100 絶対に成功させる
―――そして文化祭当日。
桐花学園には、朝から大勢の人が訪れていた。
在校生は無論、その家族や友人、近隣の住民や他校からの来訪者も多く見られた。
文化祭で活躍するのは、やはり文化部だ。
華道部、茶道部、書道部は、各教室で実演や、来訪者に参加もさせていた。
写真部は教室で展示を行っていた。
家庭科部は、教室で「喫茶店」を開き、サンドウィッチなど軽食も出していた。
そして実行委員会は、自ら「お化け屋敷」を催し、教室の前では物珍しさに人でごった返していた―――
そんな中『チーム中川』は、部室で最後の打ち合わせをしていた。
「上演は午後一時から。したがって、それまでに昼飯を摂ることな」
中川がみんなに説明をした。
「おい、森上」
中川が呼んだ。
「なにぃ」
「おめー、昼飯な、たらふく食うんじゃねぇぞ」
「え・・」
「セリフの途中でゲップが出たらどうすんだよ」
「ああ~、なるほどぉ」
そこでみんなは「ククク」と笑った。
「他の者も同じだ。飯は軽く。終わったら好きなだけ食ってくれ」
みんなは「うん」と頷いた。
ガラガラ・・
部室の扉が開き、そこへ日置と加賀見が入って来た。
「遅れてごめん」
日置がそう言うと「座ってくれ」と中川が促した。
そして二人は空いている席に、並んで座った。
「先生らも、昼飯は軽く食うことな」
「なんでなん?」
加賀見が訊いた。
「特に!加賀見先生。先生は食わなくてもいいくらいだぜ」
「ええ~なんでなんよ」
「先生は、ナレーション担当だ。途中でゲップでもしてみろ。目も当てられねぇぜ」
「そんなん、大丈夫やよ」
「ダメだ。とかく生理現象は、緊張すればするほど出るもんだ。ぜってーゲップはご法度だからな」
「厳しいですね・・」
日置は小声で加賀見に言った。
「ほんまですね・・」
「先生よ、なにコソコソ言ってやがんでぇ」
「いやっ・・なにも」
日置が答えた。
「それじゃ、正午にここへ集合な。一旦、解散!」
中川がそう言うと、みんな立ち上がって部室から出て行った。
「恵美ちゃん、お化け屋敷行く?」
部室を出たところで、阿部が森上に声をかけた。
「お化け屋敷かぁ~ええなぁ」
「あれ?中川さんは?」
中川はまだ部室にいた。
「中川さん」
阿部が呼んだ。
「なんだよ」
中川は台本を手にしていた。
「お化け屋敷、行かへん?」
「私はいい。おめーらで行ってくれ」
「え・・ここにいてんの?」
「そうだ」
「せっかくやのに、校内回ろうや」
「いや、私はこの後、舞台へ行く」
「え・・」
「見落としがないか、それと小道具の確認だ」
「そ・・そうなんや・・」
「だから、私のことは気にしなくていい。おめーら楽しんで来な」
中川はそう言って、また台本に目を通していた。
「恵美ちゃん・・どうする?」
阿部は小声で言った。
「なんかぁ・・中川さんに悪いなぁ・・」
そして二人は、しばらく互いを見たまま考え込んでいた。
「なぁ・・恵美ちゃん」
「なにぃ・・」
「台本、もっかい確認しよか」
「うん~それがええと思うぅ」
そして二人は部室に戻った。
「おめーら、なにやってんだよ」
「台本、もっかい確認するねん」
「私もぉ、そうするぅ」
二人は席に座った。
「いいって。構わねぇから行きな」
それでも二人は台本を開いて、セリフの確認をしていた。
「ったくよ、しょうがねぇやつらだな」
中川はそう言いながらも、どこか嬉しそうにしていた。
そして三人は、この後、舞台へ行き、小道具の確認も終えた。
その際、舞台ではダンス部が演技を披露していた。
客席は、それほど埋まっておらず、中川はある考えを巡らせていた。
「美術室へ行くぞ」
体育館を出たところで中川が言った。
「なんで?」
「この芝居は、ぜってー成功させる。そのためには客席を満杯にしなきゃいけねぇ」
「うん」
「見ただろ。半分も埋まってなかったぜ」
