1.女神様降臨
「四林清さん。あなたには、これまでの不幸を清算し、新たな世界で幸福を享受するチャンスをさしあげましょう。」
ある日。俺の目の前に突然、奇跡が起きた。
狭く薄暗い男部屋には似つかない、白百合のようなロングドレスに身を包んだ、美しい女神様が現れたのだ。
唐突な出来事で数秒の間にオレの視線は、女神様のヒールから、柔肌の足のラインをなぞって、優美にくびれたウエストを滑り、御しがたい双丘を飛び越え、透き通った碧眼に着地し、金色のティアラまで転がっていった。
そして理解するまで数秒。
「すいません、さっき何て言いました?」
《中略》
ああ!これが噂に聞く異世界転生のお誘いというやつか!
遂に!いや、本当にあったんだなコレ!
オレはウソのようなホントの現象を、自分でも滑稽なぐらい素直に受け入れた。
しかし、喜ぶのはまだ早い。ひとえに異世界転移と言っても、最近は特別な能力もらえなかったり、逆にディスアドバンテージを背負わされて、楽しい目に遭うまでに大変な試練があったり、それどころか、酷い目に遭わされるパターンもある。
オレがどんな条件で、どんな世界に飛ばされるか、よく確認しておく必要があるな。
と、一旦落ち着いて……。
「女神様、オレにはどんな能力が与えられて、どんな世界に転移させてもらえるんですか!?」
前言撤回!既に脳内では、溢れ出る期待と止まらない想像によって、冷静さなんて吹き飛んだ!
すると、女神様は艶やかな薄桃色の唇をゆっくり動かして、透き通った美しい御声でこう返してくれた。
「そう焦ることはありません。私はあなたの幸せを保証しますし、その為に必要な『万物の才能』を授けます。」
やった!『万物の才能』だって!言い方を変えたら、それってチート能力のことだよな???
「ただ……一つだけお願いがあります。」
「へ?」
心の中で小躍りしていたオレは《お願い》という言葉を聞いて、少しだけ冷静さを取り戻した。
一瞬、どんな面倒事だろうと失礼ながら身構えた。
しかし、女神さまのお願いは思ったよりも単純だった。
「あなたには、転移先の世界にいる《例の少女》を幸せにしてほしいのです。」
「《例の少女》………?」
てっきり『邪悪な魔王を倒してくれ』とか、『世界を混沌から救ってくれ』みたいな試練が与えられると期待してたけど。
「《例の少女》は今、様々な邪悪によって心が蝕まれています。彼女は、神々の住む天界と深い繋がりがあり、彼女が不幸なまま死んでしまうと、神々の暮らしと世界の安寧を脅かす大天災が起こってしまうのです。」
女神さまは少しだけ顔をこわばらせ、俯き加減になりながら哀しそうに呟いた。
「それは大変ですね……責任重大だ。」
オレは顎に手を添えて難しげな表情をすると、
「ああいえ!直ぐに大天災が起こる訳ではないので、そんな重く捉えなくて大丈夫です。あくまで最悪のパターンの話なので………。」
女神さまは少し慌て気味に微笑みを作り直した。
「あっそうなの?」
「ええ、あっあと!彼女を幸せにして下さったら、その後はあなたのお好きな様に過ごしてもらって構いません。」
「ふーん……《例の少女》の寿命が残り僅かみたいに聞こえるんですけど……。不安」
「そんなことはありません。《例の少女》は現在進行形で健康です。私は未来まで予測する事は出来ませんが、余程のことが無ければ天寿を全うできると思います。」
「ああ、なら良かった。」
ずっと訝し気に思っていたが、ここまで説明されて、やっと胸を撫で下ろして安心する。
「まあ、異世界をお楽しみになる上でのサブミッション程度に考えて、のんびりと過ごしてください。それに『万物の才能』は、欲しいと思った才能を一瞬のうち習得できる天恵です。必ずや、円滑な異世界ライフの支えになりましょう。」
「そうですか!ならとても心強いです。このシバヤシキヨシ、出来るだけのことはやってみます!」
オレはドンッと強く拳を胸にうちつけ、カッコつけてみる。
「ええ、お願いします!よろしくお願いします!」
女神さまは目を細くしてニコニコ喜んでくれている様だった。
こんなに期待されて、おまけにチート能力も貰えるとなったらやるしかないでしょう!
再び俺の体は、興奮の火照りに包まれていく感じがした。
「あっそうだ。ちなみに、《例の少女》というのは、どんなコなんです?」
「え?ああ、それはですね……。」
ブチッ
最後に女神様が微笑みを見せた瞬間、突然俺の意識はブラックアウトした。
以降、オレは二度と、この世界で女神の顔を見ることも、自我を取り戻すことも無かった。