2.お茶会で前世の常識を披露しちゃったよ
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朝起きて、鏡に写った自分の姿を見て毎度の事ながら感心してしまう。
凄いなぁ、本物の王子様だよ。
豪奢な黄金の巻き髪に宝石みたいな紫色の瞳。
箸でも乗りそうに長い睫毛とすっと通った鼻筋、まだふっくらと丸い頬は柔らかそうな桜色をしている。
ぷるんとした茱萸みたいな唇は美味しそうだし、笑うと下がる目尻も可愛い。
「天使みたいだもんな~。父上が溺愛する筈だよ」
これが自分だなんて、全く実感が湧かない。
元がのっぺりとした日本人顔の地味な女子高生だったんだから、馴染める訳がない。
「父上みたいな黒髪で黒目だったら、まだ親近感が持てたのに」
僕は鏡から目を逸らして、着替えるために部屋付きの女官を呼んだ。
「おはようございます、王子様。今日は空が曇っているので、落ち着いたこちらの青いパンツとベストはいかがでしょう?」
「任せる」
王子の衣装は金糸で刺繍がしてあったり仕立ても上等で素晴らしいけれど、所詮は男児の服だからね。
元女子高生の僕としては余り興味が湧かない。
「今日は母上とお茶を飲む日だったよね? 今日はどなたをお呼びしているのかなぁ」
親子といえども王族はそうしょっちゅう会ったりしない。
住んでいるのも別の棟だし、生活サイクルがまるで違う。
その為、一緒に何かをする時間が定期的に設けられている。
例えばお茶会だったり散歩だったり、父上とはチェスみたいなゲームもする。
母上とのお茶会もその一端だけれど、そこには何人かの客人が招かれる事がある。
母上の友人や話題になっている人物を王妃の私的な集まりに招き、顔繋ぎや情報収集をするのだ。
まあ、ただ単に息子を見せびらかしたいだけにも見えるんだけどね。
「今日はブロイ公爵夫人とセギュール侯爵夫人とそのご令嬢をお招きしているそうですよ」
少々口の軽い女官のアンナが嬉しそうに教えてくれた。
僕はちょっとだけ緊張して、更に探りを入れてみる。
「ブロイ公爵夫人が来るのは珍しいね。一人で来るの?」
「ええ、お一人でいらっしゃいますよ」
「……そっか。そうだよね」
この世界の上流階級に、親が子供を連れ歩く習慣なんてない。
邸内の奥深くで育てられるのが普通だ。
僕はホッと息を吐いて、いつも通りに愛想を振り撒いておけばいいんだと気を緩めた。
でもブロイ公爵夫人はブラコンだからさ、父上に似ていない僕の可愛さなんて全く通用しなかったんだ。
「ブロイ公爵夫人は今日も艶やかですね」
真っ赤なドレスを見事に着こなした公爵夫人を見て、母上がふわりと笑いながらそう褒めた。
「ありがとうございます。王妃様も、素敵なお召し物ですこと」
ブロイ公爵夫人は儀礼的な笑みを浮かべてそう返したけれど、これって実は相当に失礼だよね。
どんな風に素敵なのかちゃんと褒めないで、いかにも仕方なく応じただけってバレバレだもん。
だから間に挟まれたセギュール侯爵夫人が、慌てて取り成すように口を挟んだ。
「光沢のある水色のドレスが涼しげで、まるで王妃様は水の精のようですわね。いつまでもお若くて、羨ましいですわ」
「あら、セギュール侯爵夫人の新緑のドレスも精霊のようよ。リュシーもそう思わなくて?」
母上に振られて仕方なく、僕は一生懸命に子供っぽい笑顔を浮かべる。
「ご婦人方のドレスは花のようでみんな素敵です。大きな精霊さんみたいです」
「リュシー、今日はご令嬢もいるのよ?」
クスクスと悪戯っぽく笑った母上に言われて、ちらりとご令嬢に視線を流す。
畜生、ピンクのふんわりとしたレースのドレスなんて着ちゃって羨ましい。
その色ならきっと、僕の方が似合うぞ。
「ご令嬢は花の精みたいです。スカートが花びらみたいに重なっているもの」
「そうね、とっても可愛らしいわね」
ニコニコと笑う母上と僕の視線を浴びて、ご令嬢は真っ赤になって固まってしまった。
王妃に取り入ろうとするには随分と初な感じで、他人事ながら心配になってしまう。
セギュール侯爵夫人も何とか娘をフォローしようと、代わりにお礼を言ったりお茶を褒めたりお菓子を称賛したりと大忙しだ。
そうこうしているうちに、ご令嬢の額に汗が浮かび苦しげに顔がしかめられた。
「セギュール侯爵令嬢、どうされましたか? どこか具合でも悪いのですか?」
「なん、でも……」
ご令嬢は蚊の鳴くような声で否定したけれど、歯を食い縛らないと呻き声が出るところまできているみたいだ。
彼女は腹を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。
「クローディーヌ!」
「誰かここへ!」
セギュール侯爵夫人が慌てふためき、母上が女官や従事達を呼んでいる中、ブロイ公爵夫人だけは不快そうに眉をひそめていた。
