Blood×Rose×Vampire01
「今日は実験の材料として貴重なものを持ってきました。提供してくれたマスターに感謝しなさい。そしてマスターの行為を無下にしないよう、慎重に取り扱いなさい。ぞんざいに扱おうものなら縛り上げて泣いて懇願するまで痛めつけます。貴方に拒否権はありません。心して飲みなさい」
目の前に真っ赤な液体の入ったグラスが四つ並んでいる。ハイネグリフの口数の多さからも分かる通り、入っているのは血だ。ハイネグリフがおもむろにトランクの中からパックに入れられた血を取り出し、ホテルに置いてあったグラスに注ぎ入れたのだった。
「今日は何の血なの?」
「まだ秘密。飲んでみてからね」
レオは向かいの椅子の背もたれに腕を乗せ、そこに顎も乗せて可愛らしく笑っている。レオがこういう顔をするときはたいてい何かを面白がっていたり、企んでいたりするときだ。
ここ一週間強。アタシは黄の吸血鬼たちの研究観察対象になっていた。軽く走ったり重たい物を持ち上げたりボールを投げたりして体力測定まがいのことをしたこともあったし、吸血鬼特有の能力を使う練習みたいなこともした。フェリックスさんが黒の吸血鬼の瞳には相手に恐怖を与える力があると教えてくれたので、嫌がるレオを対象にやってみた。
でも巧く使えなかった。瞳の力とやらはコツがいるので会得には時間がかかるらしい。レオも黄の吸血鬼の瞳の力を使いこなせていないみたいなので、アタシが満足に使えるようになるのはだいぶ先かもしれなかった。ちなみにハイネグリフとサンダーさんは使えるらしく、特にサンダーさんは瞳の力を多用するそうだ。黄の吸血鬼の瞳の力がどんな力なのかは教えてもらっていないけれど、ちょっと怖い。サンダーさんとは極力目を合わせないようにしようと思う。
それから身体を何か別のものに変えられないかも試してみたけどダメだった。フェリックスさん曰く、黒の吸血鬼は身体を何かに変化させられるようになることが多いらしい。猫に姿を変えられるレオにコツを聞いてみたけど、感覚で何となくできるようになったということだったので参考にならなかった。アタシは完全な吸血鬼になってもポンコツなようだ。
吸血鬼は秘密主義で、瞳の力などの重要なことは滅多に自分の種のことも他の種のことも話さないらしいが、状況が状況なのでフェリックスさんは黒の吸血鬼についていろいろ教えてくれた。でも青の吸血鬼についてはフェリックスさんもほとんど何も知らないらしく、教えてもらえなかった。アイゼンバーグが起きてきたら聞いてみるつもりだ。
そして身体能力や特殊能力についての研究と同時進行しているのが、何かしらを口に入れる研究だ。机の上の四つのグラスがそれだった。最初は食べ物だったけど、他の吸血鬼たちと同じで食べ物の味を感じず吐いてしまうことが分かってからは血を飲まされている。
血を飲むことにもう抵抗はない。初めは抵抗があったけれど、ハイネグリフは威圧してくるし、血を飲まないと灰になって死んでしまうらしいので選択肢はなかった。それに人間や吸血鬼もどきだったときは血の匂いが不快だったけど、完璧な吸血鬼になったら血の匂いが気にならなくなったというのもある。
当たり前だが、吸血鬼の身体は吸血鬼らしく生きるために最適なつくりになっているようだ。アタシは身も心も吸血鬼になってしまったわけである。バケモノになってしまったことが悔しく悲しいような気もすれば、アイゼンバーグと同じ存在であるということが嬉しいような気もする。
それにしても、この血は何の血なんだろう。赤い水面を見つめて首をひねる。
最初に口にしたのは動物の血だった。
動物の血は口に入れた瞬間、吐いた。飲めたもんじゃない味がした。ちなみに黄の吸血鬼たちは普通に飲むことができるからときどき動物の血で喉を潤すそうだ。
次は人間の血だった。毎日代わる代わる老若男女さまざまな血を飲まされた。人間の血はどれもこれも大差なく、無味だった。アイゼンバーグが感じるように飲めたもんじゃない味がするわけではなかった。
