10 仰天する大久保と安住
―――「事件」から三日後の夜、日置と大久保と安住は、天王寺の居酒屋にいた。
「っんもう~慎吾ちゃん~。金曜日、断るて、どないよ~」
大久保は、日置が誘いを断ったことを言った。
「ごめんごめん。だから今日は僕から誘ったでしょ」
「そうよ~、もう会社に電話がかかって来て~びっくりしたわ~」
「僕も、何事かと思いましたよ」
三人は、四人掛けのテーブルに座り、大久保と安住が並んで座っていた。
「ああっ、それにしても、慎吾ちゃん、結婚式はどないなってんの~」
「うん、そのことなんだけどね」
虎太郎と宗介・・驚くだろうな・・
日置は、事実を打ち明けるのが、少し楽しみでもあった。
「慎吾ちゃん、なに笑ろてんのよ~」
「え・・僕、笑ってる?」
「っんもう~なによ~嬉しそうにぃ~。憎たらしいんやからあ~」
「日置さん、よっぽど嬉しいんですね」
安住は、貴理子との結婚のことを言った。
「んで~いつなんよ~」
「実はね、結婚は破談になったの」
「ええええ~~!」
二人は同時に驚きの声を挙げた。
「ううん・・わかる・・わかるわ~慎吾ちゃん」
「なにが?」
「私はええのよ。所詮、結婚できひんのやし、こればっかりは仕方がないんよ~。せやけど相手のお嬢さんに悪いわぁ」
「え・・」
「大久保さん、なに言うてるんですか」
「慎吾ちゃん・・私のために破談やなんて・・。私って、なんて罪な女やの」
日置は笑っていた。
「大久保さん、突っ込むところ多すぎますけど、とりあえず大久保さん、女ちゃいますし」
「安住っ!あんた、うるさいねん!」
「違うんだよ、虎太郎」
「なにが違うの~」
「破談になったのは、僕がフラれたの」
「ええっ!慎吾ちゃん・・フラれたん・・?」
「嘘でしょ・・」
さすがの大久保と安住も、日置の言葉に唖然としていた。
「だから、結婚もなし」
「いっやあ~~そうやったんやね~良かったわあ~~」
「大久保さん!ええことないでしょ!」
「ああ・・ごめんね~慎吾ちゃん」
「いいんだよ」
日置はニッコリと笑った。
「それでね、僕、好きな人がいるんだ」
「えっ・・ダメよ・・そんな。ほら、周りにもたくさん人がいてるわ・・」
大久保は、店の中を見回した。
日置は、また笑っていた。
「大久保さんの頭の中、どないなってるんですか。都合、良すぎでしょ」
「その人ね、誰だと思う?」
「いやっ、慎吾ちゃん、本人を目の前にして、それは野暮ってものよ~」
「で、誰なんですか」
安住は、大久保を無視して訊いた。
「小島なんだよ」
日置がそう言うと、二人は時間が止まったかのように、口をポッカーンと開けていた。
「こ・・小島さんて・・僕の知ってる小島さん・・ですか・・」
安住は何とか口を開いた。
「そうだよ」
「そ・・そうやったんですか・・」
大久保は思った。
これでもう、高岡の恋は終わった、と。
相手が日置なら、到底敵うはずがない、と。
「ねぇ・・慎吾ちゃん」
「なに?」
「慎吾ちゃんの気持ち・・小島ちゃんは知ってるの?」
「うん」
「へ・・へぇ・・」
「っていうか、僕たち付き合ってるの」
「ぐういええええええ~~!」
また二人は同時に声を挙げた。
大久保は驚きすぎて、椅子から転げ落ちた。
その際、他の客は何事かと日置らの席に注目した。
「ほらほら、大久保さん」
安住は他の客に「何でもないですから」と言いながら、大久保を椅子に座らせた。
「つ・・付き合ってるて・・いつから?」
大久保が訊いた。
「小島が卒業してすぐだよ」
「えっ・・ということは・・在学中から好きやったってこと・・?」
「ああ・・まあね」
「いやっ、もう~~慎吾ちゃん、卒業まで我慢してたんやね~」
「我慢・・というか。まあ、そうなるかな」
「え・・卒業してすぐということは、小島さんも日置さんのこと好きやったってことですか?」
安住が訊いた。
「まあ・・そうかな」
「ひゃあ~~!まさか二人がそうやったとは。これは久々に驚きました」
「そういうことだから。これからも小島やあの子たち、頼みます」
日置はそう言って頭を下げた。
「小島ちゃんなら仕方がないわ~、あの子、ええ子やもんね~。ここは私は身を引くしかないわ~」
「ごめんね、虎太郎」
「え・・」
「僕が女だったら、きっと虎太郎を好きになってるよ」
「慎吾ちゃん・・」
