女になっても変わらない
「詠・・・なのか?」
詠の部屋のドアを開けた光景は、本来なら何回も遊びに来ているため普段なら見慣れている光景のはずだった。部屋は二人でゲームなどで遊ぶには十分な広さをしていて、全体は白を基調とした落ち着いた色で構成されている。
テレビやパソコン、据え置きのゲーム機などが置かれておりよくこのゲーム機で二人盛り上がりながら遊んでいた。そしてベッド、ベッドの枕周りでは本人が好きだというぬいぐるみが数体置かれ、そのぬいぐるみたちが部屋を彩っている。何時も遊びに来る時には本人は部屋で俺が直接この部屋に来るまでベットで寝ながらくつろいでおり、その日一番最初に見る光景がいつも通りの光景・・・だった。
しかし、今回は全く違う光景を見ることになった。
「僕自身まだ夢を見ているみたいで実感湧かないけど・・・そうだよ。僕は乙藤詠だよ」
「マ、マジかよ・・・」
いつもの体勢ではなくベットの縁にちょこんと腰を掛けているパジャマ姿の詠の姿は、全くの別人であった。桜のような色の髪は普段であれば普通の男性と比べ少し長いくらいのショートヘアーであったはずだが、今の詠の髪は腰まで届くようなロングヘアーとなり、本人が気にしていたなぜかイヌミミみたいな跳ね方をしているくせ毛も、立派に主張するまで伸びている。
体については小さいのはあまり変わらない、しかしそれ以外では明らかに以前の詠とは違うことがわかる。以前ではもっと男性でも女性でも見られるような体形であったはずなのだが、今では明らかに女性の体形になっている。腕も足も細くなり、元々の詠の華奢な印象がより強く感じられ少し力を加えてしまえば折れてしまいそうだ。
「マジ、僕も今すっごい驚いてるんだ、最初気づいた時にはさっき言ったように夢だと思ったよ・・・でもちょっとほっぺたつねっても痛かったし、それに体を自分で触ってみたけど感覚があるんだよ」
「俺は朝にお前から連絡があったときはなんかのドッキリか?って思ったよ」
「本当に突然ごめんね、僕の中でも収集付かなくなって電話しちゃった。でもさ、ドッキリでもないんだ、・・・ほら、ここに明らかに僕に無かったものがついて付いてるんだもん」
そう言って詠は自分の胸を両手の手のひらで触る。そう、さらに以前の詠とは完全に違う部位があった。今まで詠になかった、パジャマの上からでもわかるぐらいの大きさの丸みを帯びた胸が確かに存在していたのである。
「その胸、というか体に違和感とかないのか?」
「胸はすごい違和感があった!寝ぼけながら起きたらなんかすこし体が重たいなあって思ったもん。毛布から出ようとしてもちょっと引っかかってたし。あと髪の毛もびっくりしたかなぁ、手鏡で自分を見た時なんだこれってなったし!他は・・・あっ、ええっと」
「他?なんだそれ?」
「あ、ええっとぉ・・・ちょっと言いずらいところでわかるかな?」
「え?あ!すっ、すまん!」
「いやっ、大丈夫だよ!・・・あはは、僕はそれが一番驚いたかなぁ」
会話が終わるとどちらも黙ってしまった。まずい質問をした、なぜ俺はあそこで察することができなかったのか。今後悔しても遅い、何とか話を続けないと。でも何を話せばいい?詠が中性であった頃には話す内容なんて適当に思いついた会話をずっと話してたり、ゲームをやって一緒に楽しんでいたのに、詠が女になったからか何を喋ればいいのかもわからなくなってしまっている。気まずい、とりあえず何かしゃべらないと詠も気まずい筈だ。
そう思って必死になって言葉をひねり出そうとしてもなかなか声に出ない。そんな状態でしばらくたってしまい、いっその事、昨日何していたかなんて下手糞な会話でもいいから言葉を出そうとする。
「なあ、」
「あのさ、」
二人同時に声が出てしまった。
「あ、何かあった?」
