Stray×Girl×Vampire03
「……ホノカ君。君の話は真実かな?」
フェリックスさんが組んだ指で口元を隠し、肘を足につけた前のめりの姿勢で金色の瞳を向けてくる。
「ホントです。嘘じゃありません。アタシは五人の吸血鬼の血を飲みました」
嘘じゃない。嘘を言うわけがない。嘘を言ってもアタシにメリットはないし、そもそもこんな嘘を思いつくアタシではない。アタシは必死に目で訴えた。どうか信じてほしい!
「青の王……青い目の吸血鬼の名を言えるかな?」
「アイゼンバーグです」
「……よかろう」
フェリックスさんが身体をソファの背に預け、長い足を組んだ。それまで柔和に微笑んでいた表情が硬くなっている。右のサンダーさんに視線を向けると、サンダーさんは顎に手を当てて何かを考えているようだった。左のレオも椅子の上で胡坐をかいて顎に手を当て、肘を足について視線を下に向けている。
緊張感の漂う空気になってしまった。
「あの、アタシ、変なこと言いました?」
不安になって聞いてみると、フェリックスさんはじっと金の目を向けて無言の肯定をした。
「えぇ、えぇ。今までに複数の種類の吸血鬼の血を飲んだ事例は聞いたことがありません。さらにホノカの話が嘘でないならば、そこにはあの青の王も含まれているということになります。これは。これは奇跡です。有り得ないことが起こっています」
「ホノカ君がこうして存在しているのだから有り得たのだろう」
「えぇ、えぇ、そうですとも、マスター。しかしあの青の王ですよ? にわかには信じられません」
「それは私もだ」
それきり二人は黙ってしまった。アタシは話についていけず、頭の中にたくさんのクエスチョンマークを浮かべながらレオに助けを求めた。
「レオ、どういうこと?」
ソファを移動してレオの近くまで来ると、レオは目を上げて唸った。
「んー。オレもそんなに長く生きてないから詳しいことはあまり知らないけど、オレの知ってることを話してあげる。まず、王サマのことから。吸血鬼には純系吸血鬼がいて、その吸血鬼たちは王サマって呼ばれているんだよ。目の色にちなんだ王の名を持っている」
血の濃い吸血鬼が王様というのは聞いたことがある。目の色を王様の名前にしているということはつまり、青の王はアイゼンバーグということか? フェリックスさんはさっき黄の王と言っていた。目が金……黄色で血の濃い吸血鬼なんだ。なんだか途端に彫刻のように微動だにしない男前が怖くなってきた。だって吸血鬼の中の吸血鬼が目の前にいるということになるんだから。
「吸血鬼は王サマをトップにしてピラミッド式に集団をつくるんだ。その集団が一つの種類になるわけ。例えばオレたちみたいな、ご主人サマを王サマとした、黄の王の種、みたいな。同じ種類なら目の色が同じになるから分かりやすい」
なるほど、とアタシは頷いた。あれ、それなら……と少し考えようとしたがレオが話を続けようとしたので考えを頭の隅に追いやった。
「それで、王サマたちはそれぞれ拠点を持っていてね。王サマはほとんど拠点を動かないから、別種の吸血鬼が集まることはあまりないんだ。それに王サマ以外の吸血鬼たちは自分のご主人サマから離れられない。だから、一人の人間に違う種類の吸血鬼たちが血を与えるなんて今までなかったんだよ。いや、あったのかもしれないけどオレたちは知らない」
レオはフェリックスさんとサンダーさんを見た。王様だというフェリックスさんはたぶん、レオより物知りだ。そのフェリックスさんが知らないと言うのだから今までホントに無かったのかもしれない。
「それから、青の王ってのがね、厄介なんだよ」
「厄介?」
思わず聞き返すとレオはこくりと頷いた。
アイゼンバーグが厄介とはどういうことだ? 彼の性格か? 確かに厄介そうだったが。
「青の王には一人も眷族がいないんだ。眷族ってのはご主人サマにとってのサンダーやオレみたいなシモベのことね。昼間動けないご主人サマを守ったり、ま、いろいろするシモベの吸血鬼。王サマはこのシモベの眷族を積極的に作るんだ。多ければ多いほど良いから。一人もいないなんて、有り得ないんだよ。自分の首を絞めている。でも、青の王には眷族が一人もいない。いや、できないんだ」
「できない?」
「そ。吸血鬼って誰にでもなれるわけじゃないんだ。吸血鬼の血を飲んで、その血が適合すればなれる。でも適合しなかったら吸血鬼の持つ毒みたいなものが全身に回って身体を焼き尽くして灰になるんだよ。約八割は灰になるらしいよ」
「えっそんなに確率低いの!?」
アタシ、九死に一生を得た状態なの!? とはいえ吸血鬼にはなりたくなかったから複雑な気分だった。
「だから吸血鬼って選ばれた存在なんだよね。オレは選ばれた」
