Look×For×Vampire01
走って走って走り続けて迎えた夜明けは、涙が出そうになるくらい綺麗だった。
真っ黒だった空の裾が群青色になり、ピンクが混じったと思ったらゆっくりと白んでいった。真白な太陽が眩しくて、目が熱くなって、思わず足を止めて目を閉じると、一筋の涙が零れた。
そうして迎えた朝に感動と絶望に近い感覚を味わいながら、アタシはやっとサンダーさんから手渡されたメモを見た。メモには九州の地名が書いてあったけれど、地理に疎いアタシにはそれ以上のことは分からなかった。分からないことに落胆したが、駅に着きさえすれば駅員さんに道を尋ねることが出来るし、交番も近くにあるはずだと考えて駅に向かい、到着したのが一時間程前のことだ。
現在アタシは駅近くの交番で拘束されている。
何故だ。
拘束と言っても手足を縛られている等というわけではなく、ただソファに座らされているだけなのだが、一体全体どうしてこんなことになったのか皆目見当がつかない。
街中で夜明けを見て、駅に着いてからの経緯はこうだ。
アタシはまず駅員さんにメモに書いてある場所への行き方を聞いた。そしていざ切符を買おうとしたらお金がないことに気づき、アタシってバカだなと立ち尽くしていたら「ほのかさん?」と声をかけられた。振り向くと警察官が二人いて、「そうですけど」とちょっとどぎまぎしながら答えたら警察官はこう言った。
「家出はダメだよ。お家の人も心配しているよ。保護してほしいって頼まれたから、これから一緒に交番に行こうね」
「はぁ」
そういうわけでアタシは交番に連れてこられたのだった。
最初はアタシの家族が連絡したのだろうかと思ったが、ここはアタシが住んでいたところから随分離れているのでそうではないだろうと結論付けた。家出少女として全国区で指名手配紛いのことをされている可能性はあるが、アタシが家族の元を離れてから一週間は経っているのでこうしてピンポイントで保護されることもないだろう。
それじゃ、一体全体誰がアタシを保護するように言ったんだ?
この一時間ずっとそれを考えているが、アタシの頭が脆弱なせいか答えは出なかった。
仕方なく足を動かして気を紛らわす。時間を潰せる物が一つもないので、この状況にもだいぶ飽きた。構わず逃げ出してやろうかとも考えたけど、アタシのことを心配する人が誰か気になったのでその人物を待つことにした。
この暇な待ち時間にいろいろ考えることが出来たのでだいぶ心が落ち着いたのは嬉しい誤算だった。
サンダーさんの言ったことは理に適っている。彼の言葉を思い出して整理すればする程、アタシはあのまま彼らと一緒にいてはいけなかったんだと思わされた。
青の吸血鬼を追っていたハイネグリフは瀕死になり、アタシが赤の王に会いに行ったためにレオはブランに捕まって足を折られた。青の吸血鬼のアタシの近くにいたら、これから先も悪いことばかり起きるかもしれない。周りにいる人たちも巻き込まれて不幸になるだろう。
そんなのは嫌だ。レオたちには幸せでいてほしい。ハイネグリフが目を覚ましてからの彼らを見ていたら誰だってそう思うだろう。あの幸せを壊したくないと。だから、一人でいる方がいいんだと自分を納得させ、何とか一人でアイゼンバーグのところへたどり着く決意を固めたところだった。
「あ、いたいた」
決意が揺らぐ音がした。
アタシはビックリして振り返った。
「ホノカ見ぃーっけ」
服の裾で口元を隠して笑う、長めの黒髪を一つにまとめた男の人が立っていた。目が大きく中性的な顔が可愛らしくて、華奢な体格をだぼっとした服で隠しているお兄さんだ。
レオだ。
「レ、レオ……なんで?」
アタシは何度も瞬き、ぽかんと口を開けて立ち上がった。
「ホノカ間抜け顔。金魚みたいになってるよ」
レオはいつもの調子でふふっと笑った。
軽くけなされたことは置いておいて、ホントになんでレオがここにいるんだ? アタシは黄の吸血鬼たちから離れたはずなのに。彼らにはアタシを追いかけて来る理由なんてないはずなのに。
「あ、警察のみなさん。オレが電話してこの子を保護するように言った者です。保護してくださってありがとうございました。さ、ホノカ。行くよ」
レオは警察官たちに軽く挨拶をしてからアタシの手を取った。そうしてそのままぐいぐい引っ張って交番を出た。アタシはホントに訳が分からなくて、されるがままレオについていった。
「……何、その顔。ホノカ、オレが来たこと嬉しくないの?」
しばらく歩いてからレオはむすっとした顔で振り返った。
「嬉しい、けど……」
「だったら嬉しい顔してよね」
したいのは山々だが、それよりも疑問が先に立つ。
「ねぇ、何でレオがここにいるの? アタシ……レオには何も言わずに出て来たのに」
するとレオははぁ、と大げさなため息を吐いた。
「せっかく拾って飼い主が見つかるまで飼うことにした迷い犬に逃げられたら追いかけるに決まってるでしょ」
「ま、迷い犬」
アタシは犬……。レオは前もそんなことを言っていたが、全く嬉しくない。むしろちょっとへこむ。
「そ。本当のご主人サマに返すまでオレが育てるって決めたの。だから青の王サマに会うとこまでは協力してあげる」
レオはにこっと笑ったが、アタシのもやもやは晴れなかった。だって、サンダーさんの言ったことがしっくりきたところだったから。
「でも、アタシといたら大変なことになるよ? レオ、ブランたちに捕まっちゃったでしょ? そういうことがまた起きるかもしれないんだよ? そんなことが起きたら、アタシは自分で自分を許せなくなるよ……」
「いーの」
「うっ」
ビックリした。レオがべしっとデコピンしてきた。痛くはなかったけど思ったより衝撃があって、アタシは額を押さえた。たんこぶはできていなさそうだ。
「オレがしたいんだからいーの。そういうのは覚悟の上だ。というか、半日前までオレたちに助けてもらう気満々だったのに急にそんなこと考えるなんてさー。おかしいよね?」
じと、とした金色の目が至近距離でアタシの目を覗き込む。
アタシは唇を引き結んだ。するとレオは近づけた顔を離し、口元を袖で隠しながら言った。
「ま、誰の所為でこうなったかくらい検討つくんだけど。サンダーだよね?」
思わず「う」と声を漏らしてしまい、「やっぱり」とレオは呆れた声を出した。一瞬でバレてしまった。
「アイツずるい言い方するからね。ただのうるさいヤツと見せかけて、どう言えば相手を手玉に取れるか常に考えてる腹黒だから。ホノカは分かりやすいお人よしだから、単純にこれ以上仲間たちを危険な目に遭わせないでーとか言っとけば思い通りになる」
「ぁぅ」
「やっぱり」
図星すぎてまた声を漏らしてしまった。アタシってそんなにも分かりやすいの? 会って間もない人たちにここまで見透かされるなんて思ってもみなかった。
「サンダーの言ったことも一理あるかもしれないけど、ちょっとくらい甘えなよ。こういう好意は素直に受け取っとかないと、逆に失礼なんだからね。助けを断って帰らせて、ご主人サマやサンダーを説得までしてわざわざ追いかけてきたオレに恥かかせる気?」
「……レオ、最後のずるい」
「ふふ。サンダーの真似してみた。効果覿面でしょ?」
悪戯っぽく笑うレオ。
アタシは言い返せなかった。これまた図星だからだ。そういう風に言われると、アタシは確かにと思って納得してしまう。




