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1.妖精の加護と前世の知識でお手伝い

 父上が治めるコンスタンティン帝国は、広大な大陸の中央に位置する大国だ。

 国土が余りに広いので、地方によって気候も人々の気質もまるで違う。

 各地を国王が直接に治めるのは不可能なので、国王の任命した領主が代わりに治めて税金と献上品と議員を差し出している。

 今はこのシステムが上手く機能しているようだけれど、王様の権威とか帝国軍の力が弱ると内乱が起こる事もあるらしい。

 過去には隣国からの侵攻もあったりして、僕のおじい様の代まではとても苦労したそうだ。


「そういうのを聞いてしまうと、王様なんて余りやりたくないなって思うよね」

 歴史の授業中に僕がこっそりとカミーユに耳打ちをしたら、地獄耳の教授にじろりと睨まれてしまった。

「リュシアン王子、国王の聖なる務めをなんと心得ますか! 国王とは辞められるようなものではありませんぞ」

「はい、僕も父上の事は本当に尊敬しています」

「左様。偉大なる国王の後をあなた様がお継ぎになるのですぞ」

「う~ん、でも僕は父上と違って、剣が上手じゃないからなぁ」

 身体の不利もあるけれど、どうも僕は誰かと争う事自体が得意ではないらしい。

 剣術は僕なりに一生懸命に練習しているのだけれど、カミーユには悲しくなるくらい片手間にあしらわれてしまう。


「リュシアン王子、直接に剣を交える事だけが戦いではありませんぞ。平和な時代では、寧ろあなた様の賢さこそが武器になります」

 賢さねぇ……。僕の場合、十八歳まで日本で教育を受けていたというアドバンテージがあるだけだからね。

 きっと “子供の頃は神童でも、大人になったらただの人” を地で行く事になると思うよ。

 僕がもにょもにょと言葉を濁していたら、見た目も態度もお兄さんみたいなカミーユがギュッと手を握り締めてきた。


「リュシー、戦うのは僕に任せておけばいいよ。リュシーは綺麗な服を着て、僕に命令してくれれば良いんだからね」

「それはカミーユは僕の親衛隊長になるんだから、期待しているけどさ」

「リュシアン王子、親衛隊長ではなく近衛隊長です。それからカミーユ、王子の事を呼び捨てにするなどもっての他です!」

 僕らは二人揃って教授に窘められてしまった。

 兄弟みたいに育ってきているのに、今更愛称で呼んじゃ駄目だなんて、王子様って本当に面倒臭いよ。

 中身が女の子の僕としては、リュシアンと呼ばれるよりはリュシーって呼ばれた方が可愛らしくて嬉しいんだけどね。

 僕らは神妙な顔で教授の言葉に頭を垂れ、でも直す気なんてどちらにもなかった。



 授業を終え、昼食を済ませてから僕は各地から献上品が集まって来る奉納部へ顔を出した。

「リュシアン王子! よくぞいらして下さいました!」

 奉納部のまとめ役が満面の笑みで僕を歓迎してくれる。

 僕は精霊の力を借りて物の良し悪しを見分けたり、思わぬ効能や使い道を示せるから重宝されているのだ。

「ギー、何か珍しいものは届いている?」

「はい、これなのですが、野菜なのに甘くて繊維質で料理には向かなくて――寒冷地では、こんなものでもありがたいのでしょうか」

 僕はギーにその野菜を見せて貰った。

 カブみたいな形の野菜は、何となく僕の記憶に引っ掛かるものがある。


「ニア、これって何かわかる?」

 僕のお付きの精霊であるニアにそう訊ねたら、薄い羽根をパタパタと震わせて野菜の周りをクルクルと飛び回った。

「甘い汁が採れる野菜だネ。ジュースにしたら美味しいヨ」

 甘い汁が採れるって……ああ、テンサイか!