にこり、とレオは満足そうに微笑んだ。だから吸血鬼ってみんな自信たっぷりで上から目線なのかな、と思ったけれど黙っておくことにした。
「脱線しちゃった。ま、二割はこうして吸血鬼になるわけ。でも、青の王は血を分けた相手全員死んじゃってんの。本当に一人も眷族にならなかったらしい。オレはよく知らないけど、ご主人サマが言ってたから間違いない」
レオは再びフェリックスさんを見た。今度はフェリックスさんもレオを見ていた。レオは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「ご主人サマとサンダーが有り得ないって言ったのはそういうこと。ホノカが複数の種類の吸血鬼の血を飲んだことも、血を飲んだ人間全てを死なせた青の王の血を飲んでこうしていられることもあり得ないって言ったんだよ」
レオの話でようやく分かった。二人がこうして考え込んでいるのも無理はない。イレギュラーなことがいくつも起こっているんだから。アタシなら頭を抱えているところである。けれどもアタシは吸血鬼の常識なんて知らないのでそんなに大変なことだとは思っていなかった。吸血鬼になってしまったことはホントに最悪なんだけど、そのときのことを思い出すと怒りと悲しみが同時に湧いてくるので考えないようにする。
「不思議だね。いろんな吸血鬼の血が混じったから、ホノカはこうして化け物にならずにいられるのかな。それとも青の王の血のおかげなのかな。青の王の血はね、オレたち吸血鬼にも不思議な効果をもたらすんだよ」
「不思議な効果?」
ニコニコ笑っているので気になって聞いてみた。レオはすごく面白そうな顔をして答えてくれた。
「パワーアップするんだって。それも青の王の血はすごーく美味しいらしい。ま、血への欲望が強い吸血鬼は青の王の匂いを感じただけで花に群がる蝶みたいに寄っていっちゃうらしいし、青の王の血を飲み過ぎると化け物になるらしいんだけどね」
レオはふふ、と笑った。純粋に興味があるらしい。そんな毒にも薬にもなるものなんて怖くてよっぽどのことがない限り口にしたくない。アタシには分からない感覚だった。まだ吸血鬼になりきれていない半端者だからだろうか。
「ふぅん。吸血鬼が吸血鬼の血を飲むなんて変だね」
どちらかというとそっちの方が気になった。アタシの中の吸血鬼は人の血を飲む化け物だったから、吸血鬼が吸血鬼の血を飲むなんておかしいと思ったのだ。
「普通だよ」
しかし、レオはそれを否定した。
「普通なの?」
アタシは驚いて聞き返した。アタシの中の吸血鬼は人を家畜のように扱って血を吸う化け物なのである。間違っても同族の血は飲まない。
「主従関係にあればね。ご主人サマはオレたちの血を飲んでるよ。ご主人サマは人の血はあまり吸わない。飲んでも月一回くらい。主従関係にない吸血鬼同士の血は受けつけないから、基本的には違う種類の吸血鬼の血は受けつけないんだけど、青の王は例外」
「そうなんだ」
アタシは頭の中でフェリックスさんがレオの首に噛みつこうとしているところを想像した。そしてすぐに消した。なんだかいけない扉を開いてしまうような気がしたからだ。ちょっとドキドキする。
「ホノカ、何か余裕そうだね。堂々としているのはたぶん性格かな」
レオは右掌に顎を乗せ、指先で口元を隠している。
「身体は痛かったりしないの?」
「痛くないよ。何で?」
「興味があったから聞いただけ。……吸血鬼の血を飲んだとき、全身が焼けるように痛くて熱かったでしょ? それが続いているのかなーと思って」
「うん! うん! 痛かった! でも今は全然!」
アタシは首を縦に大きく振った。それはもう、発狂してしまうのではないかというくらいに熱くて痛かった。思い出すだけで眉が寄ったので忘れることにする。まぁ、あんな凄まじい痛み、忘れたくても忘れられないのだが……。それよりも怖い感覚があった。アタシはまたあの感覚を思い出しそうになって、強引に思考の隅へ追いやった。
「オレはご主人サマがすぐに本契約してくれたから全身を焼くような感覚も一瞬だったんだよね。懐かしいな、と思って。あんな思いをしたのは本当に最悪だったけど、でも、オレ吸血鬼になって良かったって思っているんだ。結構楽しいよ。だからホノカも早く自分のご主人サマと契約してちゃんとした吸血鬼になりなよ」
吸血鬼になって良かった、か。アタシはまだ欠片もそう思えない。だって吸血鬼って、あの人たちのことだ。あの、人間を見下して、平気で他人を傷つける人たち。レオやフェリックスさん、サンダーさんはなんだか親しみやすいからそうじゃないのかもしれない。そもそもあまり吸血鬼という感じもしない。でも、時々見せる冷たい瞳や言葉からはあの人たちと同じ空気を感じる。




