Snow×White×Vampire01
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身体がガタガタ揺れている。
目を覚ますと、視界に飛び込んで来たのは真っ暗闇。指先が壁のようなものに当たった。それから、間近には人の気配。
「アイゼンバーグ、起きてる?」
「あぁ」
耳元で声がした。
狭いところに入れられている感覚がするので、アタシたちは棺桶の中にいるのだろう。
「今って何時だろう? おひさまは沈んでいるかな?」
「昼間でも直接太陽光に当たらなければ大丈夫だ」
「じゃ、ちょっと様子見てみるね」
よいしょ、と声を出して棺桶の蓋をずらして這い出す。
どうやら車の中みたい。トラックの荷台にいるような様相だけれど、おそらくトラックよりは小さい。自衛隊とかが乗っている車かな? とにかく中は暗いので、アイゼンバーグが出て来ても大丈夫そうだ。
棺桶に向けて大丈夫だと告げると、アイゼンバーグも棺桶から出て来た。
アタシは後部小窓を叩いて運転席に座っているマリウスと、助手席に座っているシエロに話しかける。
「おはよう二人とも。どこへ向かっているの?」
シエロがこちらを振り返り、口元を綻ばせる。そうしてスマートフォンをタップして、画面をこちらに見せてくれた。
『おはようホノカ。僕たちの住処へ向かっているんだよ』
つまり、白の吸血鬼のお城ということだろうか。
フロントガラスから垣間見える外は濃淡のある暗闇。吸血鬼の目だから過ぎ行く木々にこんもり雪が積もっているのが見える。それから、ライトに照らされて白い物がちらついているのも見えた。
「どのくらいで着くの?」
『あと一時間くらいかな』
シエロに教えてもらった内容をアイゼンバーグに告げると、アイゼンバーグは「そうか」と一言だけ言って、閉まっていた荷台の小窓を開けた。
辺り一面雪が積もっていた。樹木はあれど建物らしきものは見えない。
「森の中? 田舎町?」
アイゼンバーグと頭を突き合わせて外を眺める。
「建物は見当たらない。森だろうな。どんどん北上しているようだ」
「北上していくとどうなるの?」
「生き物が住めなくなる。今は冬だから、日照時間がほとんど無くなってくるはずだ」
「てことは吸血鬼にとっては住みやすい?」
「そうかもしれないが、生き物がいなければ食うものがない」
「確かに」
特殊なものを食べて生活しているけれど、吸血鬼だって食べなきゃ生きられない。
車は曲がることなくずっと真っ直ぐ進み続けている。どのくらい北まで行くのだろうか。
「どこまで行くんだろうね」
「大陸の最果てかもしれないな」
アタシとアイゼンバーグは他愛のない話をし続けた。
正確な時間は分からないけれど、シエロの言った『一時間』が経ったらしく、車が停まった。フロントガラスから外を見ると、車のライトに重厚な門が映し出されていた。運転席のマリウスが誰かと短い言葉を交わすと、ゆっくりと門が開いた。車は再び静かに動き出し、やがてまた停まった。
マリウスとシエロが車を降りる。どうやら到着したらしい。
外から荷台の扉が開けられ、全貌がお目見えした。
「村だ!」
アタシは驚いて声を上げた。
雪の中から生えるように、白い建物がいくつも雑多に建っている。村と表現したのはその数が百に満たないくらいだからだ。
そして、一際大きな施設が一つ横たわっている。目の前にそびえているけれど、あまりに大きいので見上げても天辺が見えず、横にもずっと白い壁が続いている。この大きさは村を四つか五つか呑み込んでいるくらいではないだろうか。
「我らが女帝のところへ案内します」
マリウスの方からそのような電子音がして、彼が先を促す。アイゼンバーグがアタシを一瞥し、歩を進めると、アタシも彼の隣にくっついて足を動かした。シエロは後ろからついてくる。
巨大な施設の扉の前でマリウスが電子盤を操作し、扉が開かれた。すると駅の改札のようなものがあって、その両脇では銀の瞳をした二人の吸血鬼が番をしていた。
マリウスの姿を見とめた二人の吸血鬼が敬礼をする。口元には機械製のマスク。おそらくこの二人は雑種だ。王様の眷属の眷属。
アタシが雑種たちに気を取られている間に、マリウスはアイゼンバーグに何かを渡した。気づいたアタシが覗き込むと、アイゼンバーグが一つそれを寄越してくれた。スマートウォッチのようなものだ。
「ここではこれが身分証のようなものになっています。これがなければ入れない場所がたくさんありますので、肌身離さずお持ちください。なお、これがあっても入れないところもありますので、ご了承ください」
マリウスの電子音が説明してくれ、アタシはなるほどと納得してそれを右手首に巻き付けた。
そうしてマリウスは腕につけたスマートウォッチのようなものをかざして改札を通った。アイゼンバーグも手に持ったそれをかざして通っていき、後に続いてアタシもシエロも手首のそれをかざして内部に入った。
マリウスは一つ頷き、先へ進んでいった。
等間隔に太い柱の立った廊下を突き進んでいく。床や壁は光沢のある無機質な素材で、綺麗だけれど冷たい印象がした。
