6.護衛の騎士が付きました
閲覧をありがとうございます。
毎日投稿に間に合いませんでしたが、何とか書きあがりました。
「リュシアン王子にこの勝利と剣を捧げます」
その言葉と共に、剣を差し出されて受け取ったけれど、重くて思わずよろめいてしまった。
「王子!」
慌てた男がグローブみたいにでっかい手でガシッ! と支えてくれた。
「あ、ありがとう」
僕は男に礼を言い、手を退かそうと触れたら冷たくって吃驚した。
え? 普通、男の人って体温が高いものじゃないの?
基礎代謝も高いんだろうし、血の気が多そうなのにこんなに手が冷たいなんて変わっている。
でも、手が冷たい人は心が温かいというし、咄嗟に僕を支えてくれたこの人も見た目は怖いけれどいい人なのかもしれない。
うん、そう思って見たら、この髭面の怖い顔もなかなか趣がある。
“君は結構、可愛いよ”
そう思ったら、勝手に光が溢れ出した。
うわ、“手が冷たい人は心が温かい” って迷信で書き換えられちゃったのか!?
僕は呆気に取られてちょっとボーッとしてしまったけれど、直ぐにチャンスだと気付いて何食わぬ顔で祝福を唱えた。
「ガストン・オルレーヌ卿に祝福を贈りました。彼の行く末が輝かしくありますように」
明らかに光った後の祝福だったけど、誰もその事には気付かないようだった。
けたたましい歓声が上がり、興奮と熱気が場内に渦巻いていた。
僕は賞賛を浴びながら、無事に光が出て良かったと胸を撫で下ろした。
「リュシー、自由に奇跡を起こせるようになったのか!?」
カミーユに詰め寄るように訊かれて、僕はまさか、と返した。
「まさかそんな事は出来ないよ。あの時はたまたまだね」
「たまたまでも何でも良かったじゃないか。タイミングがばっちりだったよ」
「本当にね。これ以上はないタイミングの良さだった」
僕は感激した優勝者=ガストン・オルレーヌ卿に結婚でも申し込むのかって勢いで専属の護衛を希望されたけど、彼は北方騎士団第一分隊長だからねぇ。幾ら望まれても僕の側に置く訳にはいかない。
第一、まだ六歳の僕は外交がある訳でも、城の外に出る用事がある訳でもない。
城内にいるなら専用の護衛なんて不要だ。警備隊だけで十分に事足りる。
そう思っていたのに、父上から専属の護衛として彼を紹介されて僕はパクパクと口を開閉した。
「本日からリュシアン王子付きの護衛騎士に任命されました、ガストン・オルレーヌです。誠心誠意、仕えさせて頂きますっ!」
「僕は断った筈だろう!?」
「国王陛下に願い出ました」
「父上っ!」
僕がギロリと父上を睨み上げたら、おかしそうに膨らんだ頬を指で突かれた。
「い、痛いですぅ~」
「ふふん、怒った姿も可愛いな。まるで子リスのようだ」
「誤魔化さないで下さい! どうして専属の護衛騎士など付けたのですか? 僕のような子供には必要ありませんよ」
「自分の事を子供だと言う子供は珍しいと思うぞ」
「父上っ!」
「ははは、わかったわかった。そんなに怒るな」
父上は一頻り僕を突き回した後、一転して真面目な声色を出した。
「お前は私の唯一の子だ。ゆくゆくは皇太子になる立場なのだから、その身がどれ程に尊いか分かるな?」
「ですが――」
僕は実際には廃嫡されるか行方をくらますかするつもりなんです。それこそ絶対に国王にはなれない人間なんです。
だけど僕の葛藤を知らずに父上はしんしんと語った。
「それにだ、御前試合でお前が精霊の加護を受けている事が知れ渡ってしまった。これまでは単なる噂だろう、王子の箔付けに吐いた嘘だろうと思っていた輩までが真実を知った。これは余り喜ばしくない事だ」
うっ、そう言われればちょっと大っぴらに力を見せたのはマズかったかもしれない。
精霊がいて、人々が精霊の力を信じているこの世界では、僕が思っていたよりも過剰に反応する人が出て来てもおかしくない。
落ち着いて考えたら、父上の言うように良からぬ輩を引き付けてしまったのかも。
「で、でも父上。精霊の加護がある僕を傷付けようと思う人間なんていますか? 罰が当たるかもしれないんですよ?」
「何も傷付けなくても良い。身柄を拘束しても、薬を与えても、遠い場所に連れ去るだけでも益と考えるやもしれない」
うわぁぁぁん、怖いようっ!
