Pathetic×King×Vampire08
*
「もう来ないかと思ってた」
セラがアタシの顔を見るなり優しく笑ってそう言うものだから、胸が詰まってすぐに返事が出来なかった。
別れ方が良くなかった所為で地下二階に来るのが少し怖かった。あれからアタシはブランのことを知り、女の子たちのことを知り、この城の在り方を知り、セラが言っていたことを少し認められるようになった。とはいえ全てを肯定しているわけではないので、また嫌な空気になってしまうかもしれないと思うとセラたちと顔を合わせづらかったのだ。
「……来て、良かった?」
やっと絞り出して、探りながら問いかける。セラは「もちろん」と手を差し出してくれた。様子を伺いながら遠慮がちに手を出すと、セラはアタシの手を掴んで握りしめた。
「歓迎するよほのか」
温かい。熱いくらいだ。人間の体温ってこんなにも熱かったんだ。
「ありがとう、セラ」
何だか泣きそうになって呟く。するとセラはもう片方の手でアタシの甲を覆って言った。
「ねぇほのか。私たち友達になれないかな?」
思いがけない申し出に「え」という言葉が口の中で弾けた。アタシは驚いた顔をしているだろう。セラはアタシの反応を見て眉を下げて残念そうな顔をした。
「ダメか」
「ううん! ダメじゃない!」
慌てて否定する。
「なろうよ友達!」
誤解されたまま話が終わってほしくなかったから早口で付け加えた。するとセラは花が咲いたように笑った。
「やった。私たち、友達だ。嬉しい」
アタシも嬉しくなって自然と口角が緩んだ。
良かった。あのまま別れることにならなくて。良かった。セラと友達になれて。
今日は吸血鬼でも人間の友達ができるということを発見した記念すべき日だ。
それからアタシはデインに言われた通り、共同の部屋を重点的に地下二階を調べ尽くした。初めて地下二階を探した時よりも時間をかけて探したけれど、結局鍵は見つからなかった。ただ別の収穫があった。前回同様もしくはそれ以上の数の女の子たちが協力してくれたのだ。
嬉しかった。大人数の女の子たちと騒ぎながら同じことをするのは気持ちが昂る。別れ際に地上への階段が続いている扉の前で女の子たちの何人かとハグをして、セラとは再会を誓いあった。
アンナさんはいつも通り介入してこなかった。セラたちとアタシの関係についても聞かず、何をしていたのかも聞かず、ただアタシの様子から鍵が見つかっていないことを悟って「鍵が見つかるといいわね」と微笑みかけてくる。アタシは「そうですね」と適当に返事をしながら階段を登っていった。
「鍵は見つかったか?」
ちょうど登りきったところで声が降って来た。
見上げてみると、一体全体どこから現れたのか、デインが空から降ってきているところだった。コウモリになって頭上を飛んでいたのだろうか。
「見つからなかった」
湧いた疑問には触れず、首を振るとデインは残念そうな顔をした。
「俺はとりあえず二階を調べていたけどまだ途中だ。一緒に探そう」
「うん」
「待ちなさい」
背中を向けたデインについて行こうとしたらアンナさんが目の前に滑り出て来た。
「貴方、この子と一緒に何をしているの?」
アンナさんが綺麗な顔を歪めてデインを見つめている。
まずい。やっぱり赤の吸血鬼であるデインがアタシに協力すると立場を悪くするんだ。アタシから弁明して何とか許してもらおう。
「アン「うるせぇな。お前には関係ねぇだろ」
アタシの声にデインの声が被った。
驚いた。デインの声が怒気をはらんでいた。眉間にもしわが寄っていて、心なしか怒っているように見える。
アタシはおかしいな、などと思ってしまった。何せデインは赤の吸血鬼だ。アタシに優しいように、女性であるアンナさんにも優しいはずなのに。
「その子は貴方が不用意に関わって良いような子じゃないわ」
「俺に指図するな」
「私は貴方のことを想って言っているのよ」
「やめろ!」
デインの怒号が響き渡った。ビックリして思わず肩が震えてしまった。デインが大きな声を出すところを初めて見た。
「お前が言うな。お前が俺のことを想っているなんて嘘だ。今度また同じような嘘を吐いたら八つ裂きにしてやるからな」
嫌悪感を露わにした形相で低く吐き捨て、デインはアタシの手首を掴んで強引に引っ張った。
「行くぞ、ホノカ」
「……」
アタシは訳が分からないままデインに引っ張られて廊下を歩いた。振り返って確認すると、アンナさんはどこか寂しそうだった。一方、デインは真っ直ぐ前を向いたまま、アタシの手首を強く握っている。あまりの力の強さに驚いた。これは振り解こうにも振り解けない。
デインはある部屋の前までくるとアタシの手を放してくれ、扉をノックして中に入っていった。アタシも鍵捜索に集中することにする。
それからアタシたちは一つ一つ女吸血鬼たちの私室を探していった。不思議なことに、女吸血鬼たちはアタシとデインが尋ねると蜘蛛の子を散らしたようにどの子もそそくさと部屋から離れていってしまった。アタシだけのときはアタシが何をしているのか監視している子もいたのに、デインがいると誰もいない。それどころか女の子たちは何故かデインを見ると顔を逸らし、逃げるように離れていってしまうのだった。
デインはそんなことを気にする素振りもなく、またアンナさんのこともなかったかのようにアタシと一緒に鍵を捜索してくれた。しかしアタシは気になって仕方がなく、捜索に身が入らなかった。このまま気もそぞろに探し続けるわけにもいかないので、思い切って疑問に思っていることを聞いてみることにした。
「ねぇデイン。デインってみんなに嫌われているの? なんだかみんながデインを避けているような気がするんだけど」
「あぁ。まぁ、彼奴が俺のことを嫌ってるからだろうな。彼奴が俺に近付かないように言ってるんだろう」
彼奴というのはたぶんブランのことだ。
ブランは男嫌いだということは知っている。眷族であるはずのデインのことも嫌いだなんて徹底しているな。そもそも男嫌いなら眷族になんてしなければ良かったのに。
「ブランがデインのことを嫌いでも強要することないのに」
「王の命は絶対だ。そこに眷族の意思は反映されねぇ。逆らいたくても逆らえねぇもんなんだよ」
「ふぅん」
今のところアタシはアイゼンバーグに操られている自覚はない。もちろんアイツにもだ。もし二人がアタシに何かを命令したら、アタシは逆らえないのだろうか。そもそもホントに誰もが逆らえないものなのだろうか。
「吸血鬼歴が長いと逆らえるようになるとかはないの? 例えば赤の吸血鬼ならアンナさんとか」
「ねぇな。眷族は何年経っても眷族だ。逆らうどころか王に成り代わることはできねぇし、王の元を離れることもできねぇ。王が死ねば王の血が供給されなくなって眷族も死ぬ。一蓮托生なんだよ。だからこそ王は眷族を慈しみ、己の身を最も大事にする。自分が死んだら全滅だからな。眷族もそれを分かっているから、王のことは全力で守る」
そういえばそんなようなことをフェリックスさんも言っていたような気がする。黄の吸血鬼も赤の吸血鬼も、いや、たぶんどの吸血鬼もそうなんだ。
じゃぁ、アタシたちはどうなのだろう。彼の血を飲まなくても生きられるアタシは、彼にとって慈しみの対象なのだろうか。アタシを生かすためにも自分の身を大事にしようと思うのだろうか。あの、自分の血をまき散らせて相手を興奮させていた戦闘狂が。




