16.ハスィの理屈
「この、シンプルスリップとかいう奴の、涼しさと無防備さが腹立たしい。過ごしやすさは認めるけど。」
彼女は、そうぼやきながら、俺から一人分の間を取って座席に腰を降ろす。
大荷物の団体が一か所に固まっていたら他の乗客に迷惑だという理由で、地球部は二人ずつ車両を分けて電車に乗り込んだ。
電車といっても振動や騒音が全く感じられない辺り、俺の時代では試験段階だったリニアモーターカーなのだろう。
だからといって、特に何の感慨もないが……。
「全くエチルはいつも、私に恥をかかせるような悪戯をする。まあ、約束があったからといってこんな……。」
「それほどワンピースに文句があるなら、余程思い入れが強いんだなハスィ。」
「何故そう思う、」
「本当に嫌いなら様々な文句や感情等は表に出てこないはずさ。実は結構気に入ってるんじゃないか?ただ、何か他の要素が邪魔をして、天邪鬼になっているだけだと俺は思うけどな。」
ハスィは脚を組み、右膝に顎杖をついて、俺から顔を背けた。
「スカートで脚組みは危険だと思うけどな。」
思い出したように脚組みをやめる。
俺もハスィやエチルに負けないぐらい、ヘソ曲がりな皮肉屋なのかもしれない。
いいことばかりには考えられない。
何事も偏屈な分析が必要だというような……。
素直に生きられなくなったという意味では、人のことを言えないのかもしれない。
「私、実はこの髪形を鬱陶しいと思っているんだ。」
「うん、」
「昔から《女の子らしく》という価値観が嫌いで、機能性や時間を犠牲にして、わざわざ周りの価値観に合わせるのが嫌だった。」
「まあ、人には色々な考え方があるからな。」
ハスィは真剣な眼差しをこちらに向けてくる。
「髪の毛というモノは、有害な太陽光線や衝撃から頭部を守る為にある。髪の毛が腰のあたりまで伸びるのも、臓器を衝撃から守る為といわれているけど、実生活において髪が長くなくて困るような場面は存在しない。頭髪としての機能を満たす、最低限の毛量さえあれば、それでいいと思っている。」
「つまり《それでいい》とはなんだ。」
「もう少し髪を短くしたい。ドライヤーで乾かす時間がもどかしい。」
「じゃあ短くすればいいじゃないか。」
「そこなんだよ。髪を過度に短くすれば、周りの価値観で変なイメージがついてしまう。ボーイッシュやら、スポーティーやら、別に私はそういう要素に準拠した人間ではない。」
「皆はそんな深くハスィを見てないよ。」
「勝手なイメージが鬱陶しいだけなんだよ。懸念が無くならない限り気になってしまう。合理性が社会性より認められる世界なら、何故キバは坊主にしていないの?」
「特に理由はないさ。また、坊主にする理由もない。」
「みんな気づいていないだけで、意識の裏では勝手な偏見が広がっているモノなんだよ。人間は信じられない。また、偏見に立ち向かえるほど、私は強くない……。」
ハスィは、一層目つきを鋭くして俯く。
そして……「何故に、こんな話をしているの?私は、」
自分でもわからないとでもいう様な顔で、こちらを見てくる。
「しらん。」
それから暫くの間、二人の間に会話は生まれなかった。
この状況を気まずいと思うか、何でもないと思うか。
話を掘り下げない方がいいと判断して、居眠りを決めることにした。
「キバ、キバ、」
「なんだよ、」
「もうそろそろ着くよ。降りる準備して。」
早起きの所為で若干寝不足だったのに、居眠りの時間を潰されてしまった。まあ、普段無口なハスィとあれだけ話せたから、睡眠よりも有意義な時間を過ごせたとして処理しておこう。




