Artist×Blue×Vampire02
アタシは嫉妬深い、面倒な女だろうか。
「アイゼンバーグって、嫉妬深い女は嫌い?」
気になったので、脈絡はないけれど質問してみる。
アイゼンバーグは形の良い眉を上げた。
「自分のことか?」
こくりと頷くとアイゼンバーグは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ホノカの嫉妬なら歓迎してやる。ずっと俺をその瞳で追いかけていろ」
顎を持ち上げられ、アイゼンバーグの顔が近付いてくる。
あ、キスだ。
そう思って目を閉じかけたところで。
にゃーんにゃーんにゃ―ん
スカートのポケットに突っ込んだスマートフォンが鳴った。
「待って」
彼の唇を右手の指先で制し、反対の手でポケットからスマートフォンを取り出す。
画面に浮かんでいる文字は『レオ』
実はアタシが今持っているスマートフォンは、ブランに無理矢理押し付けられたものだ。ブランはアタシを解放する条件として、ブランが用意したスマートフォンを持つことを提示してきたのである。普通に便利なので受け入れたが、アイゼンバーグは不満気だった。レオとは別れる前に連絡先を交換したため、時々こうして電話する。
アタシは応答ボタンをタップした。
「こんばんはホノカ。今どこにいるの?」
「やっほぉレオ。アタシたちはだいたい福島あたりにいると思うよ」
特に行先もなく日本中を旅しているので、自分がどこにいるのか分からないことが多い。福島というのもなんとなくだ。
「へぇ~。いいなぁ新婚旅行。オレもしたいなぁ」
「新婚旅行って」
結婚したつもりはないけれど。
ちらりとアイゼンバーグに視線を向けると、アイゼンバーグは静かにアタシの右手を揉んで感触を楽しんでいた。
「新婚みたいなもんじゃん。永遠を誓い合ってる二人なんだから」
「まぁそれはそうだけど……あっこら! アイゼンバーグ! 悪戯するな! アタシの指は食べ物じゃない!」
指先に嚙みつかれた! 牙は刺さっていないが、いつブスッと刺さるかも分からなくて気が気じゃない。
「指を食べるな!」
振りほどこうと試みるけれど、緩く掴まれているはずなのに全く彼の手から抜け出せない。馬鹿力め!
「ちょっとぉ。いちゃつかないでよ。それとも見せつけ?」
「ちがーう! こっちは死活問題なの! 血が出ようものならこの人頭おかしくなっちゃうんだから!」
アイゼンバーグは一日に一回、アタシの血を飲むようになった。タイミングはバラバラだ。吸血鬼だからそれ自体に問題はないんだけど、青の吸血鬼の血の効果は多少なり王様のアイゼンバーグにも効いてしまうのがいけなかった。ちなみにアタシにもアイゼンバーグの血の効果は表れる。そのおかげで彼の血で書かれたサインが分かるから、彼の描いた絵が分かるのだが。
「青の吸血鬼ってタイヘンだね」
何となく察してくれたらしいレオがため息交じりに言い、アイゼンバーグとの攻防を続けながら「そうなの」とアタシが同意すると。
「タイヘンついでと言っちゃなんだけど。マスターがアイゼンバーグと話したいんだって。代わるね」
「えっ」
思ってもみないことを言われて思わず声を出してしまった。これまではたまにアタシとフェリックスさんが話すことはあっても、アイゼンバーグとフェリックスさんが話すことは無かったのに。重要案件だろうか。
「やぁホノカくん。元気そうで何よりだ。我が友アイゼンバーグ。君も素晴らしい日々を過ごしているようだな」
「要件を言え」
どうも、と挨拶をしたアタシとは違って、アイゼンバーグは単刀直入に返事をする。わざわざスマートフォンを耳元にもっていかなくても吸血鬼の耳なら聞こえるところはありがたいが、つまりはアタシと電話の向こうの人物との会話は彼に筒抜けということなのでプライバシーも何もないところは困る。
アタシが悩んでいる間に二人の話は続いていく。
「私が君たちの時間を邪魔しているのは重々承知しているが、聞いてくれるか。君とホノカくんに会いたいと言っている人がいる。どうか会ってはくれないだろうか」
「断る」
「これは交渉だよ青の王」
珍しい。フェリックスさんがアイゼンバーグを青の王と呼ぶなんて。
「俺とホノカをどうするつもりだ?」
アイゼンバーグの表情は挑戦的に笑っているが、声色は冷たい。ちょっとよくない雰囲気だ。
「私がどうこうするのではない。それが気になるのなら、『彼女』に会って聞いてくれ」
彼女? アイゼンバーグやアタシに会いたいと言っている人は女性?
「俺はお前にどうするつもりなのか聞いたんだ。二度言わせる気か?」
「私は争いや諍いを好まない。君が分かってくれるまで、君と話し合いをするつもりだ。その間、ホノカくんの相手は我が友に頼もう」
「ホノカ~。久しぶりにオレといっぱい遊ぼうよ」
「ホノカさんホノカさん! どうもどうも! マスターの指示があれば、すぐにでもそちらに駆け付けますからね! 久々方ぶりに、ドライブでもどうですか!? ハイもホノカさんに会いたがっていますよ!!」
「適当なことを言うな。……マスターとアイゼンバーグが話し合いをしている間、貴方の面倒はしっかり見てあげますからご心配なく」
「アタシ、子どもじゃないからね?」
みんなアタシの扱いが親戚の小さな子みたいなんだけど。まぁ、見た目とは裏腹に何十年、何百年と生きている彼らにとってアタシはお子様同然で、アタシにとっても黄の吸血鬼のみんなは親戚のお兄ちゃんみたいではあるけれども。
「どうだろうかアイゼンバーグ」
「ちっ。二週間後にこっちへ来い。そしたら考えてやる」
何がどう彼の琴線に触れたのか、会う方向性になったらしい。二週間というのは、おそらく彼が絵を描き上げる時間だ。
「よかろう。また二週間後に連絡しよう。それでは、二人とも、日々を楽しんでくれ」
「オレは二週間と言わずに暇になったら連絡するけどね。今日はこれでバイバーイ」
「さようならさようなら! 再びお会いできる日は四人でお・楽・し・みですね!!」
「黙れ下衆。それでは、また」
騒がしく電話が切れた。相変わらず、黄の吸血鬼のみんなは仲良しだ。サンダーさんが加わるとうるさいくらい。ハイネグリフはいつも大変だろうな。
彼らが来るのは二週間後か。みんなに会うのはだいたい四カ月ぶりになる。何だか楽しみになってきた。
「あいつらに会えることが嬉しいのか?」
アタシの表情を読んだアイゼンバーグがぶっきらぼうな声を出す。
「みんな友達だもん。嬉しいに決まってるよ」
アイゼンバーグはふぅんと興味があるのかないのか分からない反応をした。




