Goodbye×My×Vampire01
アタシはマリウスに連れられて、与えられている部屋に戻ってきた。マリウスはアタシをソファに座らせ、自分も隣に座って背を撫でてくれている。
しばらくお互いに無言だったけれど、嫌ではなかった。むしろ今のアタシには彼が何も聞いてこないことが有難かった。そのおかげでアタシの喉は時と共に次第に落ち着いていった。
アタシのひゃっくりが収まり、静寂が訪れた頃。
にゃーんにゃーんにゃーん……
「!!」
「!?」
突然可愛らしい音が部屋に響き、アタシとマリウスはそれぞれ驚いて音の方を凝視した。
この音、アタシのスマートフォンの着信音。久しぶりに聞いた。
今まで電波が届かないようで使えなかったスマートフォンからどうして急に着信が? と思いつつも、久しぶりに着信の主――レオと話がしたかったので、アタシはすぐに電話を取った。
「あっ。やっと繋がった! ご主人サマにワガママ言って良かったぁ。やっほぉホノカ。白のお城はどんな感じ? アイゼンバーグとは仲良くやってる?」
「レオ! 久しぶり! 白の女王様のお城はとても大きいよ! アイゼンバーグとは……ひくっ」
彼とのことを言おうとしたら、落ち着いていたはずの喉が大きく痙攣して言葉を発することが出来なかった。
「え、えっと」
何とか頑張って答えようとしても、声が震えてしまって巧く話せない。
「……何かあった? オレに話せる?」
いつもの様子と違うとでも思ったのか、敏感に察したレオが優しく問いかけてくれた。
アタシは数十秒無言を返した。それでもレオは電話を切らずに待っていてくれたので、言葉を作れるまで気持ちを整理することが出来た。
「アタシ……ダメかも。アイゼンバーグには、アタシは必要ないみたいなの。――彼には他に好きな人がいて、アタシ、よりも、その人の方がっ……良いっみたいっ……なのっ」
喉が跳ねて声が震えてしまい、上手に言えなかった。止まったはずの涙がまた出てきそうになったので、上を向いて涙を飲み込む。
「……アタシ、居場所、無くなっちゃったぁ……。独りぼっちに、なっちゃうよぉ」
今のアタシに、アタシよりも大事な人を思い出し、その存在が身近にいる彼の傍にいられる自信は無い。幸いアタシという青の眷属はご主人様の傍にいなくても生きていけるようなので、彼の元から離れようと思う。
けれどそうすると、アタシは独りぼっちになる。独りぼっちは嫌だ。寂しい。永遠を生きる吸血鬼にとって、独りぼっちは永遠だ。アタシは永遠の独りきりに耐えられそうにない。
涙が飲み込みきれなくなって、スンスンと鼻を啜るようになっていると。
電話の向こうから、酷く優しいレオの声が聞えてきた。
「――だったらさ、オレのとこに来なよ。ホノカは別の吸血鬼だけどさ、ご主人サマもハイネもサンダーも良いって言うよ。もしダメって言われても、オレが一人でホノカを養ってあげるから。いっぱい、遊んで暮らそうよ」
感動で胸が震えた。
「……レオ、かっこいい」
「あはは。返しの言葉がそれぇ? もっと他に無かったの?」
「レオ大好き」
「はいはい。ホノカにロマンチックなことを求めたオレがバカだったよ。めちゃくちゃキマッタって思ったのになー」
「ふふっ」
アタシが噴き出すとレオも笑った。
レオの笑い声を聞いていたらアタシも楽しくなってきて、一緒になって笑った。
あ、アタシ、笑えた。これをずっと繰り返していけば、身体にぽっかり穴が開いたような喪失感も、一生立ち直れないかもしれないと感じた絶望も、乗り越えられるかもしれない。――アタシだって、彼がいない世界で、存在していけるかもしれない。そう思えた。
「レオ」
名前を呼ぶと、レオは笑うのを止めて「何?」と返した。
しっかり言葉の形を作って、口に出す。
「アタシ、そっちに行っても良い?」
「もちろんだよ」
視界がぱっと明るくなったような気がした。心に灯がともる。アタシ、頑張れそうだ。
「すぐに行っても良い?」
「良いよ。でもそこからどうやってこっちまで帰って来るの? 迎えに行こうか?」
そうだ。アタシは今、ロシアの極北にいる。ここまでどうやって来たのかも分からなければ、どうやって帰れば良いのかも分からない。
「一先ず南に向かって走って行ったらつくかな?」
「ホノカってなんでそんなおバカなの?」
「だって、帰り方分からないんだもん。吸血鬼だからずっと南に向かって行くってことが出来るでしょ」
「そうだけどさぁー」
電話の向こうでレオは項垂れているっぽい。ここまでレオに来てもらうのは申し訳ないから、行けるところまで行こうと思ったんだけど、うーん。
どうしようか悩んでいると、肩を叩かれた。




