Hot×Cold×Vampire12
「はぁ。貴方ってどうしてそうも手がかかるんですか」
ハイネグリフがため息を吐くのも分かる。流石に自分でも失態だと思った。レオやフェリックスさん、それからサンダーさんが契約の仕方を知っているかどうか聞いてこなかったのは、たぶん知っていて当たり前だと思っていたからだろう。ハイネグリフもこうして聞くまで当然知っているものと思っていたに違いない。
「契約ってどうやってするの?」
改めて教えを乞う。ここでの契約が、契約書に判子やサインをすることではないだろうというのは分かる。でもアタシの中の契約はそれしかないから、それを否定してしまうと何も分からなくなる。吸血鬼の契約ってどういうものなのだろう。
「吸血鬼の契約、主従の契約は血の交換です」
「血の交換?」
生生しいな。
「まず吸血鬼が人間に血を与え、人間がその血に適合したら次にその適合者がマスターとなる吸血鬼に血を与えて契約は終了します。人間は吸血鬼の皮膚を裂けませんから、吸血鬼が血を与える時は自ら裂いて与えます。ですが適合者は噛みつかれて血を吸われるのが一般的です」
「えぇっそんな一方的な」
「適合者は理性を失っている状態だからですよ。そんな化け物が自ら血を飲ませるなんて出来ないでしょう。だから今までは一方的でした。しかし貴方には理性があります。つまり貴方は規格外なんですよ。規格外の貴方のさじ加減で物事を判断しないでください」
そういえばアタシって有り得ないことが起こっている状態だった。確かに理性がない状態で冷静に皮膚を裂いて相手に飲ませるなんてことは出来ない。一方的にしか契約出来ないんだ。でも、それは今までの話だ。
「アタシが規格外なら今までのルールに則らなくても良いってことだよね。アタシに理性があって自分で相手に血を飲ませることが出来るなら、噛みつかれて吸われなくても良いってことでしょ?」
「理論的にはそうですが、貴方がそれを出来るかどうかは別でしょう」
「出来るよ。ハイネグリフが証明でしょ?」
「そうですが、そういうことではありません」
はぁ、とハイネグリフは再びため息を吐く。
どうして。だってアタシは自ら皮膚を裂いてハイネグリフに血を飲ませてみせたのに。そういうことじゃないの? アタシの何が間違っているの?
「貴方は青の吸血鬼もとい、野良なんですよ。その身を裂いて溢れ出た血は吸血鬼たちを狂わせます。今この辺りに集まってきている吸血鬼たちは比較的耐性があるとはいえ、どこまで耐えられるか明確には分かりません。リスクは最小限にとどめるか回避すべきでしょう」
「でもレオとかフェリックスさんやサンダーさんは大丈夫だったよ」
バラで怪我をした時とそれからハイネグリフに血をあげた時。あの時確かにみんなアタシの血の匂いを嗅いだけれど、そんな大それたことにはならなかった。
「私に血を与える時、レオも彼奴もいなかったでしょう。いたのはマスターだけと記憶していますが」
「そういえば、二人はフェリックスさんに言われて途中で出て行ったんだった……」
逃げるように出て行ったサンダーさんと、小さく謝って出て行ったレオを思い出した。
「貴方の血の誘惑に耐えられそうもなかったのでしょう。黄の吸血鬼ですから他の吸血鬼と違い、狂って襲い掛かることはなかったみたいですが」
「でも、フェリックスさんは? フェリックスさんは大丈夫そうだったよ?」
「マスターは黄の純系吸血鬼ですから忍耐も随一なんです。もしかしたら、貴方の血の誘惑に勝てるのはマスターだけかもしれません」
「うそ……」
あれってアタシの血の匂いが臭かったのではなく、耐えられそうもないくらい美味しそうな匂いだったから出て行ったの? アタシって猫にとってのマタタビみたいな存在なの? あのまま二人が部屋にいたら、二人は理性を失っていたかもしれないの?