「ギー、これはそのまま食べるものじゃないんだ。汁を搾って、煮詰めて砂糖にするんだよ」

「砂糖!」

 僕の言葉にギーは目を大きく見開いた。

 この世界での砂糖は貴重品だから、こんな野菜から採れると聞いて吃驚したのだろう。


「搾りカスは、家畜の肥料にすると良いよ」

「なんと、捨てるところ無しですか!」

 ギーがキラッキラとした目で僕を見つめてくる。

 おっさんにそんな目で見つめられて、ちょっとだけ気持ちが悪い。

「これで少しは砂糖の値段が下がると良いね」

「はい、この件は上に報告させて頂きます」

「別に僕の名前は出さなくて良いからね?」

「どうしてですか? 王子は素晴らしい発見をなさったのですよ?」

「ん~、だってここに気軽に顔を出せなくなったら嫌だからね。僕が出入りしている事は内緒にしておいて」

「はっ、分かりました!」

 ギーはとっても残念そうだったけれど、僕が来なくなる方が彼も困るのでちゃんと頷いてくれた。

 大体、普通の王族はこんな風に勝手に城内をふらついたりしない。

 僕は精霊が姿を見えにくくしてくれるから、周囲の苦情をものともせずに抜け出しているのだ。


「他にも何かある?」

 僕は他にも良い物が無いかと見せて貰ったのだけれど、特に目ぼしいものは無かった。

 それで今度は厨房に顔を出す事にする。


「テオ~、美味しいものはないー?」

 厨房で皿洗いや野菜の皮剥きなど雑用を担当している少年に声を掛けながら顔を出した。

 するとテオは酷く難しい顔をして、女官達とウンウン唸っていた。

「あれ? 取り込み中? 忙しいの?」

「あっ、リュシアン王子。また抜け出して来たっすね!」

 やっと僕に気付いたテオが振り返って声を上げた。


「だって作りたてって美味しいもん。でも、今日は何か作っている感じじゃないね」

「実は王妃様にお出しするお茶の事で困っていたっす。王子、助けて下さいよ~」

 王子に堂々と泣きついてきたテオを神経が太いと思う。

 だって普通は、身分の低い者ほど貴人への恐れが強いものだからね。


「僕にできることなら力になるから、話してみてよ」

「実は――」

 テオが女官に止められつつも語ったところによると、母上がたまには変わったお茶を飲みたいと言い出したそうだ。

 いつも代わり映えのしないお茶とお菓子なので飽きてしまった、美味しくて綺麗で出来れば美容にも良いものが欲しい。何か探してきてくれ。

 そんな無理難題を言われて、女官もお湯などを用意するテオも頭を抱えていたという。


「お菓子は料理長が綺麗に盛り付けてくれたからいいんす。問題は、ここには王妃様にお出しした事のないお茶なんて無いって事なんすよぉ~」

 この世界でよく飲まれているのは紅茶で、後は物好きな男の人が砕いたコーヒー豆を煮出して飲むくらいだ。

 僕としては、どうしてハーブティーが存在しないのか不思議だったんだよね。


「ハーブティーやフルーツティーは飲まないの?」

「なんすか、それ」

「レモンの匂いのする葉っぱや、スースーする葉っぱにお湯を注いで飲むんだよ」

「ちょ、葉っぱなんて飲まないっすよ! だって草じゃないですか!」

 いや、確かに草だけどね。その言い方って……。


「ハーブを料理の香り付けに使ったりするでしょ?」

「知らないっす!」

 ああ、うん、テオは知らないかもね。

 僕は彼に説明するのを諦めて、薔薇の実と綺麗な色の花と、良い匂いのする草を集めてくるように言った。

 彼は散歩に連れ出した犬のようにすっ飛んで行って、あっという間に沢山の植物を抱えて戻ってきた。


「じゃあこの薔薇の実を砕いて、え~と、これとこれを水で綺麗に洗ってきて」

 僕は飲んでも害がないか精霊に訊ねつつ、テオ達に指示を出した。

 ローズヒップならばビタミンCも豊富で色も綺麗だし、ハイビスカスに似た花をブレンドして、それでも飲みにくければ蜂蜜を落とせば良い。

 レモンバームとミントに似ているものは、さっぱりとして飲み口が良いだろう。

 美容に良いとまでは言えないかもしれないけど、リラックスは出来るんじゃないかな。

 もしも皆に不評でも、僕が飲めば良いしね。

 あ、先にお菓子を食べさせて貰えば良かったな。

 そうしたらもっと合うお茶を考えられたのに。

 でもまあ、取り敢えずはこれで十分でしょう。

 僕は恐る恐る “草で入れたお茶” に口を付けるテオ達をドキドキしながら見守った。


「酸っぱい! でも、蜂蜜をいれると飲みやすくなって美味しいです!」

「こっちのもレモンの香りがして美味いっす! 色も淡い金色で高そうに見えます!」

 あー、分かるよ。高そうとかそういう基準。

 僕も前世ではすーぐ見た目に騙されて高そうだって思ったもん。

 実際には草だけどね。テオが採ってきた草。


「赤い方は肌がイキイキと元気になるよ。レモンのお茶はリラックス効果があって、気持ちが落ち着くって説明してみて」

「「リュシアン王子様、ありがとうございます!」」

 テオと女官に感謝され、僕は満足して厨房を後にした。


 さて、この後はどうしよう?

 いつもならば庭で精霊達と遊ぶか自室で本を読むのだけど、今日はそんな気分じゃない。

 少しだけど皆の役に立てたので、どうせならもう少し手伝いがしてみたい。

 他にも困っている人はいないかな。

 僕はふらふらと外に出て、カミーユが下働きをしている武具保管庫へ行ってみた。


「カミーユ、仕事は終わりそう? 僕も手伝おうか?」

 鎧をせっせと磨いていたカミーユは、僕の姿を見て吃驚して手を止めた。

「リュシー!? こんなところに来たら駄目だよ!」

 ここは流石に王子の来るような所ではないので、カミーユが慌てながら僕を咎めた。

「だって、今日の僕は人助けをしたい気分なんだ。カミーユも手伝って貰ったら、嬉しいでしょ?」


 カミーユは僕の乳兄弟で剣術も勉強も一緒に習っているけれど、その他の時間は雑用や下働きをしている。

 元の世界の感覚で言えば五歳児をそんなに働かせるのはどうかと思うけど、ここではそれが当たり前なのだ。

 カミーユの騎士だった父親はもう亡くなっているし、乳母をしている母親と二人きりで生きていかなくてはいけないのだから、カミーユは特別扱いに慣れて胡座を掻くような迂闊なことは出来ない。

 そんな事をしたら、あっという間に誰かに足を掬われてしまう。

 指南役は前に一度だけ、僕にそう説いてくれた。


「あのさ、早く終わらせて、遊びに行こうよ。僕、カミーユと遊びたいんだもん」

「しようがないなぁ。じゃあ少しだけ、手伝わせてやるよ」

 カミーユは嬉しそうにそう言いながら、僕に鎧を磨くための布を渡してきた。

 僕は教えられた通りに少し脂を付けて一生懸命に磨いたんだけど、余り上手に出来なかった。

 結局カミーユと遊ぶどころか、服も顔も手もべったべたに汚してロッテに見付かり、怒られただけだった。


「次はもっと上手になって、カミーユの負担を減らせるからね」

「お前は怒られてもめげないなぁ。でも、ありがとうな。また頼むぜ」

 カミーユはちっとも役に立たなかった僕に向かってそう言ってくれた。

 前世の知識が使えなくても、何も役に立ってなくても、それでもまた頼むと言ってくれるカミーユの気持ちが僕は一番嬉しかった。

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