エピローグ
アタシたちは二人とも対抗心が強すぎたのだろう。それから大事なことを話さなかったのもまずかった。もっと自分と相手を信じ、素直になれたら良かったのだ。
そしたらこんな状況にはならなかった。
「……来た」
ガシャァァァン!
呟いた瞬間に衝撃が襲って来た。
車が横から攻撃され、宙を飛んでごろごろと転がった。中にいたアタシの視界はぐるぐる目まぐるしく変わり続け、身体もあらゆる方向に引っ張られたが無事だった。吸血鬼でなければ死んでいたことだろう。
アタシたちの乗った車は左側を下にして横転した。壊れたシートベルトを外して手を伸ばし、運転手の安否を確認する。
「マリウス大丈夫?」
銀の瞳の吸血鬼はこくりと頷いた。
アタシはふぅ、と息を吐いて割れたフロントガラスから外へ出ようと前かがみになった。するとマリウスに二の腕を掴まれた。マリウスは真剣な顔つきでふるふると首を振る。アタシを心配してくれているのだろう。
「アタシは大丈夫。ここまでしてくれてありがとね」
笑ってアタシを掴む彼の手をやんわり解くと、マリウスは眉間にしわを寄せながらも引き下がってくれた。
車の外へ出ると眩しいくらいの銀世界だった。足首までが埋まるくらい積もった雪。見渡す限り建物も樹もなく、ただ真白な世界が広がっている。
そんな世界の中心に男が立っていた。
血を頭から被ったような真っ赤な髪に、黒で揃えたシンプルな服装。そして目が合っただけで恐怖を駆り立てる、闇のように深い真っ黒な瞳。
アタシのもう一人の王様。ローザンヌだ。
「なんだつまらん。お前だけかぁ?」
ローザンヌは至極面白そうな顔をして言った。分かっていながら問いかけるなんて、性格の悪いヤツ。
「アタシだけじゃ不満?」
言ってやるとローザンヌは嗤った。
「お前、捨てられたのかよ」
ズキッと胸が痛んだ。
その通りだ。正確には違うけれど、アタシはもう彼には必要ないことは確かだ。
「そう、だね」
ぽつり、呟く。
するとローザンヌは途端に無表情になった。
「つまらない」
心の底から興味を失った声に心臓が呻いた。
あぁ、アタシってこの人にとって何の価値もないんだ。一応眷族なのに。
アタシはアイゼンバーグと一緒にいても、どんなに嫌でも、この人のことが頭から離れなかった。もちろんそれは眷族だからという理由に他ならない。間違ってもアタシはこんな残酷な人なんか好きではない。けれど、吸血鬼だから、彼の眷族だから、アタシは確かにこの人のことを求めていた。それがこうしてアタシに何か微塵も興味がないという態度を取られると悲しかった。親に捨てられたような気分だ。
ローザンヌの興味があるのはアイゼンバーグ。アタシに手を出してきたのは、アタシに執着するアイゼンバーグをいたぶるためだったのだ。アイゼンバーグがいない今、アタシには何の価値もない。
「また彼奴と殺し合えると思ったが、当てが外れたねぇ。まぁ、良い。彼奴がまたあの白い女のところから抜け出すまで暇でも潰すかぁ」
そう独り言を残し、ローザンヌは踵を返した。
ねぇ、今、「また」って言わなかった?
「また抜け出すって、何か知っているの?」
今の口ぶりからすると、誰も教えてくれない彼とあの白い女王の関係をローザンヌが知っているかもしれなかった。
「ローザンヌ!」
呼びかけても止まらない。アタシの声には応える気がないようだ。どこまでもアタシはいないもの扱いか。その辺りの雑草みないなものなのだろう。なめやがって。
アタシは小走りでローザンヌを追いかけた。
理由はもちろん、アイゼンバーグとあの白い女王の関係を知りたかったからだ。アタシにはもう関係ないだろうけれど、気になるものは気になる。
それからたぶん、独りが寂しかったから。興味を持たれていなくても、王様の傍にいるだけで満たされるような気がした。
いいや。全部言い訳かもしれない。だって、彼の気配を近くに感じた瞬間、アタシは確かに嬉しかったのだ。己の王様の登場に吸血鬼としてのアタシは歓喜した。そしてこの王様から離れたくないと思ってしまった。これが王様と眷族の在り方なのだ。そうではなかったアイゼンバーグとアタシの関係はおかしかった。最初から、ずっと。
ローザンヌがふと足を止めて振り返った。相変わらず何の興味も無さそうな表情だった。追い払われるかもしれないと思ったが、ローザンヌは何も言わず、再び歩き出した。それを良いことに、アタシは一定の距離を保ちながらついていくことにした。
アタシの孤独を埋めてくれるのは、もうこの王様しかいないのだろう。




