Pathetic×King×Vampire05
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「ねぇちょっと。私たちとお喋りしない?」
サンダーさんの元へ行こうと一階を歩いていると声をかけられた。金髪の巻き髪の女吸血鬼だ。見た目年齢はアタシと同じくらい。ちいさな花柄のワンピースを着ていて、後ろには同じく私服を着た四人の女吸血鬼たちがいる。この金髪の彼女は今日の「お姫様」だろう。
こちらから声をかけることはあっても向こうから声をかけられることは今までなかったから咄嗟に返事ができなかった。するとお姫様は不機嫌そうな顔をした。
「何? 地下の子たちとは話せるのに私たちとは話せないの?」
真っ赤な目で睨んでくる。顔が可愛い分凄みが増している。
「いや、そんなことはないけど」
首を振ると女吸血鬼は「あっそう。だったら来て」とアタシに背を向けて歩き始めた。
断る理由も見当たらないし、何よりちょっと女の子とお喋りしたかったのでついて行くことにした。アタシが彼女の後ろにつくと、アタシの後ろから四人の女吸血鬼たちもついてきた。
案内されたのはサロンだった。通常の部屋の二つ分くらいの広さがあって、幾何学模様の淡い赤の壁に絵画がいくつか飾ってある。天井からは大きな金色のシャンデリアが下がっていて、毛が高い絨毯の上には無数のソファや椅子、サイドテーブルが置いてある。
金髪のお姫様は暖炉をコの字型に囲うソファのうち、正面に壇炉を望めるソファを選んだ。右寄りに腰かけ、アタシを振り向いて隣に座るよう促す。アタシが左寄りに座ると、四人の女吸血鬼たちはそれぞれ二人に分かれて右側のソファと左側のソファに座った。
「貴女、私たちにつく気はない?」
「え?」
全員が座るなり、お姫様は謎の提案をしてきた。意味が分からなくて首を傾げているとお姫様は続けた。
「貴女のことは知っているの。貴女が初めてブランボリー様を訪ねて来たとき、私が鳥籠に案内したのよ。覚えてない?」
「あー!」
覚えがあったので大きく頷いた。そういえば日本でブランに捕まったとき、くりくりの金髪の女吸血鬼メイドさんに鳥籠に入るように言われたっけ。そのときの子か。言われなければ気づかなかった。
「思い出したみたいね。あのときは目障りなのが来たと思ったけど、貴女のおかげで前々から目障りだったやつが消えてくれたからほんのちょっとだけ感謝してるわ」
「消えたって?」
「貴女を奪還しに来た黄の吸血鬼たちが屋敷の子を殺したでしょ? そのうちの一人が鬱陶しいやつだったのよ。死んでくれて清々したわ」
口角を上げて言うお姫様に対し、アタシは言葉を失ってしまった。
死んでくれて清々したって、何だ。どうしてそんなことが言えるのだろう。同じ赤の吸血鬼なんだから仲間のはずなのに、どうして死んだことを笑えるのだろう。
「そいつ以外にも何人か……確か合わせて四人くらいだったかな。それくらい死んで、新しい子が増えて、状況が変わってきたから武器を手に入れないといけないのよね。貴女はブランボリー様を殴り飛ばすくらい剛腕だし、戦力になりそうだから仲間にしてあげてもいいわ」
ブランボリー様を殴り飛ばしたことは一生怨むけど。
そうお姫様は付け足したが、アタシはそもそもいまいちこの状況が理解できておらず、会話についていけていなかった。
「仲間って何? さっきから何のことを言っているの?」
「何って、貴女ここで暮らすんでしょ? どこかのグループに入らなきゃいけないから、私のグループに入れてあげるって言ってるんだけど」
「えぇ!?」
何だそれは。いつどこでそういう話になったのか。
「アタシここでは暮らさないよ。鍵が見つかればここから出ていくよ」
「あら、そうなの? てっきりここにずっといるものかと。他のやつらが貴女を引き込む前にと思ったんだけど、それなら別にいいわ」
女の子は興味がなくなったような顔でひらひら手を振った。
どうやら女の子はアタシをグループの一員に勧誘するつもりだったらしい。意味が分からない。しかも何故このタイミングなのだろうか。
「今までずっとアタシを避けていたのに、今頃になってどうして誘ってきたの?」
「すぐに死ぬと思っていたから今まで声をかけなかったのよ。でも貴女全然死ぬ気配がないじゃない? 何だかしぶとく生きていそうだから、他の子たちに捕られる前に声をかけたのよ」
「アタシが死ぬ!? どういうこと!?」
「だって貴女、主人の血をもらっていないでしょ? 眷族は主人の血を飲まないと一週間くらいで灰になって死んでしまうじゃない。黄の吸血鬼は例外で一カ月くらい大丈夫と聞いているけれど、貴女は黒の吸血鬼でしょ? だからすぐに死んじゃうと思って、誰も貴女に構わなかったのよ」
そういえばそうだ。眷族は一週間以上ご主人様の血を摂取していないと灰になって死んでしまうんだった。
「今日でちょうど一週間なのよ。今まで一週間を越えてここにいられた他の種類の眷族はいないそうよ。みんな弱ってやがて灰になる。でも貴女は弱りもしない。不思議ね」
じっと紅い瞳が探るようにアタシを見つめた。
まずい。何か勘ぐられているのではないかという焦りと緊張で気持ち悪くなってきた。話題を逸らさなければ。アタシが特別な吸血鬼だということは気づかれてはいけない。
「ねぇ、さっきの話なんだけど、アタシがずっとここにいると思っていたんだよね? どうして?」
巧く話を逸らせた気がしない。しかしお姫様は「あぁ、それね」と表情を変えてくれたので心の中でほっと息を吐いた。
お姫様は言った。
「ここに来た女の子は帰れなくなるからよ」




