0.運命が変わった日
少し動いたら汗ばむくらいの陽気に、色とりどりの花の咲き乱れる中庭で、僕は剣を振り回している。
「リュシアン王子、腰がふらついていますよ!」
指南役に怒られてしまうけれど、それはねぇ。仕方がないよねぇ。
だって僕はまだ四歳だし。
「ほらほら、剣先が下がってきましたぞ。あと一センチでも落ちたら、上段とはとても呼べませぬなぁ!」
「くそっ、まだまだ!」
僕は指南役に煽られてつい声を張り上げてしまう。
脳筋のこの国の人達には付いていけないと思っていたのに、僕も大分毒されてしまったみたいだ。
「カミーユ、お前は無駄な動きが多いぞ。もっと鋭く! もっと早く!」
「はいっ!」
僕と一緒に剣を習っている男の子はカミーユと言って、僕の乳兄弟だ。
僕よりも四か月早く生まれているが、体格差はそれ以上に大きい。
カミーユは六、七歳くらいに見えるけど、僕は三歳以下にしか見えない。
僕は身体の小ささに加え、母上譲りのふわふわとした金髪に、珍しい紫色の瞳で砂糖菓子のように可愛らしいと言われる容姿をしている。
だけど武を重んじるこの国では、一部の貴族に “柔弱王子” と呼ばれて軽んじられているらしい。
父王が黒髪・黒目の偉丈夫で立派な武人だから、彼を尊敬している部下からしたら全く似ていない僕が目障りでも仕方がない。
そこはもう、諦めている。
だって諸事情により、この先も僕が筋骨隆々になれる見込みは全くない。
寧ろ全般的な成人男性とは差が付くばかりだろう。
やっぱり王子様に転生したのはマズかったかなぁ。
僕は今更ながらそう悔やんでしまう。
でもあの時は他に選択肢がなかった事も確かだ。
大学入学直前の春休み、十八歳の女子高生だった僕は散歩中に突然現れたマンホールに落ちて死んだ。
ところがマンホールだと思っていたものは次元の穴で、神様の不手際で出来たものだという。
お詫びに落ちた先の異世界で、記憶を持ったまま魂を空いている器に入れてくれたが、器が王子のものしかなくて、おまけに漂白されていない魂に身体が引き摺られて変化してしまうそうだ。
つまり男として生まれた身体が、女子高生だった頃の記憶に引き摺られて、いずれは女に変わってしまうのだ。
マジありえない。
一般人ならばともかく、一国の王子が王女に変わってしまうのはどうよ、と思ったのだけど他に選択の余地が無かった。
だって記憶も性別も経験も全部なくして、一から生き直すのは嫌だった。
まだ人生に未練があったんだよ。
記憶を失くして別人として生まれ変わっても、それは僕とは違う人だ。もう少し、自分のままで生きていたかったんだ。
神様は一応アフターサービスとして、僕に精霊のサポートを付けてくれた。
それは異世界にいる精霊の姿が見えて、精霊の助けを借りられるというものだ。
でも精霊の能力って、実はそれほど大したものじゃない。
ちょっと自然に干渉出来て、おしゃべりが出来て、可愛くて癒されるだけなんだよね。
まあ、僕の事情を知っているから、隠さなくていいってのは気楽だけどさ。
それからこれは神様がくれた能力ではないのだけど、僕の常識や固定観念に異世界の物理が従ってしまうのだそうだ。
僕がバラは赤いものだって思い込んでいたら、咲いてくるバラが全部赤くなる。
影響する範囲は思い込みの強さに比例するけど、大体一つの大都市くらい。
後、例え真実とは違う事でも、僕が正しいと思い込んでしまっていたらその通りになるから責任重大だ。
逆に利用する事が出来たら、「甘いものは食べても太らない」って思い込んだりするのだけど、残念ながらそんな便利なものではないらしい。
だから正確には、能力じゃなくて異世界転移の弊害みたいなものだと思う。
そんな訳で、人とはちょっと違う僕だけれど、幸いにも周囲の人々には可愛がられている。
父上など、もう溺愛していると言っても良い。
だから少し前まで内乱で荒れていたこの国の王子が、僕みたいな軟弱野郎でも特に問題はない。
今日までは、そう思っていた。
剣の稽古を終えて、部屋に着替えに戻ったら城内がざわめいている事に気が付いた。
「ロッテ、何かあったの?」
僕の乳母でカミーユの母であるロッテにそう訊いたら、彼女は僕のシャツの上から紫色のサッシュを絞めながら答えてくれた。
「ブロイ公爵様に、ご嫡男が誕生されたのです」
「僕より小さい子? 一緒に遊べる?」
「そうですね、きっとリュシアン王子の良きお相手になりますよ」
ブロイ公爵はこの国の四大公爵家の一つで、王の妹が降嫁している。
つまりは僕から見たら赤ん坊は従弟になるのだ。
城には僕と遊べる子供など乳兄弟のカミーユくらいしかいなかったので、従弟の存在は大歓迎だった。
勿論、従弟は公爵家で育てられるから城に住む訳ではないけど、歩けるようになったら公爵に連れてきて貰えば良い。
早く大きくならないかな、なんて呑気に思っていたのだけど、僕は僕の事を嫌いな人達が異様に喜んでいるのを見て嫌な予感がした。
それはレオナールと名付けられた赤ん坊の髪が生え揃ってきて、益々大きくなった。
レオナールは黒髪・黒目の叔母上に似て、真っ黒い髪と瞳をしていた。
それって父上にも似ているという事だ。
それに体だって随分と大きくて、きっと偉丈夫になる。
これからどんどん女の子らしくなる僕とは違い、誰もがレオナールを褒め称えるだろう。
武人を尊ぶこの国の指導者に相応しい容姿、王位を狙える血筋、そして僕の事を嫌いな貴族達の後押し。
後はレオナールさえその気になれば、十分に王位を狙えてしまうじゃないか。
別に王冠なんて、あげたっていいんだけどね。
僕は女の子になったら、跡継ぎの事もあるから王位は継がないつもりだし。
父上と母上は仲良しだけれど、どうやら兄弟は出来にくいようだし。
この国には側室を置く習慣が無いから(愛人は持てるけど、父上は持っていない)、他にライバルは存在しない。
あーあ、僕よりも国王に相応しい子供か。
ちょっとだけ、面白くないのは、きっと僕が大好きな父上と母上の期待に応えられないからだ。
愛されているけど、もっと彼らに相応しい子供なら良かったのにと、自分が残念に思えてしまうからだ。
「レオナールとは、仲良く出来ないかもしれないなぁ」
僕は楽しみにしていた従弟の登城を、寧ろ出来るだけ遅いと良いのにと思ってしまった。