そして現在に至る。得体の知れないものを飲まされるのは嫌だが、レオもハイネグリフも教えてくれそうにないうえに拒否権もない。ホントにハイネグリフはアタシが拒否したら縛り上げて泣かせてくるだろうから。
仕方ないので利き手に近い一番右のグラスを持って口をつけた。
「グレープフルーツジュースの味!」
驚いた。食べ物は全部味どころか身体が受けつけず、動物の血は飲めたもんじゃない味で、人間の血は無味だったのに。ここにきて突然グレープフルーツジュースの味がするとは思わなかった。酸味の中に程よい甘味と苦みがある。
久しぶりに美味しいものを口にできたのでごくごく飲んでグラスを空にしてしまった。
うん、グレープフルーツジュース。不思議なことに飲む前は思わなかったけれど、鼻から抜ける匂いもそっくりだ。
「へぇ面白いね。グレープフルーツジュースかぁ。じゃ、その隣は?」
レオが空になったグラスの隣を指差す。
グラスを手に取り、中身を口の中に流し込んだ。
「これはレモン汁! 酸っぱい!」
飲めないことはないが酸っぱかった。流石にこれはごくごく飲めない。
「次は?」
再びレオに促され、レモン味の血の隣のグラスに口をつけた。
「オレンジジュースだ!」
酸味と甘みが絶妙なバランスのオレンジジュースだった。これも美味しかったので飲み干してしまった。
「すごい。見た目はどれも同じなのに味も匂いも違うなんて」
「そんなに味が違うものなんだね。ホノカはオレンジジュース好き?」
「好きだよ」
「そっか。んじゃ、次で最後だね」
ご機嫌な顔をしてレオが最後のグラスを指差した。
三つとも全く違う味がしたので味をしめたアタシは、次はどんな味がするんだろうとワクワクしながら最後のグラスを傾けた。
「酸っぱ!! というか痛い!」
思わずグラスを離して机の上に置く。
液体が舌についた瞬間、ビリッと痺れるくらい酸っぱかった。これは飲めたもんじゃない。動物の血は口にしたことのない気持ち悪い味がして飲めたもんじゃなかったけど、これは酸っぱすぎて飲めたもんじゃない。味覚を通り越して痛覚が刺激されている。
「これまでの結果からもそうですが、貴方の味覚が私たちとは随分違っているということが分かりました。貴方はどうやら吸血鬼の中でも特殊なようですね。それが青の吸血鬼だからなのか、それとも青と黒の両方の特徴を受け継いでいる吸血鬼だからなのかは分かりません。青の王の味覚は異常だと言われていますが、検体が王と混ざりものの貴方だけなので何とも言えません。
ともあれ今日の実験はこれで終了ですが、残りのグラスも責任を持って空にするように。飲めない云々でぞんざいに扱うなら吊し上げますからね」
金色の目で威圧された。ハイネグリフは相変わらず理不尽なことを言う。
「レモン汁はなんとか飲めるけど、こっちの酸っぱいのは無理」
レモン味の血の入ったグラスを持ち上げ、口に運びながらもう一つのグラスについて苦言を呈した。
あれだけは本当に無理だ。飲めない。飲んだらたぶん舌がイカレル。
「じゃ、オレがもーらお」
レオが向かいの椅子に座りながらグラスを手に取り、飲み始めた。アタシがレモン汁を飲み終わる前に飲み終わらせ、ぺろりと舌で唇をなぞる。
アタシはちょっと舌が触れただけで無理だったのにレオはこんなにごくごく飲めるなんて。
「舌、痛くないの?」
「痛くないよ」
「美味しいの?」
「うーん。美味しいとかじゃないかな。黄の吸血鬼はほとんど味覚がないから、何となくエナジードリンクみたいな味がする気がするって感じ」
エナジードリンク。不思議だ。同じ吸血鬼のはずなのに吸血鬼の種類によってこうも味覚が違うなんて。というか、レオにとってはエナジードリンクでアタシにとっては酸っぱすぎるこの血って一体全体何の血なんだ? もう実験も済んだことだし、教えてくれるだろう。