「そやけど・・なんで美術室なん?」
「校門に貼り出すんだよ」
「なにを?」
「芝居の宣伝さね」
「ああ・・なるほど」
三人が校庭を歩いていると、来客者が中川に注目するようになっていた。
なんだ、この美少女は、と。
「ああ・・いけねぇ」
そこで中川は校舎へ向かって、一目散に走った。
その後を、阿部と森上も続いた。
校舎内にも来客者は大勢いた。
中川は顔を隠しながら、美術室へ向かった。
幸い、美術室は使用されておらず、美術部の絵の展示は、別の教室で行われていた。
中川は大きな模造紙を広げて「本日、午後一時より『愛と誠』を上演します。みなさま、奮ってご鑑賞ください」と書いた。
「よーし。おめーら済まねぇが、これを校門に貼り出してきてくれ」
「中川さんは、行かへんの?」
「なるべく、顔を見られたくねぇんだよ」
「ああ・・なるほど」
阿部はすぐに、中川の意を察した。
誰がどう見ても、早乙女愛そのものの中川だ。
上演前に「ネタばらし」など、タブーだと。
「わかった」
「で、私は部室に戻ってるからな」
「ああ、そうか」
「なんだよ」
「中川さんが校内を見て回らんてこと」
「は?」
「早乙女愛を、ばらしたくなかったんやな」
「いや、特にそう言うわけでもねぇさ」
中川はそう言いながらも、確かにその意もあった。
そして阿部と森上は校門へ、中川は部室へ戻ったのである―――
校門の前では早速、宣伝効果が表れていた。
「えええ~~愛と誠やて!」
「私、大好きやねん~太賀誠、誰が演じるんやろう」
「でもここ、女子高やん?女子が演じるんとちゃう?」
「誠はなんとか女子がやったとしても、さすがに早乙女愛は、誰にも無理やろな」
「ああ~・・確かに。普通の子やったら、幻滅やなあ」
「でも、観る価値はあるで。えっと・・一時からやな。早めに他回って、席をとらなな」
と、このように来客者の女子グループは、大いに盛り上がっていた。
この会話を聞いた阿部と森上は、互いを見ながら「フフフ」と笑った。
そう、幕が開いた時の、観客の驚きようが目に浮かんだからだ。
「せやけど、中川さんて、ほんま機転が利くというか、この宣伝かて、すぐに思いついたもんな」
「ほんまやなぁ・・中川さんて、賢いよなぁ」
「あはは」
そこで阿部が突然、笑い声を挙げた。
「千賀ちゃん~どうしたぁん」
「だってな、私ら卓球部やん。頑張ってるん、卓球部やん」
「ああ~ほんまやなぁ」
森上も「あはは」と笑った。
「ああ~阿部さん、森上さん」
そこへ小島ら八人が姿を現した。
「ああ~先輩!」
阿部は一礼した。
「先輩ぃ~来てくれはったんですねぇ」
森上も一礼した。
「愛と誠、観に来たんやで」
小島が言った。
「そうそう、先生の太賀誠、めっちゃ楽しみや」
「ほんまや~、あの先生が芝居て」
「写真も~バッチリ撮るで~」
「あんたらも出るんやな?」
浅野が訊いた。
「はい~、私はガムコで、恵美ちゃんは蔵王権太です」
「いやあ~~森上さんが蔵王権太。ええがなっ!」
外間が言った。
「一時からですので、早めに席を確保した方がええと思います」
「うん、わかった」
そして八人は、中へ入って行った。
「あの・・」
そこへ数人の女子グループが阿部らに声をかけてきた。
「はい」
「この公演て、予約とか必要なんですか」
「いや、予約はありません」
「ほなら、席をとるんは早い者勝ちってことですか」
「そうです」
すると女子たちは顔を見合わせて、「椅子に荷物、置きに行こ!」と体育館へ向かった。
阿部は思った。
当初、掛井が考えた脚本で上演してたとすれば、これほどの反響があっただろうか、と。
中川は、『愛と誠』が好きすぎての提案だったにせよ、中川の判断は正しかったのだ、と。
そして二人は、その後も校門に立ち「愛と誠を上演しますよ~」と、来訪者に声をかけていたのだった。