「済まない、脅すつもりではなかった。よしよし、そうならない為の護衛騎士なのだ」
「オルレーヌ卿……本当に良いのですか? 北方騎士団の、いずれは父上の後を継いで騎士団長になるおつもりだったのではありませんか?」
オルレーヌ卿自身は単なる辺境伯爵に過ぎないが、北方騎士団長ともなれば実力者だ。
中央の高官にも宰相にも物が言える立場だ。
「私はリュシアン王子にご加護を授けられた時から、あなたを主にと思い定めたのです」
勝手に思い定めるなよ。
そう思ったけれど、オルレーヌ卿の瞳の強さに何も言えない。
「これまでは北方を守るのが自分の使命と思っておりましたが、実はあなたを御守りするのが真の使命だったのです」
だからどうしてそんな事が分かるんだってば。
「私は……あなたの為に命を使いたい」
重いっ! 重いよ、その忠誠心っ!
「僕は、僕の為に誰かが死ぬのは嫌だ。死のうとする人は側に置かない」
僕は死にたくないのに死んだから、自分から死のうとする人は腹が立つんだよ。
「絶対に死なないと誓います! あなたの為に、死なずに守る!」
「そんなの無理だよ。だって君、必死過ぎるもん」
彼の盲目的な感じは見ていてちょっと怖い。もう少し冷静な人の方が、護衛騎士には向いているんじゃないかなぁ。
「余裕を持てるほどに強くなります!」
「いや、君はもう、国で一番に強いじゃないか」
「一番ではありません! 一番強いのは、国王陛下ですから」
ふむ。そうかもしれない。
「父上はどのようにお考えですか?」
僕は一応、父上にも意見を聞いてみた。
父上が僕の身を案じているのは本当だから、今の会話を聞いて不安に思ったなら人選を再考するだろう。
「私はお前の護衛騎士にはガストン・オルレーヌを付けると決めた。御前試合の優勝者として願い出た褒美がそれであったし、まだ若いガストン・オルレーヌをそなたの側に置く事は互いに良い刺激となるであろうよ」
「『まだ若い』? オルレーヌ卿はお幾つなのですか?」
「は、二十歳です」
えぇええええっ! 幾らこちらの人が老けて見えるとは言え、まさか二十歳!
どう見たっておっさんみたいなのにハタチ!
だって整っているとは言い難い茶色の髪と髭は熊みたいだよ? 茶色の熊と言ってもテディベアなんかじゃなくてヒグマだよ?
「お、王子、怖いですか?」
僕が余りにも驚いたからだろう、オルレーヌ卿がオロオロとし出した。
「あ、うん、それは大丈夫。だってあの時も僕の事を支えてくれたし、飛び切り手が冷たいからきっと心の温かい人なんだろうなって思っていたんだよ」
「王子に勝手に触れました御無礼をお許し下さいっ!」
いやだからありがとうって言ってるじゃん。
こっちの人の恐れ入り度ってたまに面倒臭いよね。
「うーん、そんな事を気にするようじゃ、やっぱり僕の護衛は無理かな~」
「えっ?」
「僕に手を貸すのに、一々恐れ入ってるようじゃ鬱陶しいもん。必要な時には平気で僕を抱っこ出来るくらいは図太くなってくれなくちゃ。ね?」
こてっ、と首を横に傾げたらオルレーヌ卿が首を赤く染めた。
ふはははは、僕もこの姿になってから六年以上だからね、自分の容姿を便利に使う術を身に着けているのだよ。
「リュシー、父と母以外に抱っこなんてさせてはいかんぞ」
「父上、例え子でも国王陛下に抱っこされる方が駄目です。不遜です」
「馬鹿者、こんなに可愛い息子を膝に乗せぬ父親はおらんぞ」
「もうっ、僕は六歳ですよ!」
こちらの六歳は初めて子供として認められる歳、十歳が成人として認められる歳だ。
ちょっと早いけれど、昔の日本でいう元服みたいなものだね。
「リュシーは身体は小さいが、中身が大人だからな。既に成人した息子と話しているように思える時があるよ」
「ひ、膝に乗せながら話す事ではありませんよ」
僕はちょっと焦りながらそう言った。
「リュシアン王子! それがあなたの護衛騎士となる条件であれば、私は恐れながら……いえ、喜んで御身を抱き上げ――」
「まだ駄目。髭を剃って、髪を整えて、身なりをちゃんとしてからじゃなくちゃ触らせない」
「お、王子?」
「だって今の君はおじさんみたいだもの。王宮には王宮のルールがあるんだよ」
別に洒落者である必要はないけど、ある程度は身綺麗にしていないと馬鹿にされるからねぇ。避けられる厄介事は避けておいた方が良いんだよ。
「直ちに従います! 御前を失礼します!」
慌てて退出していったオルレーヌ卿を見送って、僕は父上の膝から降りた。
「父上、本当に彼を僕の側に付けるおつもりですか?」
「うむ」
「では、あのちょっと硬いところを揉み解さねばいけませんね」
「そうだな。頑張るが良い」
「はい。そう致します」
何となく、父上の思い通りに動かされた感がないでもないけど、きっと護衛は本当に必要なのだろう。
それならば強くて、大きくて、手が冷たく心の温かい彼が丁度いいのかもしれない。
僕は髭を剃ったオルレーヌ卿の顔を見るのを楽しみに思った。