2. 発端
若き王は、大仰である黄金の冠が好きではない。
『責任』を象徴する品であり、王を名乗るには、まだ力が足りないと考えている内は、若輩の頭に鎮座すべきではないと思っているからだ。
被らない訳にはいかない年末の慰労会と新年の挨拶時にしか身に着けないので、普段は他の宝物と共に自衛軍に管理を一任していた。
その王冠が盗まれたと報せを受けたのは、アルフレッドが即位してから二年目の春だった。
事件らしい事件は久しぶりだ。
王は民に盗難の被害が無い事に安堵しつつ、謁見の間の絨毯に平伏した自衛軍団長ウォルト=ケネスの頭を上げさせた。
「それで、領民には報せたのか?」
「公にしておりません。自衛軍の…いえ、監督を怠った私の責任です」
いつもの威勢の良さを失って項垂れたケネスは、少し融通が利かない所を除けば優秀な武官である。
彼の頑固さときたら、即位した頃に王を悩ませた酔っ払い共を即、逮捕しようとしたくらいだ。
しっかり釘を刺しておかないと、腹を切るだの言い出しかねない。
「このケネス、老境に至って国の恥となってしまいもうした。かくなる上は、詰め腹を切ってお詫びせねば」
「待ってくれ!」
予想通りの展開に、不謹慎にも頭を抱えたくなる。必死に本音を押し殺し、体勢を整えてから発言を許可した。
「私に生き恥を晒せと仰るのですか!」
「貴殿が恥と感じるなら、それで構わないが…」
わざと大きな溜息を吐き、生意気だった少年時代の時と同じ口調で言う。
オレの話を聞く余裕も無い、か。
前国王に側近として仕えてきた自負が、彼の頭を鉄のように固くしているのだろう。
それ自体は悪くない。
常に前王の真意を理解し、根気強く仕えてくれた彼に、アルフレッドも恩義を感じ、家族同然とも思っている。
ケネスは前国王ウィルフレドの王立学校の先輩に当たり、もうすぐ定年を迎える歳だ。
孫も生まれるし、世界旅行もしてみたいと笑っていた奥方の為にも、おいそれと彼の腹を切らせる訳にはいかないのだ。
腕の見せ所である。
王は一転、ケネスと目を合わせて誠実に、心を込めて、言い聞かせるように言った。
「死ぬ事は許さない、ケネス翁。そうすれば王冠は戻るのか?」
「し、しかし…」
「汚名を雪ぐには盗賊を捕えるしかない。魔導師団と協力して捜査に当たって欲しい」
ケネスは言葉を詰まらせた後、露骨に渋い顔をした。
魔導師団長の一族とはライバル関係で、何かと鞘当てをしてきた間柄らしいが
「これからの任務を考えれば、彼らの技術力が必要だ。拘りもあるだろうが、貴殿には俺や自衛軍の手本であってもらいたい」
心からの頼みだ、と言葉を添えて軽く頭を下げる。
両家の間に割って入るつもりは無い。
自分の力で他人を変えられるなどとは思わない。
だから、今の自分に出来る事をする。
国王は現場から上がる報告を待ち、国を纏めねばならない立場だ。
強固な魔物の一軍でも現れない限りは、現場に出るのは避けるべきだと思っている。
だが、実直な団長を通じて、自衛軍に発破をかけるくらいは出来る。
子どもの頃から守ってくれた恩人に、真意を理解してくれると
「必ずや任務を果たしまする」
と最敬礼して立ち去った。
ケネスの背中を見ながら、若き王は思案に耽る。
王冠を盗んだ連中の目的は一体、何だろうか?
売るにしても、すぐに足がついてしまう。
考えるのは好きだが、行動した方が良い結果になる事を、今までの執務で多々学んできた王だ。
考え事を中断して顔を上げる。
「アルフィミィ!」
「はっ!」
ぼん、と間抜けな音がして、小人族が眼前に現れる。
「話は聞いていたな。街の冒険者ギルドに声をかけてくれ。聞き込みをする人手が欲しい」
お任せを!と快活に言った伝令官は、謁見の間を走り抜けた。
王は一つ息を吐き、執務室へ向かう。
街を調べれば、盗賊の痕跡が見つかるかもしれない。
そこから追跡をかけるにしてもーー
しっかり手回しをして、事件を解決しなければ。