Pathetic×King×Vampire14
アタシは屈んでデインの両頬に手を当てた。
閉じられた瞳に、生気のない顔。心なしか体温も低い気がする。
「デ、デイン目を開けて……死なないで……」
目の前が霞んできた。
嫌だ。デインが死ぬなんて。絶対に嫌だ。
まだ身体が灰になっていないから助けられるだろうか。アタシの血をあげたら、ハイネグリフみたいに回復してくれるだろうか。だったら今すぐアタシの血をあげないと。
アタシは自分の右手首に噛みつこうと牙を立てた。
「待て」
「生きてるの!?」
今、デインの唇が動いた!
「あ~」
大きなため息とも呻き声ともとれる声を出してデインは目を開けた。紅い瞳にはちゃんと生気が宿っていた。
「吸血鬼だからこれくらいでは死なねぇよ。血が抜けて頭はふらふらするし喉も渇いて仕方ねぇけどな」
「良かったぁ」
「おー心配してくれてありがとうな」
快活な笑みを浮かべて話す、いつも通りの彼に安心した。
それにしたってこの状況はどういうことだ。どうして赤の吸血鬼のデインがこんなにも傷まみれになっているんだ。あまりにもひどくてしかめっ面になってしまう。
他人に傷つけられた切り傷。手首や足首につけられた枷は、皮膚がただれているから銀製だ。ここで初めてデインを見つけた日とは明らかに状況が違う。これは自ら反省してこうなっているのではなく、明らかに誰かに痛めつけられている。見ていられない。
「傷、治そうか?」
「いい。そんなことをしたらホノカの立場がさらに危うくなるぞ。彼奴のことだからホノカや他の女の前では態度に出してねぇだろうが、彼奴はホノカを相当気に入っている。主人の元を一週間以上離れても生きている吸血鬼なんて、特殊すぎるからな」
「そうなの? デインの前では違うの?」
「まぁな。俺をこうした奴は彼奴だしな。久しぶりにあんなに彼奴を怒らせちまった」
やれやれといった様子でため息を零すデイン。一方アタシは驚いて目を瞬いていた。
「ブランが、やったの?」
「そうだ。別に珍しいことじゃない。今回みたいに俺が女に近付きすぎたら必ず怒る。昔はよく怒られた」
なんてことだ。アタシは口元を手で覆った。あんなにも優しいブランがこんなことをするなんて。
いや、アタシは知っていたはずだ。女の子はすぐ壊れてしまうガラスのように丁寧に扱ってくれるけれど、男に対しては残酷なブランの姿を。アタシはブランがレオを痛めつけるところを見ているし、黄の吸血鬼の胸に杭を突き刺したのも彼なのだから。
男と女を分けられる完璧な理性があるのに、こうして誰かを痛めつけることに何の躊躇いもないなんて狂っている。誰に対しても一様に残酷な面を見せるあの人とはまた違った恐ろしさだ。
「ブランはデインのお父さんでしょ? お父さんって何より子どもを大事にするんじゃないの?」
デインの綺麗な顔が歪んだ。
「彼奴を親父と思ったことは一度もねぇ」
「ブランの子であることは事実なの?」
しまった、というような顔をして視線を逸らすデイン。紅い瞳が揺れている。
しばらくしてからデインは観念したように「あぁ」とだけ声を落とした。
ホントだった。ホントにデインはサンダーさんの言った通りブランの息子なんだ。
「じゃぁ、お母さんは? もしかしてアンナさん?」
「彼奴は母親でも何でもねぇ」
低く吐き捨ててからデインは一度大きく息を吸った。
「俺の母さんは百五十年くらい前にあの女に殺された」
「殺された!?」
アンナさんに!?
デインは苦しみに満ちた表情で続けた。
「俺の母さんと彼奴は親友だった。それなのに彼奴は俺の母さんを殺したんだ。奴の愛を自分に向けさせるために。彼奴にとって、奴の子を産んで特別な女になった母さんは邪魔だったんだろう。それだけじゃねぇ。彼奴は俺の母さんを殺しただけじゃ足りず、その時いた眷族全員を皆殺しにしてるんだ。奴の愛を独り占めするために。彼奴は悪魔のような悍ましい女なんだよ」
そんな。ブランに愛されるために親友を殺すだなんて。ブランを独り占めするために仲間を皆殺しにするなんて。有り得ない。あのアンナさんが。この、ブランの創り上げた完璧なお城で。
「ホントなの? それを見たの?」
「嘘じゃない。俺が駆け付けたときにはもう、母さんも眷族もみんな死んで、辺り一面真っ白な灰だけが残っていた。彼奴は白い灰が積もる真ん中で、俺の母さんが着ていた服を抱いて泣いていた。俺が問いかけると、彼奴は確かにその口で俺の母さんを含めた全員を殺したと言ったんだ」
デインが強く歯を食いしばった音がした。
あの子のことを思い出す。
アタシの所為で灰になってしまった男の子。
アンナさんは自分であの子を殺しておきながら涙を流していた。悍ましく美しい光景に頭が混乱したことを覚えている。アンナさんはあの時と同じように、デインのお母さんを自ら殺しておきながら慈しむように亡骸を抱いて泣いていたのだろうか。
デインがブランのことを話す時よりアンナさんのことを話す時の方が嫌悪に満ちた顔をする理由が分かってしまった。なんて残酷で悲しいんだろう。
「ここにはブランが作ったルールがたくさんあるのに。ブランはそんなことが出来ないようにしていたはずなのに、そんな悲しいことが起こってしまったの?」
「その時はまだなかったんだ。今あるこの城のルールや体勢はその都度追加されてきたもんだ。ルールの数だけ犠牲がある」
「そう、だったんだ」
最初からこのお城は完璧じゃなかったんだ。たぶん今もこの城は不完全なんだろう。たった一つの異分子で崩壊しかねない砂の城なのだ。だからアンナさんは異分子に成り得るアタシのことを警戒していたのだろうか。かつてブランの子を産んで異分子になったデインのお母さんのような存在が再びやってきたと思ったのかもしれない。場合によってはアタシを殺さなければならないとさえ思っているのかもしれない。
悲しい目に合ってしまった女の子たちを助けるブランは立派だ。このお城を創り上げてみんなが納得して幸せに暮らせるようにしたこともすごいと思う。でも、そんなに悲しいことが起こるのなら、こんなところ無くても良かったのに。
「いっそのこと、こんなお城なんて創らなければ良かったのに。ブランがたった一人だけを愛せる人だったら良かったのに」
思わず呟くとデインは何かに気づいたような顔をした後、自嘲気味に笑った。
「あぁ、そうか。それが俺と……俺たちの決定的な違い、か。何だ、そうかよ。やっぱ俺は赤の吸血鬼なんだなぁ」




