4.御前試合を盛り上げたいから奇跡だって起こしちゃうぞ
閲覧とブクマをありがとうございます。
毎日投稿がどこまで続くかな……。
父上が思ったような反応をしなかった所為か、あれ以来ブロイ公爵夫人がおとなしい。
ずっと引っ込んでいてくれれば良いのだけど、彼女の性格からしたらその内にまた画策を始めるだろう。
なまじっか諸外国との揉めごとを抱えていない所為で、権力闘争ばかりに意識がいっちゃってるんだな。
精霊から集めた噂話で判断する限り、他国も問題を抱えているみたいだから当分の間は戦争も起きないだろう。
「戦争なんて、冗談じゃないよ」
平和な日本から転生した僕には、どうしても積極的になれない。
それは進攻されれば防がなくちゃ、とは思うけど勝ちたいとまでは思えない。
出来ればこの先も外交だけで上手く付き合っていきたいものだ。
まあ、武張ったこの国でそんな事を言ったら大変だけれど。
そう言えば、今年は五年に一度の御前試合がある年だ。
流石に前回はまだ見せても貰えなかったけど、今年は父上の隣に席を用意されるらしい。
熾烈な予選を勝ち上がった四十名が、トーナメント方式で闘い優勝を決める。
有力なのは近衛騎士や貴族の子息達だけれど、指南役のように剣の腕で身を立てている人もいるし、雑兵の中に才覚のある人もいるかもしれない。
庶民の間でも下馬評が盛んで、読売が数多く出回っている。
「先生は出ないのですか?」
指南役に訊ねたら、苦虫を噛み潰したような顔で唸った。
「王家の指南役を務めさせて戴いておる間は、御前試合を遠慮するのが通例です」
ふうん、確かに勝っても負けても色々と言われそうだしね。同様に、立場のある人なんかも出にくいだろう。
「では、先生の目から見て、今回の優勝候補はどの辺りだと思われますか?」
僕の問いに指南役は子供のようにパアッと表情を輝かせた。
「まず、北の領地を守る北方騎士団長オルレーヌ卿。今年はご子息も出られるそうだから、親子揃っての本選出場となりますか」
うん、北方騎士団はこの国随一の精鋭部隊だと言われているからね。そこの団長が出てくるなら堅いよね。
「それから西のご領主、モンペザ侯爵の三男が頭角を表しておるようです」
西の領地は山で隣国と遮られている北方と違い、隣国との交流が盛んでモンペザ侯爵も外交手腕に優れている。
その嫡男も次男も官僚タイプだったけど、三男だけは違ったんだね。
「南の領地には傭兵も多く入ってきますし、荒くれ者の多い土地ですから自然と腕自慢が集まります。最近では妖術使いが現れたと評判になっとりますから、面白いものが見られるやもしれません」
へえ、妖術使い。そんなのが本当にいるなら、会ってみたいな。
僕みたいに精霊が見えたり、転生者の可能性だってあるよね。
本選に出てきてくれるといいなぁ。
「東からは特に名前は聞こえて来ませんな。中央騎士団からは豪腕ドミトリィ、閃光のクラウス、不屈のエミールが上がってくるでしょう」
「他に中央に候補者はいないの?」
指南役があげた名前はどれも有名過ぎてつまらない。
どうせなら無名の凄腕を教えて欲しい。
「そうですな、最近の騎士は不甲斐なくていけません。こうなったらやはり私めが……」
鼻息の荒い指南役を放置し、僕はカミーユにそっと耳打ちする。
「あのさ、予想外の人が優勝したら、それを予想して当てられたら、凄いと思わない?」
本当は賭けて儲けたいところだけど、僕は現金なんて持ってないからね。
それに子供だし、めっちゃ目立つ容姿だし、賭場になんて絶対に行けっこない。
「読売ではオルレーヌ卿が一番人気みたいだよ」
「知ってる。北方の巨人て言われているんだってね」
「やっぱりオルレーヌ卿が優勝じゃないか?」
「だからそれじゃ面白くないんだってば!」
読売の書き方次第で、もっと他の人にも勝つ可能性があるってミスリード出来るのに。
この世界の胴元は情報操作とかしないのかなぁ。
「リュシーは別の人に優勝して欲しいの?」
カミーユに真剣な顔で訊かれて若干戸惑う。
「別に贔屓がいる訳じゃないよ。ただ、決まった勝負なんてつまらないでしょ?」
「そうだね。白熱した試合の方が楽しいよね」
いや、僕は余りガチで闘われるのは怖いって。
「じゃあさ、もっとみんなが真剣になるように、ご褒美を用意したらいいんじゃないかな」
「ご褒美? 報奨金はいっぱい出るって聞いたよ?」
五年に一度しかない御前試合だから、優勝者への報奨金も多いし栄誉も華々しい。
御前試合の優勝者と言えば国一番の戦士だし、本選に出場したと言うだけで仕官先には困らない。
金と栄誉を手にするのに、これ以上ご褒美を用意する必要なんてあるかな?
