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B×B×Vampire(ビービーヴァンパイア)  作者: あまがみ
第2章 B×B×Vampire

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Hello×Yellow×Vampire04

 昏睡状態だったハイネグリフが目を覚ました。


 フェリックスさんが二人を呼び戻すとサンダーさんはすぐにハイネグリフの傍に寄り、フェリックスさんとレオもベッドを囲んで彼の回帰を祝った。アタシは何だかちょっと居心地が悪くなって、断って部屋を出てきて庭にいる。


 復活したハイネグリフに身体の調子を聞いたフェリックスさん。「思ったより顔色いーじゃん」なんてからかう口調で声をかけたレオに、「ハイ……」と絞り出すように名を呼んだサンダーさん。


 アタシは何も、彼にかける言葉を思いつかなかった。彼を窮地に立たせたのが自分のご主人様であるアイゼンバーグであることが後ろめたかった。でも謝るのはおかしいと思った。良かった、なんていう言葉もアタシがかけるようなものじゃない。


 それから、もう一つ。彼らの雰囲気がまるで家族のそれで、アタシのような部外者が入って良いものではないことに気づいたからというのも部屋を出た理由だった。


 吸血鬼は冷たいヤツらだ。平気で他人を殺そうとするし、人間を家畜としか思っていない。けど、こうした種類別の絆は人間かそれ以上に強い。黄の吸血鬼たちの男兄弟とそのお父さんみたいな関係性も、赤の吸血鬼たちの夫とその妻と愛人多数みたいな関係性も、人のそれよりも強く感じられる。視線の交わり方、声の調子、時折見られる剥き出しの感情一つ一つに確かな信頼と絆がある。


 羨ましかった。


 アタシは家族をなくした。吸血鬼もどきになってしまって、もう人間である家族の元へは帰れなくなってしまった。人間と吸血鬼がまるで違う生き物だということが分かってしまったからだ。吸血鬼と人間は一緒にいられない。吸血鬼がほんのちょっと力を込めるだけで人間は容易く傷ついてしまう。アタシは他人を傷つけたくないし、傷ついた家族を見るのも嫌だ。だから、アタシは家族の元へは戻れない。


 寂しい。アタシは一人になってしまった。レオたちはアタシをここに置いてくれているけれど、疎外感がある。何をしても満たされない穴のようなものが胸の中にある。結局、アタシはこの吸血鬼たちとは違っていて、きっと彼らの輪の中に完全に入ることは出来ないのだろう。アタシは黄の吸血鬼ではない。


 この寂しさは、アタシがアイゼンバーグと契約してちゃんとした吸血鬼になったら解消されるのだろうか。アタシと彼は黄の吸血鬼や赤の吸血鬼たちのようになれるのだろうか。分からない。不安が募る。


「ホノカ」


 膝を抱えて座っていると後ろから声をかけられた。この声はサンダーさんだ。


 振り向くとやっぱりサンダーさんがいた。何だろう。アタシに何の用があるのだろう。


 アタシは立ち上がってお尻を払った。


「……もういいんですか?」


 いわずもがな、ハイネグリフのことだ。


 サンダーさんはにっこりと笑った。


「えぇ、えぇ。ハイは今、マスターに状況を説明してもらっています。眠っていた時間が長かったせいか身体はまだまだ動きづらいみたいですが、明日には全回復するでしょう」


「そうですか。良かった」


 ほっとした。ハイネグリフはアタシを殺そうとしていた吸血鬼だけど、元気になって良かったと素直に思う。


 ふと視線を上げると、サンダーさんがじっとアタシを見ていた。金色の目を細めている。口元は笑っているのに、笑っているようには見えない表情だった。


「ホノカ……」


「はい……」


 静かに名前を呼ばれて胸がぎゅっとなった。なんだろう、嫌な感じがする。


「ホノカには感謝しています。ハイを救ってくれてありがとう」


 アタシは「いえ」とだけ答えたが、サンダーさんの「ですが」という言葉に消されてしまった。


「これで、これで本当にホノカが青の吸血鬼だということが分かってしまいました。青の吸血鬼は吸血鬼を狂わせ、執拗に求められる危険な存在です。ホノカはこれから、様々な吸血鬼に狙われることになるでしょう。彼の王、アイゼンバーグのように」


 ドクン、と心臓が跳ねた。


 吸血鬼に狙われる……? アイゼンバーグのように? あの日のように?


 あの日経験したことが鮮明によみがえってきた。


 血なまぐさい戦いの痛々しい音。欲望のまま本性を剥き出しにして獣のような顔をする吸血鬼たち。その中でも最も残酷で冷酷な、あの、黒い目の吸血鬼……。


 ぞっと背中に冷たいものが走り、アタシは思わず腕を抱えた。


 アイゼンバーグのようにアタシは彼らに追いかけられることになるの? 一生? ずっとあんなに怖い思いをしなくちゃいけないの? そんなの嫌だ。折角危険な追いかけっこから逃れられて、吸血鬼もどきにはなってしまったけれどやっとご主人様が誰かも分かって、あとはゆっくり老後でも楽しむように過ごせると思ったのに。それは叶わないの? むしろ危険なの? アイゼンバーグがたくさんの吸血鬼たちに追いかけられているように、アタシも追いかけられなきゃいけないの? 毎日命の危険と隣り合わせで生活しなきゃいけないなんてごめんだ。


 そうして絶望していたからか、アタシは次にサンダーさんが言った言葉をすぐに理解出来なかった。


「ですから、ですからホノカ。私たちの前から消えてください」


 消える?