喉が渇いてきてごくりと鳴った。
「ホントに? ホントにそうなの? じゃぁ、ハイネグリフも我慢できないの?」
この、アイゼンバーグの血に耐えてみせた目の前の彼も、アタシの血には耐えられないというのか。
綺麗に整った顔を見つめる。金のまつげに縁取られた金の瞳もじっとアタシを見つめている。
「そうですね」
「!?」
白い手がアタシの首に添えられて身体がビクリと跳ねた。
「面白くないことに、貴方の血は大変甘美でした」
「うっ」
「一度味わったら忘れられません」
「あ……」
ハイネグリフの指がアタシの首の太い血管に添えられている。ドクンドクンと脈打つ血管に絞めるとまではいかないくらいの強さで指を押し当てている。
嫌だ。どうしよう、怖い。目が獲物を見つけた猛獣みたいだ。
「今、すぐにでも。その細い首に噛みついて、白い肌を割り、中の熱いそれを啜りたい。ふとした瞬間にそんな衝動に駆られます。……貴方が黙っていると特に」
「話す話す!! めちゃくちゃ話すからやめてお願い噛まないで!」
言葉を切って噛みつかれるのが嫌だったから何も思いつかなくてもとにかく口を動かすことにして「お願いお願いお願いお願い」と繰り返した。
だって嫌だよ。噛まれたくない。これ、少しでも休憩したらホントに噛まれるの?
「ねぇ、冗談? 本気? ハイネグリフ、どっちどっちどっちどっち……」
今度は「お願い」じゃなくて「どっち」を繰り返す言葉に選んだ。
我ながらしつこいしうるさい。これではハイネグリフが不機嫌になって怒るかもしれない。
「ふふ。滑稽ですね。面白い」
あ、笑った。
初めて仏頂面でも怒った顔でも呆れた顔でもない顔を見られた。ハイネグリフってこんなにも優しい顔で笑うのか。顔つきが女性っぽいからか、天使のように見える。
思わず綺麗な笑顔に見惚れてしまい、口を動かすのをやめた。
瞬間、ハイネグリフの顔が一気に近付いて来て視界から消えた。
「!?」
「どちらなのか、試してみますか?」
カチン、と歯がぶつかり合う音が首の辺りで聞こえた。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
噛まれる!? 思わずハイネグリフの肩を思いっきり押した。けれどハイネグリフの身体はビクともせず、かわりに反動でアタシの身体が後ろに倒れた。
「おわぁぁっ」
「何をやっているんですか」
腕を掴まれて倒れずに済んだ。良かった。いや、捕まったんだ良くない! でもハイネグリフは呆れ顔だし、噛みつく気はなさそうだから良い? どっちだ!?
はぁ、とため息を吐いたハイネグリフは次の言葉を言おうと口を開きかけた。しかし一旦やめてどこかに視線を投げた。
「どうやらレオがアイゼンバーグを見つけたようですね。合図です」
「えっすごいレオ!」
さすがだレオ、すごい! アタシは合図を見逃したから、それに気づいたハイネグリフもすごい。
「さぁ、今度こそ行きますよ。このチャンスを逃さないように気を引き締めなさい」
「もちろん!」
アタシがしっかり立ったことを確認すると、ハイネグリフは走り出した。アタシも気合を入れて足に力を入れ、ハイネグリフの後についた。
すぐに切り替えたから、やっぱりさっきのは冗談だったのだろう。きっとアタシの反応を見て笑いたかったのだ。
この時アタシはハイネグリフのお節介を適当に流して血を吸われる覚悟というものの解決を反故にした。もうすぐ否応なしにその覚悟を決めなくちゃいけなくなるのだろうと漠然と考えるだけだった。そしてそれがアタシの一大決心になるだろうとも思っていた。けれど、そんなのまだ序の口だったなんて、この時のアタシは知らなかった。




