川は傷を描き終えると、茶色のアイシャドーで傷口を塗った。


「先生、目、瞑ってくれ」

「え・・」

「え、じゃねぇし。目に凶暴さを持たせるために、これでラインを引くんだよ」

「わかった」


日置は目を閉じて、中川の言うに任せた。


「それで、これだ」


中川は用意してあったカツラを被せた。

するとどうだ。

もともとハンサムな日置は、完璧とまではいかないものの、まるで太賀誠のように仕上がったではないか。


「おおっ、先生、いいぜ!」


他の者も日置に注目した。

すると「おおおおお~~」という声が挙がった。


「先生ぇ~~、よく似合ってますぅ~~」


思わず森上も、興奮を隠せない様子だ。


「森上。驚くのはまだ早いぜ」

「なんでなぁん~」

「これさね」


中川はヨレヨレになった、学生帽を日置に被せた。

すると再び「おおおおお~~!」と声が挙がった。


「これで、舞台裏で学生服に着替えたら、完璧さね」

「ちょっと、鏡を見せて」


日置が言うと、大川が日置に鏡を渡した。


「あっ・・」


日置は自分の変わりように驚いていた。


「先生、どうだ」

「ああ・・まあ、太賀誠に見えなくもないかな」

「のんびりしてる暇はねぇ。先生、裸になってくれ」


日置はジャージの上着とTシャツを脱いだ。

そして中川と田沼で、グルグルと紙テープを巻いた。


「よし、先生はこれで出来上がりだ。他の者、準備は整ったか」

「準備OK!」


掛井が言った。


「じゃ、舞台へ行くぞ。その際、あまり人に見られないよう、顔を隠せよ」


そして『チーム中川』は、体育館へ急いだ。

一行は、裏口から中へ入った。

すると、観客者の熱気が既に館内を包んでいた。

中川は舞台袖から、客席を見た。


「あ・・」


そう、客席は満杯どころか、立ち見の者までいたのだ。


「おい、すげーぜ」


中川はすぐにみんなに報せた。


「満員御礼だぜ」

「えっ・・」


驚いたみんなは、袖から客席を見た。


「うわあ・・」


誰しもが、客の多さに怖気づきだした。


「とっ・・とにかく・・落ち着こう・・」


部長の掛井でさえ、声が震える始末だ。


「は・・はよ・・制服に・・着替えんと・・」


木村も同じだった。


「ど・・どうする・・こんなん・・」

「あかん・・セリフが飛んでしもた・・」

「なにしたらええの・・」

「きみたち」


そこで日置が口を開いた。

みんなは黙って日置を見た。


「こんな大勢の観客の前で、芝居ができるなんて、滅多にないよ」


日置には、全く動揺など見られなかった。


「演劇人冥利に尽きるんじゃない?」

「そ・・そやかて・・」

「いいかい。観客はカボチャだと思えばいい。きみたちは今日まで懸命に稽古を続けてきた。普段通りにやればいいだけ。せっかくのチャンスなんだ。観客をあっと言わせようよ」


日置の言葉を聞いた中川は、ある意味、衝撃を受けていた。

なぜなら日置は、稽古は真面目に取り組んできたものの、常に受動的だった。

そう、本気でやる気などないと受け取っていたのだ。

ところがどうだ。

中川にすれば、とても日置の口から出た言葉とは思えなかったのだ。


「大丈夫。きみたちはやることやって来た。それをこれから発揮すればいい。自分が一番強いと思えばいいんだよ」

「強い・・?」


掛井が訊いた。


「あ・・違った。自分が一番うまいと思えばいい」


日置はニッコリと笑って、一人ずつ、肩に手を置いて「いいね」と言って回った。

するとみんなの気持ちも解れ「はいっ」と逞しい返事が返って来た。


「そうでなくちゃ」


日置はまた、ニッコリと微笑んだ。


「先生よ」


中川が呼んだ。


「なに?」

「監督の顔になってたぜ」

「あはは、そうかな」

「よく緊張を解してくれた。さすが日置先生だ。ありがとうございます」


中川は丁寧に頭を下げた。


「よーし、着替えだ!」


中川の号令で、みんなは着替え始めた。

そして準備も整い、いよいよ開演五分前になっていた。


「間もなく、愛と誠の上演が始まります」


加賀見が放送をかけた。


「ここで上演前の注意点を、少し述べます。上演中は立ち上がったり、物を投げたりなさらないようお願いします。それと、原作はかなり長いので、時間の都合上、ほとんど割愛させていただきますことをご了承くださいませ。それでは開演となります。どうぞ観客席の皆さま、桐花学園演劇部の熱演を最後まで楽しんでください」


