Pathetic×King×Vampire03
気になることはそれだけじゃない。
「どうして一人になったアタシをブランのところへ連れていかなかったの?」
一人でビルの屋上にいたときに会ったのは、アイゼンバーグが眠り、まだバラの守りも施していないときだった。アタシを捕まえてブランのところへ連れていくチャンスだったはずなのに、デインはアタシを捕まえなかった。それどころか忠告まで残してくれている。王様の命令は絶対ではないのか?
「ねぇ、どうして?」
「そんなのホノカが望んでなかったからに決まってるだろ。望んでねぇのに言いふらしたり連れていったりできるわけねぇよ」
唖然とした。
「ブランは王様でしょ? 言わないとまずいんじゃないの?」
さも当たり前のように言ったけれど、当たり前ではないはずだ。まず間違いなくアンナさん含め、ここにいる女吸血鬼たちは王様であるブランの言うことを聞いてアタシのことを逐一報告するだろうし、誘拐だってするだろう。
「無理やりにでも連れていかないといけないんじゃない? こうして罰を受けることになっちゃうでしょ?」
デインは眉を寄せて苦い顔をした。
「女にそんな可哀想なことできるかよ。俺は女の泣き顔なんか見たくねぇ。女の泣き顔を見るくらいなら俺がこうして罰を受けた方が良い」
「アイゼンバーグは殴ったり蹴ったりして強引に連れていこうとしていたのに?」
「青の王は男だろ」
思わずため息が出てしまった。さすがは赤の吸血鬼と言ったところか。女の人への扱いは丁寧なのに、男の人には手荒い。男女で区別するのはいけないことだが、こうもハッキリしているとすがすがしささえ感じてしまう。アタシのことをブランに報告したり誘拐したりしなかった理由は、ただアタシが女だからってだけなんだろうな。
「赤の吸血鬼ってみんなそうなの? 特に男の人」
女の人たちはみんなブラン大好きって顔に書いてあって、ブラン以外はどうでも良いって態度だ。男の人を特別扱いするということもなさそう。アタシは赤の女吸血鬼が赤の男吸血鬼を殺したところを見た。だけどブランやデインは女の人みんなに優しいみたいだ。
「さぁどうだろうな。男は彼奴と俺くらいだから分からねぇ」
「そうなの? 今まで他にいなかったの?」
確かにこのお城でブラン以外の男の赤の吸血鬼は見かけなかった。でも過去に何人かいてもおかしくないと思ったのだが、デインは「いねぇよ」と否定した。
「彼奴は男とは契約しねぇ。眷族たちが男の雑種を従えていたことはあるが、長続きしなかったな。彼奴が嫌がるうえに、眷族たちは結局彼奴しかいらねぇって思うみたいだから」
アタシは首を傾げた。
「じゃぁ、デインは?」
黄の吸血鬼たちはデインのことを眷族だと言っていた。アタシはブランの眷族だという意味で捉えたけれど、もしかしたら雑種なのだろうか。
「……俺は特殊なんだよ」
続きを待ったけれど、デインは眉を寄せて苦しそうな表情をしたまま何も言わなくなってしまった。何がどう特殊なのかは分からないが、話すのが憚られる内容らしいことは分かった。無理に詮索するのも申し訳ないのでこれ以上は聞かないでおこう。デインが話したくなったときに聞こう。
「ところでデイン。アタシね、デインに協力してもらいたいことがあって来たんだけど、協力してくれる?」
また前触れなく話を変えたが、デインは特に訝しむ様子もなく言った。
「あぁ、さっき話してたやつか?」
「どこからどこまで知ってるの?」
「ホノカとサンダーってやつが話していたことは全部聞いてたぜ」
やっぱりアタシとサンダーさんの会話は筒抜けだったらしい。
「だったら話が早い。早く見つけないといけないのに鍵が全然見つからないんだ。隠してありそうな場所の心当たりある?」
「単刀直入だな」
「交渉とか頭使うことは苦手なの。教えてくれないって言うなら、何か交渉材料がないかサンダーさんと考えてくるけど」
アタシが思いつく交渉材料は一つ。アタシ自身しかない。
青の吸血鬼であるアタシの血は吸血鬼ならみんなが欲しがる美味しい薬だ。狂喜乱舞したアイツや興奮状態になったサンダーさんを見て自覚した。アタシの血は交渉材料足り得る。でもサンダーさんからむやみに血を流さないようにと言われている。ここで青の吸血鬼と気づかれたらまずいというのはアタシにだって分かる。アタシの血は交渉材料に成り得るが、してはいけないものなのだ。
「心当たりはあると言えばある。が、ただで教えるのは勿体ねぇから、一つ頼みを聞いてくれりゃ教えるぜ」
「ホント!?」
やった! デイン良い人! どういう類の頼みだろうか。アタシに出来そうなことなら良いけれど、出来そうになかったらサンダーさんに相談しよう。
「頼みって何?」
アタシは少し緊張しながらデインの答えを待った。するとデインはにっこり笑って言った。
「キスして」
思わず数回瞬きした。
「何て?」
「キ ス し て」
「いや、聞こえているけれども」
耳を疑いたくなりはしたが、聞こえなかったわけではない。
どうしてここでキスが出てくるのか。アタシのキスが鍵の隠し場所の情報に匹敵するというのか。
「冗談?」
「なわけねぇだろ」
デインは目を細めた。冗談にしか聞こえないが、彼は本気らしい。
「何でキスな訳? もっと他に価値のあるものとかたくさんあるでしょ?」
「気に入ってる女からもらえるキス以上に価値のあるものなんてあるのか?」
「はぁ」
いやぁもうホント、一周回ってすごいと思う。こうもすらすら口説き文句が出てくるなんて尊敬するしかない。なんかパフォーマンスのお礼にキスくらいいいかもと思えてきた。
「どこにするの? どこでもいい?」
「どこでも、ホノカの好きなところに」
嬉しそうな顔をするデイン。顔に出やすいところは可愛らしい。
口にしてほしいと言われたら断るつもりだったが、どこでも良いと言うのなら構わない。むしろキス一つで有力な情報をもらえるなら安いものだ。
少しだけ身を屈めて露わになっていたおでこにキスをした。顔を離すと満足そうに笑うデインと目が合った。
「お前の王には内緒だな」
ドキッとして、小さく頷いた。アイゼンバーグがこの程度で何か思うことはないだろうが、念のため黙っておくことにする。
「デインの心当たりって?」
気を取り直して質問すると、デインは口を開いた。
「隠し部屋だ」
「隠し部屋なんてあるの?」
「あぁ。彼奴の部屋にな。壁際のカウチソファをどけてみな。分かりにくいけど、壁と床の間にスイッチがあるんだ。隠し部屋に絶対鍵があるとは言えねぇが、探してねぇなら探してみるといいかもな」
どこもかしこもくまなく探したつもりだったが、やはりアタシ一人で鍵を見つけ出すのは難しいのかもしれない。まさか、隠し部屋があるとは思わなかった。
「早速探してみる。ありがとう」
「おう。またな、ホノカ」
デインは紅い目を細めた。
アタシは頷き、踵を返して牢を出た。




