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8、飲み会

前回の続きです。

長かったので分割しました。

 会社から徒歩で十五分の雑居ビルの一階。そこに夏樹ちゃんが店長を務める居酒屋がある。

 少し奥まったところにある店舗は、知っていなければ行きつきもしない。そんな雰囲気を醸し出している。

 雑居ビルの廊下を歩いて、スライド式の扉を開けると見慣れた女性が厨房に立っているのがすぐ目に入る。


「おっ、来たね。いらっしゃい」

「夏樹ちゃーん、来たよー」

「はいはい。見たらわかるから。今日は二人? カウンターでいいね?」


 カウンターに腰かけながら、小さな店内を見渡してみても、ほかにお客さんは誰一人いない。カウンターに四席、ドアを入って左に行けば四つほどのテーブルと十ばかりの椅子しかない。

 そんな小さな隠れ家みたいな場所が、夏樹ちゃんが経営してる居酒屋『こまる』。


 いつ来ても満席にはなるほどの客の入りはないが、知る人ぞ知る隠れた名店感が好きでこの店にはよく足を運んでいる。

 小さな店舗な上に、大体いつも常連客で席が埋まるからか、ここに来る客はみんな仲がいい。多分夏樹ちゃんの人柄もあると思う。


 夏樹ちゃんは赤みがかった明るい茶髪をゴムでくくったポニーテール姿で、目が吊り上がっているのが特徴の女の子だ。初めて見たときはちょっと怖い印象があった。町井と同級生らしく、歳は二つ下だが、姉御肌なのか、聴き上手でよくお客さんの相談事を聞いている。聞く人が聞けば失礼な物言いもするけれど、正直な性格なのか嘘や曲がったことが嫌いらしく、真摯に相談に乗ってくれるので、みんな夏樹ちゃんに頼ってくるところがある。

 町井とは性格的に合わないんじゃないかと思いながらも、仲がかなりいいらしく何かあるごとにこの店に来ているらしい。


「高本さんも久しぶりですね。前言ってた酒用意してますよ。せっかく用意したんで今日はたくさん金落としてってくださいね」

「ああ、ありがと。とりあえず軽いのんでいいか? この前の飲み会で飲み過ぎてちょっと軽くいきたい」

「はいよ。先週あったんでしょ? 新入社員の歓迎会。何でうちこなかったんです? 楓が高本さんいないからってダル絡みしてきてウザかったんですよ?」

「ちょっ!! それは言わないでって言わなかった?! 涼太さん、そんなことないですからね!!」


 そういいながら詰め寄ってくる町井を流しながらこの店に来たらいつものごとく、夏樹ちゃんに注文していく。


「はいはい、分かったから。夏樹ちゃん、いつもの頂戴」

「ほんと高本さん、ここ来たら必ず頼みますよね。ちょっと待っててください」


 軽いお通しとビールをテーブルに置いて、夏樹ちゃんはだし巻きを作り始める。

 毎週のように町井と二人での飲み会はこの居酒屋に来るために、もうほとんど常連である。人数が増えると大衆居酒屋に行ったりもするのだが、ここの料理がおいしすぎて、わざわざほかの店に行く理由が見つからなくて、木曜はいつも二人で入り浸っている。


「そういえば、今日はほかのやつ誘ってないのか?」


 お互いにビールをグラスに注いで、小さく乾杯して今日の飲み会の始まりである。


「安田先輩とかも誘ったんですが、奥さんのそばにいたいからって断られました」

「聞かなきゃよかったよ……。妊娠何か月目だ? そろそろ生まれるのかな」

「もう八か月って言ってましたからそろそろだと思いますよ。いいですよね、赤ちゃん。私も早く結婚したいです」

「お前ならすぐ見つかるだろ。今年の奴らにいい奴いなかったのか?」

「涼太さん……私が新入社員にすぐ手を出すみたいに言わないでくださいよ……」

「よく言うよ。去年の社員に片っ端から告白されてたやつが……」

「それ、私のせいじゃないですからね!! 私好きな人いるんで……」

「えっ……。今衝撃の事実を聞いたわ。誰?」

「言いませんーー。自分で考えてくださいーだっ!」


 町井は酒のせいか耳まで赤くなって、そっぽを向いてしまった。

 同期キラーともいわれたこいつが落とせない相手……。かなり聞いてみたい。


「はいよ。できたよ。それと、楓の好きなやつはこの子の会社の人だって言ってたよ」


 夏樹ちゃんはだし巻きをテーブルに置いて、聞き耳立てていたのか話に乗っかって来た。

 会社の人か……。これは相当絞れるな……。ちょっと探してみるか。

 蚊帳の外から眺めれる恋路ほど面白いものもそうそうない。

 ちょっとだけ明日からの会社が楽しみだ。


「ちょっ!! 夏樹ちゃーーん? 涼太さんには言わないでって言ってるよね?」


 夏樹ちゃんはいたずらが成功した子どもみたいな顔を浮かべながら、町井に責められている。言い争ってはいるものの、楽しそうで、仲がいいのが目に見えてわかる。大学で知り合った仲でも、こうやって社会に出てからも交流が持てることはいいことなのだろう。


 そんな姿を見たからか、ふと今家にいる稲森の姿が脳裏をよぎった。

 家出してきてから友達との交流はどうしているのだろうか。

 今、あの一人では少しばかり大きな家にいる姿がなんとも小さく想像できて、罪悪感を覚えた。



 その後も酒を飲み、美味い飯を食べ、仕事の愚痴を言って楽しい時間を過ごし、家に帰ったのは日付が変わろうとしている時間が迫っていた。


 玄関の扉を置けたときには、部屋の電気は消えていた。

 稲森が来てから未だ一週間も経ってはいないものの、家に帰るときには電気がついていて、出迎えてくれる稲森の姿があった。


 その姿がないことに残念な気持ちが湧いてくる。

 少し前まではこの暗い部屋に帰ってきていたのに、昨日までの明るい部屋を思い出して、寂しさが胸を支配した。


 リビングに行き、電気をつけた先にはテーブルに置いてある料理にラップがしておいてあった。

『レンジで温めてください』と書かれたメモを見つけ、どうしようもない後悔と、一人でご飯を食べさせてしまった罪悪感が込み上げてくる。


 そっと寝室を覗くと、布団に入って寝ている稲森の姿に安堵した。

 出て行ってほしいと思いながらもなぜか安堵した自分に思わず苦笑した。


 稲森の枕の近くに置かれた一冊の小説が目にはいった。

 多分自分の帰りを待って、また感想でも言いあおうと思っていたのだろうか。

 高校生だから何ともないだろうと思っていたその少女の背中はいたく小さく見えて、どうしようもないやるせなさを感じたのだった。


大学の先輩に教えてもらった個人経営の居酒屋がモデルです。都内ではありませんが……。

仲良くなると料理を頼んでから三時間後ぐらいに出てきますが、おいしいので全く気にならなくなりますw

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