「いや、別に重要なことでも何でもない、そっちから先に話してくれていいぜ」
「うん・・・僕さ、颯太に電話して女の子になったことを言うときね、怖かったんだ」
「え?それは何でだ?」
「もしかしたら今までの颯太との関係性とかはさ、僕が男になるっていう前提で関係を保ってきたわけじゃん。でも今は違くなって、今までの関係性っていうのが別の形になっちゃって、そのまま崩れていってしまうんじゃないかなって思っちゃったんだ。」
俺は詠の言葉を黙って聞く
「こんなこと相談できるのなんて颯太しかいなかったから、朝気づいてすぐに電話しようとしたんだけどそんなこと考えちゃった。結局電話したけど迷惑になってないかなって思ってたりもする。どうかな?びっくりさせちゃって迷惑だったりしない?もしそうだったら」
「何言ってるんだよ、おまえ」
「え?だから僕のせいで迷惑かけてるかもって」
「別に欠片も思ってねえよ、お前のせいで迷惑になってるなんて」
こいつはそんなこと思っていたのか、馬鹿らしい。そして俺も馬鹿だ。何こいつが女性になったからって臆病になってるんだ。
「正直言うとだ、俺は今どうお前に接すればいいかって思ってた。でもな、それは別に迷惑だからなんかじゃなく単純に俺がただビビって踏み込めてねえだけだ。」
「でもそれが迷惑なんじゃ・・・」
「俺は迷惑だなんて思ってない。お前が突然女性になったことを知ってびっくりはしたが、・・・友達が困っていることで迷惑だと思うことなんてできるわけないだろ。そもそも思いもしないわ」
「・・・」
「お前が女になったとしてもいつもみたいにゲームして騒ぎたいし、適当にだべって過ごしたりもしてえよ。」
「颯太・・・」
今、いつもなら言えない恥ずかしいことを言っているような気がする。しかしもうここまで行ってしまったんだ、さらに言っても変わらんだろ。
「だから、ええっと・・・俺は、変わらずに詠と友達でいたいと思ってるんだ!ただそれだけだ!」
詠とは小学校からの付き合いで中学校、高校も一緒に同じところに行き、ずっと一緒にいた俺にとっての親友だ。親友だなんて本人の目の前じゃ恥ずかしくて言えないがその認識は詠が女になったとしても絶対に変わらない。そんな思いを言い切ったのだ、迷惑に思っているんじゃないかなんて考えなんて捨ててしまえ。また迷惑に思っているかなんて言ってきたら頭叩いてやる。
そう俺が思っているとまたどちらも黙る空白の時間が生まれる。詠は顔を最後の言葉から下に向けており、表情が見えない。なんだ?もう一回同じ言葉を言ってやろうか?などと思っていると。
「・・・ふふっ」
「・・・ん?」
「ふふっ、あははは!なんだ、そうだよね!真っすぐなのが颯太だもんね!心配して損した!」
「・・・おい、何で笑う?」
「あはは!ごめんね!」
謝ってはいるがまだ笑ってやがる、この野郎こっちは恥ずかしい思いしてまで真剣に言ったのになんか知らんが笑いやがって・・・本当に一回頭叩いてみようか?
「ねえ、颯太」
「なんだよ」
「いつものゲーム終わった後のあれ、やろうよ!」
そうして詠は座った状態で両手を上にあげる。・・・ったく、こいつは。
「はいよ」
「えい!」
パチン!
気持ちいい音が鳴る、立っている俺とベットに座っている詠のハイタッチ。いつもゲームをやり終わったときに行う楽しかったっていう動作。少し音がいつもより小さかったけど、いつもと同じ親友とやるハイタッチだ。なんとなくうれしくなる。
「颯太!」
ハイタッチした後、詠は笑いながら言う。
「やっぱり颯太は僕の最高の友達だよ!」
その笑顔は、いつもと違ってとても可愛らしい顔で、いつものようにとても楽しそうな顔だった。
「お前そういえばさ」
「え、何?」
「お前の母さんに玄関であった時、お前に起きたこと知らなそうだったけど」
「・・・ああっ!?」