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5、料理

 

 近くのショッピングモールにやってきた。

 土曜日の昼過ぎということもあり、人で溢れかえっていた。どこを見ても人、人、人。


 都内とは言え郊外に位置するこのショッピングモールはかなりの大型複合施設だ。

 一階に食料品売り場、二階から上は服や雑貨を取り扱う専門店が所狭しと入っている。

 食料品だけならば自宅から歩いて行けるスーパーでもよかったのだが、生憎家には来客用の準備がなく、布団すら自分が使用しているものしかなかった。


「その……布団などを用意していただけるのは有難いのですが、そこまでよくされるとどうお返しすればいいのか分からなくなります」

「気にすんな。これは俺の自己満足だ。それに来客用の備えも欲しかったしな」

「ありがとうございます。そういうことにしておきますね」

「そのままの意味なんだが……。作家志望さんは深読みをし過ぎじゃないのか?」

「そんなことはありませんよ。ちゃんと理解してますから」


 何か腑に落ちないものを感じながらも、楽しそうに笑う彼女を見ていると考えることをやめてしまった。

 先ほどまであった二人の間の微妙な距離感は完全に払拭されたわけではないにしろ、コンビニであった彼女よりは大分生気が宿って見える。

 やはり、追い詰められた状態から一応とは言え、衣食住が確保されて安心したのだろう。


「では、さっそく行きましょう! 何か晩御飯で食べたいものはありますか?」

「いや、特にないな。胃に入れば何でも一緒だと思ってるから不味過ぎなければなんでもいいぞ」

「なんでもいいが一番困ります。好きな料理はないんですか?」


 言われて考えてみるものの普段料理もしなければ、外食は偏った食事ばかりで思いつかない。

 手料理で、家で作れて、なおかつ外では食べずらいものを探してみると、案外簡単なところに答えが置いてあった。


「甘い卵焼きだな」

「えっ、卵焼きですか……。作れますけど……それは夕飯のおかずとしては流石に……」


 女子高生に少し、いやかなり引かれてしまった。

 いいチョイスだと思ったんだけどなぁ。

 料理の腕前も見れて、甘い卵焼きを出す店は少ないからな。大体居酒屋は酒に合うようにだし巻きが多いから、外では食べられない一品だし。


「うーん、思いつかんな。こう……母の味というか、そういう定番料理も家にはなかったからなぁ。稲森の得意料理でいいぞ」

「なら、定番の肉じゃがにしましょう! 胃袋を掴むなら家庭の味が一番ですよ!」

「なに? 胃袋を掴まれることは確定なの?」


 ありがたいんだけど、そう確定かの如く言われると少し身構えてしまう。


「胃袋を掴んでおけば追い出される可能性も減りますし……」


 少し元気になったかと思えば、やはりこの不安定すぎる生活の始まりは、どうもまだ受け止めれてないらしい。いつ捨てられるのか不安も大きいのだろう。

 陰鬱そうな顔をしたのも束の間、すぐにとってつけたようなどや顔を張り付ける。


「ふっふっふっ……それに、小説では手料理は必須イベントですからね。学園ものではお弁当に汁物は入れられませんから肉じゃがは出てきませんが」

「唐揚げにハンバーグ、卵焼きにお浸しだのサラダだのが定番だしな」


 もはや見慣れたお弁当の形である。彩りを考えると仕方ないとはいえ、あまりにも定番すぎてお弁当イベントは決まったものが書かれる。

 男子が誰でも彼でも肉料理が好きだと思うなよと思ってしまうまである。


「そうですね。テンプレート化されたお弁当ですよね。その分、味の評価と見た目の良さを判断しやすくていいと思いますけど」


 分からなくない。誰しもが知ってる料理だし、何よりもイメージが付きやすい。


「それにしても、高本さんは良くそんなにすらすらとお弁当の中身が出てきますね」

「ああ……いつもすることなくて本ばっか読んでるからな。もう見飽きた展開といってもいい」


 当然書き方に差異はあるし、たまに奇想天外なものが出てきてびっくりしたりするのも一つの楽しみともいえる。

 料理イベントはある一種の通過儀礼とばかりに出てくるしな。自分が高校生の時に自分で料理して弁当作ってきてるやつを見たことは一度もないけども……。


「そうなんですね。今度おすすめの本貸してください」

「ああ、いいぞ。家に帰ったらな」


 雑談をしながら稲森はかごに次々とじゃがいもや人参、牛肉に糸こんにゃく、ほかにも野菜やら魚やらを入れていく。その手慣れた手つきはいつも料理をしていることが伺える。

 家事は一通りできると言っていたし、これは期待が持てるかもしれない。



 その後、ショッピングモールで布団を買い終え、帰宅した。


 休みの日は家で過ごすことの多い自分には、人で溢れかえったショッピングモールはかなりの苦行であったらしく、家に帰ってからはソファでぐったりとしていた。

 買い物に出かけるのが遅かったのもあってか、夕日に照らされたリビングがなんとも心地よい。光に照らされた埃って汚いのやたら幻想的に見えるのは何でなのだろうか。


 稲森は帰ってきてから、自分の仕事だからとばかりに早速キッチンに立った。

 ソファが体を放してくれなくてその様子は垣間見えない。時々いい匂いがこちらにやってきて食欲を刺激してくる。そろそろできる頃合いかもしれない。


「高本さーん、ご飯ができました。温かいうちに食べましょう!」


 部屋にいい匂いが充満してきていると思えば、稲森のこの家初めての料理が完成したらしい。

 動きたくない欲求がいくらでも体を襲ってくるが、折角作ってくれた料理を無碍にするわけにはいかない。重い腰をゆっくりと上げ、ダイニングテーブルへとつく。


 そこには最近の我が家では滅多にお目にかかれない料理の数々が並べられていた。

 茶碗に盛られた温かい白米、湯気立つ味噌汁、宣言通りの肉じゃが、アジの煮付け、サラダ。そして、際立つ黄色の卵焼き!


「卵焼き作ったんだな。あんなに晩飯のおかずには向かないって言ってたのに」

「はい。一応リクエストでしたから。では、食べましょう」


  稲森も席につき2人で手を合わせて「いただきます」をして食べ始める。


  う、美味い…。

 稲森料理ちゃんとできたんだな…。できるとは言ってもここまでちゃんと出来るとは思ってもいなかった。


「美味い…。こんなに家でちゃんとしたご飯食べるの久しぶりだ…」


  少し、いやかなり感動した。

 上京してから家では一人きりでご飯を食べていたし、自分では面倒くさくて基本的には簡単な料理しか作らない。

 目の前では自分の料理がちゃんと出来ていたのが嬉しいのか、褒められて嬉しいのか、顔を綻ばせながら食べる稲森の姿が目に入る。

 誰かと一緒にご飯を家で食べる。ただこれだけのことが自分も嬉しかった。


「一人でご飯を食べても味気ないですしね…。いっぱい作ったので沢山食べてください!」

「あぁ、いつもはそこまで食べない方だけど今日はいっぱい食べれそうだ」

「ふふっ。そこまで喜んで貰えると作った方も嬉しいですね」


 そう言って照れる稲森は高校生と言うよりもなんだか母親みたいに見えた。



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