「お金も、栄誉も、御前試合の本選に出てくるような人たちには珍しくない。優勝出来たら嬉しいけど、二番目でも三番目でも凄い事に変わりはないからね。余り頑張る気がないのかもしれないよ」
カミーユの言葉に、成る程そんなものかと思う。
「じゃあ何をあげたら頑張るの?」
「僕なら、カミーユが祝福してくれるとなったら、絶対に優勝しようと思うけど」
「えー、そんな事ぉ?」
言っておくけど、聖職者や王族がしてくれる祝福なんて、何の意味もないからね?
誰かが祈ったくらいで一々神様が願いを聞いてくれる訳が無い。
神自身が人間には基本的に関わらないって言っていたから間違いないよ。
「そんな事って言うけど、リュシーは精霊の加護を受けた聖なる子供として有名なんだよ? そのリュシーが祝福を授けてくれたら、いざという時にも安心じゃないか」
「えっ、聖なる子供? 何それ」
僕はただ精霊が見えるだけの、思い込みで物事を変えちゃうだけの少し変わった子供に過ぎない。
重たい役割を背負わすのは止めて欲しいよ。
「一昨年のさ、風邪が流行った年に、”子供の風邪は大人に移らない” ってお触れを出しただろう? あれでリュシーの噂が一気に広がったんだよ」
ああ、あれかぁ……。
一昨年に質の悪い風邪がすっごく流行って、子供が罹っても看病して貰えずに放置される事が多かった。
それというのも、跡継ぎを必要とする貴族以外は、育つかどうかも分からない子供よりも大人の方が大事に思われていたからだ。
田舎の方では放置するどころか森に捨てられる事すらあると聞いて、僕はすっごく吃驚して教授に訊いたんだ。
『子供の風邪は大人には移らないのに、どうして看病しないの?』って。
教授は子供からも風邪は移りますよって言ったけどさ、僕がいた世界では子供の風邪は大人に移らないっていうのは常識だったからね。自信満々に子供の風邪は大人に移らないのだと教えてあげたんだよ。
それでも最初は信じてくれなかったんだけどさ、その後で僕もカミーユも風邪を引いて、でも誰にも移らずに治って世界の常識が書き換えられたんだ。
「僕は僕の知っている事を言っただけだよ?」
「でも精霊が認めなきゃ誰もそんな事は信じなかったし、今も子供から移る風邪を怖がって看病されないままだったよ」
「まあ、病気の子供を放置するような、酷い行為が減って良かったけどね」
きっと僕が知らないだけで、まだまだ誤った常識からくる悪習はあるのだろう。
余り目立ちたくはないけど、悪しき習慣なら今後も変えていきたい。
「だからリュシーが優勝者には祝福を与える、って言えばきっとみんながもっと真剣になるんじゃないかな」
「でも僕が祝福を与えても、神様の加護なんて付かないよ?」
「どうして言い切れるんだよ」
んー、それは僕にそんな力が無い事は僕自身がよく分かっているからだね。
「もしどうしても祝福するのが嫌なら、代わりに別のものを与えたら良いんじゃない?」
「別のものって?」
「精霊関係で、リュシーが他人に与えられるものって何か無いのか?」
カミーユの言葉を聞いて僕はうんうんと唸ってみる。
精霊関係で他人の役に立つ事か。
そんなものあったかな。
「カミーユ、どれだけ考えても他人に精霊の加護は与えられないよ」
思い付かずに泣き言を洩らした僕に、カミーユはじゃあ奇跡を見せてあげられないかと言った。
「奇跡?」
「リュシーが精霊の加護を受ける際に、光が溢れるだろ? あれをさ、見せてあげればいいんじゃないかな」
成る程。優勝者に祝福を与えて、その時に光ったら本物らしく見えるのか。
ついでにみんなの役に立つような影響を与えたら全くの嘘でもなくなるし、丁度良いかもしれない。
「カミーユ、ありがとう! 父上に優勝者には祝福を与えても良いか訊いてみるよ!」
これでちょっとばかり読売の紙面も賑やかに、賭けも楽しくなる筈だ。
僕はこれから出る読売の紙面に、どんな文章が載るかと想像してニヤニヤしてしまった。