5. 捜査《2》
アルフレッドだって『立場』というものが無ければ直接、捜査に乗り出したいのが本音だった。
しかし、そこを敢えて抑え、自衛軍がより良く捜査に取り組めるよう、指揮官として采配に専念した。
いくら相手がこちらの策を悉く破り、技術の高さを見せつけるように跳梁しても、我慢強く報告を待たねばならない。
まずは合同捜査に納得していなかった元宮廷魔導師団のハゲ爺もといーードナーグ=シュミットを、どうにか説得しなくてはならない。
シュミット一族の力が、どうしても必要なのだ。
覚悟を決めた王は、ドナーグの屋敷に乗り込んだ。
「自衛軍がもっと真面目に取り組めば、我らが出向く必要もないのでは?」
相変わらずドナーグの頭は固く、話が思うように進まない。
「そうも言ってられんだろうシュミット卿。貴方ほどの御方が、何故お分かりにならない?」
王の寝室に置かれたメモには、読めない箇所が存在した。
これより更なる警戒を
××××
×××
そこを分析し、犯人を特定する技術は今の自衛軍には無い。
宮廷魔導師団の協力がなければ、更なる失態を重ねてしまうだろう。
何度説明しても、このハゲ頭の答えは同じで、彼はカツラの位置ばかりを気にしている。憮然とした口調で抗弁を繰り返していた。
「王は我らの方が怠慢だと仰りたいのですかな?自衛軍を贔屓なさりたいのは分かるが、心外にござる」
「贔屓とかいう問題ではなかろう。国を騒がす事件を前に、治安組織がバラバラでどうするのだと言っている」
「ですから〜彼らよりも優秀な我々が主体となって自衛軍を統合再編するべきだと、常々申し上げておりますのじゃ。陛下こそ、何故お分かり頂けない?」
ドナーグの態度は、頑固などという生易しいものではない。
より良い腹案を持っているんだか何だか知らないが、とにかく自衛軍など廃止してしまえ、という結論ありきで話をしているーーように思えてならない。
誰彼構わず怒鳴り散らして言う事を聞かせている内に、凝り固まってしまった表情筋と同じだ。
ドナーグは見事なまでの思考停止に陥っている。
「議会での話を持ち出している場合ではない。いい加減にされよ、卿。そんなに宮廷魔導師団が自衛軍より優れていると仰るなら、彼らに貸しを作るくらい、して見せても良いだろう」
「貸し、ですと?」
「そうだ」
「何故、我らがウォルト=ケネスの手柄の為に動かねばならぬのですか」
「願い下げだ、と仰りたいのだな?卿らは優れた力をお持ちであるにも関わらずに、それを用いないどころか、ただ黙して滑稽な自衛軍の様子を眺めていればそれで良いと?彼らを嘲笑出来ればいいとお思いなのだな?父王が信用していた最高の魔導師ドナーグ=シュミットとは、そのような御方であったのか?」
「……」
「おお、嘆かわしい。このままではコルトシュタインで義賊を捕縛出来る者が居ないではないかーー致し方ない。俺が国の治安を守る為に、卿らの頭を飛び越えて、その義賊団を捕まえるしかあるまい」
「そ、それは…」
「卿は、それを黙って見ていられるのか?」
普段は自らを浅慮と評して憚らぬ王が、一気に攻め立てるので、さしもの頑固爺も戸惑い始める。
「そうではあるまい!俺の知っているドナーグ=シュミットは、そんな人物では無いはずだ!」
アルフレッドは思わず語気を強めていた。
ドナーグが、ぐっと呻いて、たじろぐ。
部屋のドアが静かに開いた。
「父上、一体どうなさったのだ。頑固さだけならいざ知らず…今の貴方を見たら、我が妻も娘も幻滅いたしましょう。情けない」
「リカルド。聞いていたのか」
「聞いていたのか、ではありませんよ。いい加減になさい。陛下に言葉を荒らげさせるなど、貴方らしくもない。ケネス一族が絡むと、どうしてそうも頑なになられるのか。全くもって理解に苦しみますな」
老いて職務を退いたドナーグに代わって宮廷魔導師団の指揮を執る『鉄壁』のリカルドだ。
豪胆で酒好きだが、現場・事務を問わずに仕事をこなし、報告書をマメに上げてもくれる、優れた公務員の一人だ。
「見事に事件を解決した後、その功がどちらにあったかを、王にご裁定願えば良い事ではありませんか。今回は私共にお任せ下さい」
「う、うむ……」
老人は髭を撫でつつ、ついに頷いたのだった。