加賀見が言い終えると、場内の灯りが落とされた。

そこで館内は大きな拍手が起こった。


「物語りの始まりは、ここからだった――」


加賀見のナレーションが始まった。


「幼い頃、スキーに訪れていた早乙女愛は、両親から禁止されていたスロープへ興味本位で飛び込んだ。魔のスロープといわれるここは、たとえ屈強な大人でも足を踏み入れることがなかった。幼い愛をあざ笑うかのように、スロープは愛を飲み込んだ。するとそこへ山小屋の住人である息子の太賀誠が、体を張って愛を助けた。その際、誠の眉間には、大きな傷がつけられた。けして消えることのない傷が元で、誠の家庭は崩壊する。そして数年後、太賀誠と早乙女愛は再会する。どうしようもない不良と化していた誠を見た愛は、傷が元でそうなったことを悟り、誠を東京へ呼び寄せる。けれども誠は通い出した青葉台高校で大暴れをし、警察沙汰になって退学させられる。誠は一人静かに花園実業高校という、日本で一番の不良の吹き溜まり高校へ転校する。事実を知った愛は、青葉台を退学し、悪の花園へ誠を追って行ったのだった――」


加賀見のナレーションが終わると、舞台にスポットライトがあてられた。

舞台上には、机と椅子が並べられ、スケバングループらが、獲物を狙うかのように、日置を取り囲んでいた。

日置は、椅子に座り、机に足を投げ出していた。


「ガムコ、やるかい」


重富が言った。


「こいつ・・どうも気に入らねぇ」


阿部は、ガムをクチャクチャ噛みながら言った。


「スケバングループ、中堅幹部のガムコを、とうとう怒らせちまったね」

「これは厄介だ」

「あ~あ、お気の毒なこった」


そして阿部は、手にしていたナイフで、日置の足を刺そうとした。

日置は、阿部の手を蹴り上げるフリをして、その場で立ち上がった。

阿部はナイフを落とした。


すると観客席から「きゃああああ~~!」という黄色い声が一斉に上がった。

なんなんだ、このハンサムな男性は、と。

そして日置は、帽子のつばを少し上げて、眉間の傷を見せた。


「なっ・・」


阿部は怯む演技をした。


「ガムコとやら。俺に歯向かうとどうなるか、体で覚えな!」


日置は阿部を羽交い絞めにし、机の上のコンパスを、阿部の喉元に突きつけた。


「生意気な野郎だ!」

「てめぇ~調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


スケバンたちは、日置に襲い掛かろうとした。


「来たら・・こいつで、喉を一撃よ」

「や・・やめてぇ~~」


阿部は叫んだ。


「て・・てめぇ~~」

「ガムコ、情けない声出してんじゃねぇよ!てめー、それでもスケバングループの幹部かよ!」

「こっ・・こいつは・・やると言ったらやるよ~~」

「ああっ?こいつって、誰に言ってんだ!」


日置はさらに、コンパスを阿部の喉に近づけた。


「わ・・わかった・・わかったから・・」

「ああっ?なにがわかったんだ」

「悪かったよぉ~~・・私が悪かったよぉ~~」


阿部は泣き叫ぶ真似をした。


「太賀誠さま、申し訳ありませんでした、だろうが!」

「たっ・・太賀誠さまあ~~申し訳ありませんでしたあああ~~」


「すると転校したての早乙女愛は、この騒ぎを聞きつけた――」


加賀見のナレーションが入った。

そこで中川登場だ。


「まっ・・誠さん!」


そう言いながら、舞台の袖から出てきた中川を見た来訪者たちは、日置を見た時より驚愕していた。


「ええええええ~~~!」

「さっ・・早乙女愛やん!」

「本物や・・本物やん!」

「きゃあ~~~~!」


「えー、お静かに願います。ご静粛に願います」


あまりの騒ぎに芝居が続けられず、加賀見は放送をかけた。

それでも館内は、まだまだ騒然としていた。


「ちょっと~~太賀誠といい、早乙女愛といい、なんなん~~」

「本物の役者とちゃう!?」

「私、写真撮る。写真撮る~~!」

「きゃ~~~誠さーーーん」

「愛ちゃーーーん」


「ご静粛に、ご静粛に!これでは芝居が続けられません」


加賀見がそう言えども、誰も聞く耳を持たなかった。


「一旦、幕、幕~~!」


三波がそう言って、一旦、幕は閉じられたのである。

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