1. 商業都市国家コルトシュタイン
この国では代々、商売を原則自由とし、干渉しない方針を執ってきた。
その為『詳細な世界地図が無い』という不思議な事情があっても、黄金と商機の話を聞きつけて、やってくる他所者が多いのだ。
結果的に人口一万人ほどの領土には、国内外の商売人が溢れ返る事態となった。
人が増えれば商売上の争いが起き、お役所の出番も増える。
治安を保たねばならないのに、自衛軍の予算は削られるばかりだった。
削減を迫られる矛盾した状況が悩ましい。
災害があれば、それを防ぐ為の公共工事を怠る訳にもいかず。
その話が持ち上がる度に好き放題、陳情を上げてくる
貴族の話なんか聞き飽きてしまった。
極め付けは酔っ払いのケンカの仲裁まで頼まれる始末。
「でもまぁ、俺にしちゃ頑張ってる方かね」
一年もやってようやく慣れてきた執務を、若き王は自身で労う。
国事から民事まで、民から頼られる多忙さは、この小さな国に生まれてきた王族の運命とも言える。
しかし、それにしても思う。
前王や、その側近達は在任時に愚痴の一つも溢した事が無かった。
前王は国民の信頼に応え続け、剽軽な『放蕩君主』のまま退位まで過ごした。
比べる事では無いと判っているが、アルフレッドとて
父親の跡を引き継ぐべく、今まで教養を受けてきた
生粋の王族である。
出来ないと言えば仕事が半減する訳ではない。
疲れたと喚けば誰かが代わってくれる訳でもない。
渋る議会と頭の固い自衛軍の間に入って防衛予算を通し、商工ギルドに頼んで平穏に商売が出来るよう采配した。
酒場や宿屋には傭兵か冒険者を必ず常駐させるよう周知し、楽しく仲良く飲み食いするよう『王様からのお願い』である要請を発した。
金鉱山の視察も欠かさず行い、労働者と商人、貴族の双方に過不足のない国政を心がけている。
休日には変装して繁華街に繰り出す。
人々の評判はなかなかに良い。
曰く、カネと人脈と容姿を不足なく備えた理想的なプリンスである、と。
ーー彼の実感とは、かけ離れていた。
ここは人間と魔族が互いを認め合って争いを止め
『勇者』が出現しなくなって久しい世界。
各国の君主や都市の長は、誰もが等しく多忙を極めると聞く。
それを知っていて、アルフレッドも覚悟を決めた。
敬愛する前国王ウィルフレドから王冠と権力を引き継いだ以上は、父祖らが築いてきた狭くも豊かな国を守り続ける。
それが彼、アルフレッド・フォン・コルトシュタインの役目なのだ。