3.充実した青春
ダアアン!ガコオン……。
バスケットボールが投げ込まれた鉄カゴは、仰々しい金属音をでかでかと響かせる。
地球の私立校でも屈指の大きさを誇るディッシュ高校は、勿論体育館もハンパなくデカい。空間の広さも相まって、音が何重にも響いてやかましい。
「またシバヤシかよ……、あれ反則級の運動神経だよなあ。」
「でも彼、普通に帰宅部らしいよ。」
「マジかよ、帰宅部がどう鍛えたらあんな動きできるんだよ。もしかして、ファーマー?」
「俺達と同じ宇宙育ちだってさ。」
(フフッ……ウワサしてるよ)
オレがスリーポイントシュートを決めると、周りの同級生たちが感嘆の声を漏らす。羨望の眼差しがこそばゆくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
試合を終えて、休憩時間になると、いつもつるんでいる三人組で地べたに座ると、まずチームメイトのスミスが話しかけてきた。
「なあキヨシ、お前なんで部活入らねえんだよ。折角の才能があるのにさ。」
「いやあね、運動部って毎日遅くまで練習やってるイメージで忙しそうじゃん。ちょっとそれは面倒くさいなと思って。スミスはテニスだったっけ。」
「あー、そうだよ。でも…確かに、地球の重力がカラダにイイってことで、ディッシュ高はガチの運動部が多いからな。ウチも含めて。でも勿体ねえなあ。」
「ハハハ、おだてても何も出てこないぜ?あでも、後でお気に入りのエロ画像くらいは送ってやるよ。」
「いやいらねーよ!そもそもお前とは趣味が違うからな!」
と、今はこんな調子で、気さくに話せる友達がいる。
転移前までは、ブサイクでコミュ障なコンプレックスばかりが気になって内向的な生活をしてた。だけど、神様からもらった『万物の才能』のおかげで自信を持てるようになって、堂々と気持ちを表現できるようになった。
顔、運動神経、滑舌、頭の悪さが一気に改善され、毎日が充実していて非常に気分がいい。
予想とは違う世界に飛ばされて不安だらけだったけど、何だかんだいって、青春を謳歌出来ている今が一番幸せだ。
「でも女子の方にも、帰宅部で運動神経良い人いますよ。」
中性的な顔立ちで女の子連中と仲の良いジョンが、オレとスミスの話に割って入ってくる。
「え?ジョン、どのコどのコ?可愛ければ是非テニス部に勧誘したいトコロなんだが。」
「可愛ければって言ってる時点で、もうスミスの下心が表れてますよね……。」
「なんだとオ!」
ジョンはおなかにボールを抱えたまま苦笑いをした後に「あのコ、ハスィさん」と言って、体育館の対角線の隅を指さした。
その先には、物憂げな面持ちで佇む独りの少女がいた。
「物静かでアクティブな感じはしないけどねえ。」
鮮やかな海色の髪を、雑然と切り散らしたショートカット。色白な肌に映える、明るい琥珀色の瞳がとても綺麗な美少女だった。
しかし、童顔で整った容姿とは裏腹に表情の変化が少なく、いつも憂鬱そうな何か考えごとをしている様だった。
「見た目で運動神経を判断しちゃダメだよジョン。でもまあ、折角の美人なのに、とっつきにくさがあるのは勿体ないなあ。」
そう言って、彼は腕を組んでハスィさんを眺めた。
「勿体ない勿体ないって、お前はもったいないばあさんか。」
「は?何それ?」
あれ?懐かしいネタでボケたつもりだったけど、スミスには伝わらず、真面目な疑問符で返されてしまった。
「知らない?昔、モノを大切にしない子供がいると、こわいもったいないばあさんが来るぞーって、親とか幼稚園の先生に言われなかった?」
「いや知らねーよ、何その旧時代的な迷信?」
ああ……そうか。
久しぶりに生まれた世界の違いを思い出した。
そして、オレは変な空気を戻す為にこう付け加えた。
「オレの故郷では、そんな絵本が流行ってたんだよ。」
「いや、地域ネタを出されても俺らわかんねーよ!」
「地球の学校は、人種のサラダボウルですからねえ。人の見た目や習慣がゴチャゴチャしてるのも頷けます。」
(オレの生まれ育った二十一世紀の文化…いや、あの地球はどこにもないんだ)という瞬間に出会う度、少しだけ切なくなる。
だけど、今のオレは、前の世界よりもはるかに充実した生活を送っている。そのことだけを考えていればいいんだ。
改めて青髪の少女を眺めた。
オレもあんな感じに誰からも話しかけられず寂しい思いをしてたっけな。人種のサラダボウルなんて言われる場所で、気軽に話せる人がいなくて心細いのかもしれない。
以前のぼっちだった自分と重ねて、ハスィさんに不思議な興味を抱いた。