いくつも横道を通り過ぎ、突き当りを右に曲がって真っ直ぐいくと、装飾がされた豪華なお城の扉のようなものが現れた。扉の両脇には銀の目に機械製のマスクをした二人の雑種の門番がいて、アタシたちが到着すると同時に壁に取り付けられたボタンを押した。
すると大きな扉が横にスライドし、仰々しい室内が露わになった。
真っ白。幅の広い階段になった室内はまるで別世界へ誘う階段のよう。そして段差の一つ一つ、左右に広がるように並んだ吸血鬼たちが一斉にこちらへ視線を向けている様が、ひやりとアタシの背を撫でるのだった。
マリウスがその吸血鬼たちの間を進んでいく。アタシはアイゼンバーグに寄り添ってその後に続いた。
並んでいる吸血鬼たちはみんな白い隊服のような装いだった。ほとんどの人が口元に白い機械製のマスクをしていて、男性も女性もいる。そのうちの一人は吸血鬼には珍しく、眼鏡をしていた。数は全部で六人。全員女王様の眷属だろう。
アタシが最も気になったのは、最後の階段に立っていた人だった。明るいピンクベージュの長髪の男の人。気になったのは、この人だけ口ではなく目に機械製のマスクをつけていたからだ。形の良い唇は微笑んでいるが、笑っているというよりそういう表情を作っているといった感じ。
階段を登りきると、その先は広い空間になっていた。
アタシがまず目にしたのは、細い足。半円の段差の上に用意された真っ白な玉座には天井から薄いシルクのカーテンが降りていて、座っている誰かの上半身を巧みに隠している。
首の後ろがピリピリするほどの強い気配で、彼女が白の女王だということは分かる。けれど、どんな姿をしているのかは分からない。ただ細くて小さな足から、子どものような体型をしていることだけは分かった。
「ヴァーシャ・スヴェートラスチ、ツァリーツァ・ベーラヤ。青の王とその眷属をお連れいたしました」
マリウスが恭しく頭を下げる。
「ご苦労様、マリウス」
リンと鈴が鳴るような透明感のある声が響き渡る。
「ガルボイ・カローリ、アイゼンバーグ。お久しぶり。お元気かしら?」
「俺たち呼びつけたのはどうでも良い世間話をしたかったからか? エヴァスジャーナ」
後方の眷属たちから殺気が漂う。自分の王様に口答えすることが許せないのだろうが、吸血鬼は短気だから困る。それにアタシだってアイゼンバーグの眷属だ。殺気立つ彼らを牽制しなければならない。
肩越しに振り返って彼らに視線を向けると、殺気が増した。ホント、吸血鬼って短気!
「相変わらず、可愛らしい物言いですこと」
くすくす白の女王様が笑うと白の眷属たちの殺気も弱まった。
「募る話はまた後で。長旅でお疲れでしょう。部屋を用意していますので、しばらくお休みになられたら?」
「断る。ここへはお前と話をつけに来たんだ。お前と話をしないでどうする」
「そうですか。ではすぐにでもお話を。アイゼンバーグはこちらへ。マリウス、シエロ、黒と青の眷属をご案内差し上げて」
「俺だけのホノカだ。そんな呼び方をするなベズームナヤ・ベーラヤ」
ベズームナヤ・ベーヤラ? ロシア語かな? おそらく、白の女王様の名前はエヴァスジャーナだろうけど。このベズームナヤ・ベーラヤも白の女王様の名前? それともアイゼンバーグが勝手に呼んだだけだろうか?
アタシには彼がどういう意味でそれを口にしたのかは分からなかったが、白の女王様の沈黙が少なくとも『良い』返しではなかったことを示している。一度収まったはずの白の眷属たちの殺気も増している。
この感じ。白の女王様を煽るような言葉だったんだろうな。
「……マリウス、シエロ。青の眷属の方にご案内を」
白の女王様が立ち上がる。後ろに控えていたマリウスとシエロがアタシに近付いて来た。
アイゼンバーグの横顔を見上げると、アイゼンバーグはふと唇に笑みを浮かべた。
「俺がいない間、大人しくしていられるのかバラデマーア」
「それってロシア語?」
「これは俺の故郷の方の言葉だ。日本語で言うなら……お転婆というところか」
「アタシお転婆じゃない」
「俺が目を離した隙にそこの白い奴を引っかけてきただろう」
くい、とアイゼンバーグの顎の先がシエロを指した。まだ言ってる。
「シエロは白の女王様の遣いでアイゼンバーグを探していて、それで眷属のアタシを見つけたからアイゼンバーグの居場所を聞き出そうとした、とかでしょ?」
「向こうの事情なんか考えるな。お前は青の吸血鬼。お前の血は吸血鬼共にとって、喉から手が出るほど欲しい美酒だ。用心しろ」
そういえばそうだった。最近落ち着いているから忘れかけていた。
無言で頷くと、アイゼンバーグはにこりと笑い、アタシの頭を撫でた。そうしてアタシを置いて、白の女王様の方へ近付いていった。
白の女王様が踵を返し、姿を消す。アイゼンバーグはそれを追っていき、彼もまたカーテンの向こう側へ消えてしまったのだった。
アタシは白の吸血鬼たちを振り返る。マリウスやシエロをはじめ、彼らは沈黙していた。どうやらアイゼンバーグが消えた瞬間にアタシを襲うなんてことはないようだ。
「二人がアタシのこと案内してくれるんだよね? よろしくね」
マリウスとシエロに言うと、マリウスは頷き、シエロはパッと笑顔を輝かせたのだった。