「ホノカの周りでは吸血鬼たちの争いが何度も何度も起こり続けるでしょう。今回ハイが巻き込まれた様に、瀕死の状態になる、またまた灰になってしまう吸血鬼だっているでしょう。私はもう、もう、目の前で傷ついた仲間を見るのが嫌なのです。ハイのようにマスターやレオが傷つくのが嫌なのです。ですから、ですからホノカ。私たちの前から消えてください」


 サンダーさんの言っていることは、分かる。理解もできる。だからと言って冷静に判断出来るわけではなく、すぐに返事が出来なかった。


 ハイネグリフは青の王であるアイゼンバーグを追いかけて瀕死になってしまった。アタシが青の吸血鬼だって他の吸血鬼たちにバレてしまえば、アタシの周りでもそういうことが起こるということになる。自分の大切なものを守りたいなら、アタシを排除してしまった方が良い。理に適った話だ。


 でも、そうしたらアタシは一人になってしまう。


 一人は嫌だ。第一、この吸血鬼たちから離れたら、アタシはどうすれば良いのか分からない。まだ吸血鬼もどきになって日が浅くて何も分からないから教えてもらわないと危険だ。教えてもらうまでこの身体にタイムリミットがあるなんて知らなかった。どんなにぶつけたりしても怪我一つしなかった身体がバラの棘一つで傷つくなんて知らなかった。そういう危険を教えてもらわないと、最悪死にかねない。そんなの嫌だ。


 それに、一人は寂しい。アタシは家族の元には帰れない。アタシが親しく出来るのは吸血鬼だけだ。他の種類の吸血鬼たちとの間には大きな違いがあることは分かる。どうやったって彼らのように家族にはなれないと思う。でも、こうして話をしたり一緒に過ごしたり出来るだけで満足だ。さっきはこれでも寂しいなんて思ったけど、でも、もう満足だから。これ以上のワガママは言わないから、奪わないでほしい。


「そん、なの……」


 思ったよりか細い声が出て自分でも驚いた。


「アタシ、一人になんて「ホノカ」


 サンダーさんの大きな声がアタシの蚊の鳴くような声をかき消した。


「私の、私のお願いを聞いてください。お願いします。私は、仲間を傷つけたくないだけなんです。ホノカもそうでしょう? レオやマスターが傷つく姿を見たくないでしょう?」


 頭の中に足を折られて動けなくなったレオの姿と、ベッドに横たわって目を閉じていたハイネグリフの姿が浮かんで重なった。それから、真っ赤な庭に倒れていた、たくさんの少女吸血鬼たちも……。


 途端、目が熱くなって涙が出そうになった。


 そうだよ。サンダーさんの言う通り、アタシはもう二度とレオたちが傷つく姿を見たくない。アタシの所為で誰かが傷つく姿を見たくない。でも、でも……一人にだってなりたくない。それはただのワガママだってことは分かっているけど、でも……。


「……つい先程白の王から連絡があって、青の王が今どこにいるのか教えてもらいました。ここに所在が書いてあります」


 サンダーさんはアタシの右手を取って紙を握らせた。腕に巻き付けてある十字架のネックレスが揺れる。


「武運を祈ります。ホノカなら大丈夫ですよ、ホノカ。貴方は赤の王から二度も逃げ出すのに成功し、そのうち一度はレオも助け出しているのですから」


 アタシは声に出せなかったけれど、サンダーさんはアタシの目を覗いてアタシが何を考えているか理解したみたいだった。


 アタシはぎゅっと手を握った。くしゃ、と紙が音を立てた。


「さぁ、さぁ行きなさい。レオやマスターに会えば別れが辛くなるでしょう。まだまだ彼らが気づいていないうちに行きなさい」


 サンダーさんとだって、別れるのは悲しいよ。


 思ってもいろいろな言葉が喉で詰まって口からは出てこなくて、アタシは唇を噛むことしかできなかった。


「ホノカ。行ってください」


 アタシは涙が出そうになるのを堪えて踵を返し、地面を蹴った。


 あっという間に庭を抜けて鉄格子の門から敷地外に出たアタシは、とにかく走った。


 今、とにかくアタシがしなきゃいけないことは、一刻も早く彼らから離れることだった。


 考えがまとまらない。どうすればいいのか分からない。どこへ行けばいいのか分からない。頭の中と心の中がぐちゃぐちゃだった。


 何度も振り返りそうになりながら、何度も足を止めそうになりながら、それでもアタシは灯りの消え始めた夜の街を疾走した。張り裂けそうな胸を押さえて、これでいいんだ、と自分に言い聞かせて。

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