Master×King×Vampire01
次の合図はアタシでも分かった。
ほとんど雲がなく星々が点々と輝く夜空に、黄色い閃光が走ったのだ。ハイネグリフが渡した光線銃だろうとすぐに予想がついた。流石に雲がないので雷と見間違うことはない。
「アイゼンバーグは足が速いですが、追えているようです。あの吸血猫ようやく役目を果たしましたね」
たぶん心の中では『レオは足が速いからついていけると思っていた。さすがだ』そう言っているに違いない。なんたってハイネグリフはツンデレだからね。
「急ぎましょう。レオに任せておけません」
「うん」
アタシが頷くとハイネグリフは光線に向かって加速した。アタシもそれに倣って加速する。ホントに言いたかったのは『急がないとレオが危ないかもしれない。早く助太刀に行かないと』かな、なんて考えながら。
それから五分も経たないうちにアタシたちはレオの後ろ姿を見つけた。レオはビルの屋上で屈んで何かを見つめていた。
ちょっと足が重くなって胸の奥がぎゅっとしたけれど、ハイネグリフのアドバイスを思い出して平静を装って近付いた。
レオはすぐにアタシたちの気配に気づき、警戒して振り向いたもののアタシたちだと気づくとすぐ警戒を解いた。
「ホノカ……。二人とも、遅いよ」
パーカーの長めの袖で口元を隠し、レオはいつもの不機嫌そうな声を出した。少しだけほっとする。
「青の王はどこですか? よもや見失ったというわけではありませんよね? わざわざこうして私たちを呼びつけたんですから、青の王の姿くらい見つけていないと話になりません。ただ手掛かりを見つけたから呼んだという理由なら撃ちます。反省して次に活かせるよう、頭は撃たないでおきます。もちろん足も免除いたしましょう。腕くらい吹っ飛ぶかもしれませんが問題ありませんよね」
すごい、血の匂いがするからかハイネグリフがすごく喋る。
「うっさいなぁ。ちゃんと見つけたよ。青の王、黒の王と戦ってるからあまり距離詰めすぎると危なそうだったんだよ。青の王は大怪我してるみたいで移動方向に血が落ちてるから見失わない。安心しなよ」
「アイゼンバーグ大怪我してるの!?」
「そう。ちょっと離れたところで見てたけどさ、あれは完全に自分から怪我しにいってるね。たぶん意図的に血を流して相手を興奮させたり呼んだりしてるんだ。オレも血の匂いで何度かくらっときそうになったもん。ホノカ程じゃないけど、やっぱり王サマな分、血が濃くていい匂いするね。痛みで自分も興奮させてるってのもあるかも。ホノカのご主人サマってヤバいヤツだね」
アイゼンバーグの戦い方を見た時、どうしてそんなにも怪我をするのだろうと思っていたけれど、そんな理由があったのか。吸血鬼もどきになって青の吸血鬼の血の効果を認識した今だからレオの考えに同意できる。アイゼンバーグは根っからの戦い好きなのだろうか。だから、自ら危険なことをして楽しんでいるのだろうか。
「一人で軽率な行動を取らなかっただけましですか。しかしいつまでもこんなところでもたもたしていては見失わないものも見失ってしまうでしょう。アイゼンバーグの足は速いですから、数分遅れれば追いつけなくなるかもしれません。取り返しのつかないことになる前に移動して小娘をアイゼンバーグに会わせるべきです。レオ、貴方はいつまでそうしてだらだらと無駄話を続けるつもりなんですか」
レオの眉間にしわが寄った。目がどんどん据わっていく。このままだと無益な争いが起こりかねない。それは避けたい。
「えぇと。『一人で危ないことをしなくて良かった。でもこれ以上お話しているとアイゼンバーグに逃げられちゃうからほどほどにしようね、レオくん』って言っています」
レオが目を大きくしてアタシを見た。アタシの副音声に驚いたようだ。ついでにハイネグリフも不機嫌そうな顔でアタシを睨んでいる。
「そんなことは言っていません。一体全体誰の言葉ですか。貴方、頭がおかしいんじゃないですか? 加えて耳もおかしいということが証明されましたね。何をどう聞いたら私の言葉がそれに集約されるんですか。意味が分かりません」
「『図星で恥ずかしいから照れ隠ししちゃお』です」
「貴方本当に頭がおかしいみたいですね。それ以上誤解して物を言うなら顎を折りますよ。先程掴まれて涙目になっていたことを思い出しなさい。またあの痛みと恐怖が貴方を襲うことになりますよ。それでもいいのですか」
「『さっきも照れ隠ししちゃったんだけど、ホントは手なんて出したくなかったんだよね。できれば出したくないからこれ以上恥ずかしい目に遭わせないでほしい』と申しております」
「黙りなさい」
「むぐっ」
ハイネグリフの手が口を覆った。けど力は込められていない。ただ話せないように口を覆っただけのようだった。良かった。顎を砕かれそうになるよりは数段ましだ。
「なぁんか、見ないうちに仲良くなってない? 何かあったのぉ?」
レオがじと、とした目でハイネグリフとアタシを交互に見た。何かを疑っているようだが、アタシとハイネグリフの間には特別なことは何も起こっていない。喧嘩してお互い発散しただけだ。
「こんな小娘と仲良くなどなっていません。この小娘が勝手なことを言って邪魔をするので言えないようにしただけのことです。いいですか、レオ。ふざけている場合ではありません。時間がないのです。分かりますね? 早く小娘をアイゼンバーグのところへ連れていきましょう。私は他の吸血鬼、とりわけ赤の吸血鬼デインを追い払うため少し離れてついていきます。レオは小娘と共にアイゼンバーグのところへ行きなさい。近付けばパスを感じて彼の方からやってくるかもしれません。ただ黒の王には気をつけるように。彼とは絶対に交戦してはなりません。いいですね?」
「……ほーい。じゃ、ホノカ行くよ」
レオは目を細めて一秒に満たない間黙ってから言った。
「うん。ハイネグリフ、気をつけて」
ハイネグリフがすぐに解放してくれたのでアタシはレオと一緒に屋上を蹴って飛び上がった。
隣のビルの屋上にも小さな赤黒い点が見える。ほんの一センチくらいの点が一つ二つあるぐらいだけれど、吸血鬼もどきのアタシにはしっかり見えていた。赤黒い点は次の建物にもその次の建物にもあった。この痕をおっていけばいずれはアイゼンバーグにたどり着く。アタシのご主人様に。
怪我、心配だ。
「ねぇホノカ」
半身先を行くレオが前を見たまま呼んだ。ちょっとどぎまぎしながら横顔に「何?」と問いかけると、レオは振り返った。
「ようやくご主人サマに会えるね。ワクワクする? ドキドキする?」
アタシの失態に触れられなくて良かったと、ちょっとほっとしてから口を開いた。
「どうだろう。何となく逸る気持ちはある気がするけど、いまいちピンとこないかも」
そう、まだ分からない。まだ不安だ。自覚もない。
ようやくこの状況に終止符が打てるのかと思うと安心する。それからアイゼンバーグに会えるのが嬉しかったりもする。けれども漠然とした不安がある。それは吸血鬼になってからの生活に不安があるからだと思うのだけれど、何だろう。どうしてか、胸の奥底がざわついて仕方がない。いくつか反故にした課題があるからだろうか。
「ふぅんそっか」
レオは自分で聞いておきながら興味があるのかないのか微妙な反応をして前に向き直った。