うーん、やっぱり感じが悪いなぁ。
僕は騒ぎ立てる人の中をトコトコと歩いてご令嬢に近付く。
「あのね、お腹が痛い時はね、誰かに手を当てて貰うと良いんだよ。ほら、あったかくて気持ち良いでしょ?」
僕は無邪気な振りをしてご令嬢のお腹に両手を押し当てた。
本当は直に触ると良いんだけど、ドレスを脱がせる訳にもいかないしね。
子供の体温は高いから、ポカポカしてきっと気持ちが良い筈だ。
「リュシアン、何を――」
「本当ですわ。温かくて、痛みが引いていきます」
「でしょ? 腹痛は手で温めると治るんだよ」
僕がそう言った途端、パアッと両手が光って拡がった。
ああ、やっちゃったよ。僕の前世の常識が、ここでも通用するようになっちゃったよ。
「王子様、今のは――」
吃驚しているご令嬢に、僕は仕方なく笑って答える。
「あのね、お腹が痛い時は手を当てて温めると治るの。それを精霊が認めてくれたんだね。だからこれからはみんな、そうやって腹痛を治すと良いよ」
「精霊のご加護だわ!」
「王子様の奇跡よ!」
その場にいた従事や女官達が、一斉に跪いて頭を垂れた。
こんな風に騒がれると面倒臭いから、僕の前世の常識は持ち込まないようにしているんだけど、咄嗟にやっちゃう事があるんだよね。
常識の書き換えは僕が強く確信しながら実行しないと発動しないし、実際にやって見せないと影響を及ぼさない。
でも書き換えられた後なら、ある程度の範囲内で僕の常識が皆にも適用される。
こんな事は理解して貰えないだろうから、僕のこの影響力は精霊の加護ということにしてある。
「リュシアン王子の加護とやら、初めて見せて戴きましたわ」
ブロイ公爵夫人が固く強張った声でそう言った。
その声と表情を見る限り、どうやら公爵夫人は僕の力が気に入らないようだ。
「僕には力がないので、精霊達がこうして力を貸してくれます」
情けなく笑いながらそう言ったら、ブロイ公爵夫人の眉間にビシッ! と皺が入った。
こ、怖いなぁ。
「精霊のご加護は結構ですけれど、敵が攻めてきたら役に立ちませんから、力も磨いた方が宜しいですわよ」
「はい、未熟ながら精進しま――」
「リュシアンの優しさを、弱さと誤解して欲しくありませんね。他者に優しくできるのは、それだけの余裕があるからではありませんか?」
「……」
「どうですか、ブロイ公爵夫人?」
「……そうかもしれませんわね。王子、差し出口をお許し下さい」
ものすご~く不本意そうに謝ってきた公爵夫人に、僕はニコリと笑って頷いた。
母上も十分に怖いです。
「お茶の続きはまたにしましょう。セギュール侯爵夫人、令嬢をゆっくりと休ませてあげて下さい」
「は、はい。お茶会を中断させてしまい、申し訳ありませんでした」
セギュール侯爵夫人はせっかく娘を王妃に売り込もうと思ったのに失敗して、さぞ気落ちしているだろうね。
夫人の方が病人みたいな顔色で、ヨロヨロと下がっていった。
付き従う娘の方が逆に顔色を取り戻していたくらいだ。
「私も下がらせて戴きますわ」
ブロイ公爵夫人もさっさと退出し、女官達だけになったのを見て母上が大きな溜め息を吐いた。
「お茶を入れ替えて頂戴。レモングラスとミントのお茶が良いわ」
あ、僕が先日提案したハーブティーだ。
気に入って下さったんだね。良かった。
「母上、お疲れですか?」
僕があざとくも小首を傾げてそう訊ねたら、母上は苦笑いを浮かべて頷いた。
「少しね。ブロイ公爵夫人は悪い方ではないのだけど、陛下至上主義だから “強くない強さ” が分からないのでしょうね」
「お言葉ですが母上、僕も君主はちゃんと強い方が良いと思います!」
「あら、リュシーは陛下みたいになりたいのね?」
「はい! 僕は父上みたいな立派な王になりたいです」
「その気概はご立派ですよ」
母上も脳筋の国に嫁いできて長いから、すっかり毒されているよね。凄く嬉しそうだよ。
そりゃそうだよね。幾らやり方は一つじゃないって言ったってさ、王様は正々堂々と正面から戦って勝つ方が美しいもん。
策略とか幸運でスルッと勝利を手に入れるのって、何か卑怯? 余り正しくない気がしちゃうんだよ。
そして正しくない事に人は付いていかないからさ、そっぽを向かれちゃうんじゃないかって心配なんだよ。
「リュシー、そんな暗い顔をしないで? 大丈夫、あなたは陛下の子だもの。太陽神のように力強い王になれるわ」
僕は母上の言葉に笑って頷いた。
「神を名乗るなど不遜ですが、そうなれるよう努めます」
父上と母上が僕を身限る日まで、僕の体が女になってしまうまで、失望されるまでは頑張らせて下さい。
前世の両親に出来なかった分も父上と母上を大事にしたいから、知られるまでは側にいさせて下さい。
僕はなるべく遅くまで女の子にならないようにするから……二人の子でいたいよう。ずっとお城にいたいよ。
僕は泣きそうになるのをじっと堪えた。