大久保は、日置の思いやりが嬉しくてたまらなかった。
そして、切なくもあった。
「さあさあ、もっと飲みますよ~!日置さんと小島さんの将来を祝して!」
安住はそう言いながら、ビールグラスを高く挙げた。
そして三人は「乾杯~」と言いながら、ゴクゴクと流し込んだ。
―――翌日、桂山化学の体育館では。
「坊や~」
練習前、大久保が高岡を呼んだ。
「なんですか」
「あんたな、もう小島ちゃんのことは諦め」
「え・・いきなり・・なに、言よんですか・・」
「小島ちゃんな、慎吾ちゃんと付き合ってるんよ」
「えっ・・」
高岡は、一瞬驚いたが、直ぐに納得していた。
「やっぱり・・そうじゃったんですか・・」
「やっぱりって?」
「いや・・わし、前からそうじゃと思うとりました」
「ああ~坊や、確かそんなこと言うてたことあったな~」
「じゃけど、よう日置監督の心を射止めましたね、小島さん」
「あんたさ、あんたかて小島ちゃんのこと好きやんかいさ。それやったら、慎吾ちゃんの気持ちかて、わかるやろ」
「ああ~確かにそうですけぇ」
「そういうことやからな、一日もはよ小島ちゃんのことは忘れて、次よ~次」
「次って?」
「っんもう~、彼女を見つけるんやんかいさ~」
「そんな・・すぐには気持ちが着いて行けませんけぇ」
「まったく~若い身空ひばりがなに言うてんのよ~」
「は・・?」
「ダジャレ、ダジャレやんかいさ~」
「意味がわからんです」
「若い身空て、知らんのか~」
「ああ・・そういうことですか」
「まったく・・あんたもなんば花月連れて行かな、どないもしゃあないな」
高岡は、大久保が心配するほど落ち込んではいなかった。
なぜなら、小島が好きな人というのは、日置だと、とっくにわかっていたからである。
そんな高岡は、相手が悪過ぎる、と諦めつつあったのだ。
―――この日の練習後。
彼女らは更衣室で着替えていた。
「なあ、私、思うんやけどな」
小島が口を開いた。
「なに?」
為所が答えた。
「女子て、監督いてへんやん?」
「ああ~、でも、男子かて、監督いてへんで」
男子卓球部には、臼井という名ばかりの監督がいた。
けれども臼井は卓球経験もさほどなく、練習も試合も主将の遠藤にすべて任せていた。
「遠藤さんは、いわば選手兼監督やん?」
「そやな」
「だから、成立してると思うんやけど、女子はなあ」
「彩華がいてるやん」
岩水が言った。
「いや、私は監督なんて器やない」
「せやけどさ、監督いうたかて、誰かいてる?」
杉裏が言った。
「そこやん」
「私がなる~」
蒲内が手を挙げた。
「あはは、蒲ちゃん、なんでやねんっ」
外間が突っ込んだ。
「監督かあ・・」
井ノ下がそう言うと、誰しもの頭の中には日置の顔が浮かんでいた。
「先生は、あかんで」
小島が言った。
「そういや、その、森上さんやったっけ?机、蹴飛ばしたんやてな」
浅野が訊いた。
「そやねん。森上さん、偉いわ。ようやった」
「そやけど、酷いいじめするもんやなあ」
杉裏が言った。
「でも、なくなったんやろ?」
岩水が訊いた。
「うん。ほんで森上さん、クラスでも話しするようになったって」
「その子、一回、見てみたいわ。先生が認めるいうたら、相当やで」
為所が言った。
「そのためには、卓球部に入ってくれんことにはな」
「そやなあ~、入ってくれたらええのになあ」
「それよりさ・・彩華・・」
外間が呼んだ。
「なに?」
「先生と・・どこまでいってんの・・」
外間は、興味津々に訊ねた。
「どこまでて・・なによ・・それ」
「隠さんでもええやん~」
「そやそや、教えてぇなあ」
「手は・・繋いだ?」
「キスした?」
「まさか・・もう最後まで・・」
彼女らは、矢継ぎ早に訊いた。
彼女らの年齢では、興味が湧くのは当然である。
ましてや相手は日置なのだ。
「なっ・・なんもしてへん!」
小島は顔を真っ赤にしながら、そう言った。
「ええ~彩華~手も繋いでへんの~」
蒲内が訊いた。
「つ・・繋いでへん!」
「先生~なんでなんやろ~好きやったら~繋ぎたいと思うよ~」
「そうやで。もう教師と生徒とちゃうねんからな」
「大人の男女・・」
「いやあ~意味深~」
「きゃ~~」
彼女らは、勝手に想像を膨らまして騒いでいた。
この子らには・・絶対にほんまのことは言われへん・・
あかん・・あかん・・
こんな風に思う小島であった。




