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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第三章 この空の下すべて

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3-21.血と葡萄酒【挿絵】

挿絵(By みてみん)



 アミュウは聖輝に駆け寄り、手をとり脈に触れた。頻脈だ。聖輝の額には脂汗が浮かんでいる。呼吸は浅く、早かった。


「ナターシャ、手を貸して! うちのベッドに運ぶわよ」


 アミュウは聖輝の腕を持ち上げ、担ぎ上げるようにして自身の身体を差し入れた。ナタリアが慌てて反対側を担ぐ。アミュウ自身も完全に復調していない上に、魔力が底を尽きかけていたが、自分の身体のどこにそんな力が残っていたのか、ナタリアの手を借りて、どうにかこうにか聖輝を小屋のベッドへ運ぶことができた。


「アミュウ、どうしてここへ」

「話は後よ。私だって聞きたいことが山ほどあるわ。でも、聖輝さんの手当てのほうが先」

「手当てって……ケガなんてしていないじゃない。具合は悪そうだけど」


 アミュウは口を引き結んで聖輝の首筋や胸のあたりに、文字通り手を当てた。


「外傷は無いけど……多分、貧血よ。それも重度の。失血性ショックって言ったほうがいいかもしれない」


 聖輝の顔色は紙のように白く、呼吸は浅く荒かった。アミュウが手で聖輝の目蓋を押し開けると、聖輝は眩しそうに首を振ってアミュウの観察を拒んだ。

 アミュウは、以前、大イノシシに襲われたときに、聖輝が空間転移の術を用いて駆けつけてきたことを思い出した。あのときも、聖輝はこうして倒れたのではなかったか。

 アミュウは頭痛を無視して考えをめぐらす。神聖術の供物は、聖霊の血と肉だ。聖輝が空間転移術を使うときに差し出す供物は何なのか――聖輝自身の血液なのではないか。

 聖輝の呼吸が荒い。アミュウは藍染めのハンカチで彼の額の脂汗を押さえ、詰襟のホックを外して首元を緩めた。

 さらにアミュウは思索を続ける。大イノシシを地に伏せたあと、聖輝は何をしたのだったか。何を所望したのか。


「ナターシャ。聖輝さんの鞄の中に、ワインが入っていると思うの。栓を開けてくれる?」

「え? ……うん、わかった」


 ナタリアは戸惑いながらも聖輝の革の鞄の中を探り、ワイン瓶を取り出した。


「コルク抜きはどこ」


 アミュウはしまった、と思った。アミュウ自身は酒を飲まないので、この小屋にコルクスクリューを備えていない。すると聖輝の鞄の中身をあさっていたナタリアが、携帯用のコルクスクリューを探し当て、掲げて見せた。


「あったあった」


 ナタリアは手慣れた様子でくるくると針をコルクにねじ込み、取っ手を押し下げてワインを開栓した。戸棚から適当な椀を持ち出し、袖で埃をはらってからワインを注ぐ。真っ赤な液体が椀の中でたぷんと揺れる。

 アミュウは苦労して聖輝の半身を起こし、木の壁にもたせかけると、その頬を手のひらで軽く叩いた。聖輝の目が薄く開いた。


「聖輝さん、しっかり。ワインよ。飲んで」


 ほんのわずか開いた口にほんの少量、椀の中身を流し込む。唇から溢れた液体が一筋流れ落ちて、聖輝の白いチュニックの詰襟を汚した。その詰襟の奥で、喉仏が嚥下のために動くのを、アミュウは見届けた。

 ナタリアが不安そうに覗き込む。


「ちょっと、調子が悪いのにお酒なんか飲ませて平気なの?」

「多分、聖輝さんにとって、ワインは血と同じなのよ」


 アミュウは辛抱強くゆっくりと、少しずつワインを飲ませた。椀の中身があと少しという頃合いになって、聖輝の瞳にかすかな光が戻った。


「……世話を、かけます」


 その声があまりにも弱々しくて、アミュウは不意に涙ぐんだ。聖輝の意識が戻ってほっとしたからではない。こうも弱り切ってまでナタリアを守ろうとする聖輝の心根が、アミュウの喉元を押さえつけるのだった。

 アミュウの目が潤んだ理由を、聖輝は何か勘違いしたらしい。


「泣かないで。この通り、私は大丈夫ですから……」


 アミュウは首を横に振って、聖輝にワインの続きを飲ませた。聖輝はたっぷり時間をかけて、ワインを一瓶飲みきった。




 聖輝の具合は多少持ち直したものの、独力で歩けるまでには到底至らなかった。アミュウ自身も魔力が底を尽き、杖で飛べる状態ではなかった。そこでナタリアが商工会議所のジークフリートの下へと走り、彼に助力を求めた。収穫祭が延期となった今では急ぎの仕事は少なく、ジークフリートは理由を明確にしないまま早引きを上司に申し出たが、その申請は案外簡単に通った。

 ジークフリートは森の小屋からキャンデレ・スクエアまで、一時間以上かけて聖輝を運んだ。「アラ・ターヴォラ・フェリーチェ」にたどり着いたときには、そろそろ夕刻かという刻限になっていた。

 狭い階段を苦労しながら四人がかりで登っていたとき、三階から二階に降りてくるエミリと鉢合わせた。


「あら――どうしたの。聖輝さん、具合でも悪いの?」


 アミュウはエミリを見上げた。


「ええ、出先で倒れてしまって――すみませんが、お店に赤ワインが残っていたら分けて頂けませんか」

「ええ、あるわよ。もちろん。お部屋へ届けるから、ちょっと待っていて」


 アミュウたちが聖輝を三〇一号室に運びこんでベッドに寝かせると、エミリが戸口を叩いた。


「お待たせ。今年のワインよ」


 エミリはアミュウに未開封のワイン瓶を手渡した。


「ありがとうございます。いくらでしょうか」

「いやね。お代なんていいわよ」

「そんなわけには……」

「じゃ、落ち着いたらまたお店に来てちょうだい。手が足りているみたいだから私は行くけど、何かあったらお店にいるから遠慮なく呼んでね」


 エミリはにっこり笑うと、二階の店へ戻っていった。ジークフリートが呟いた。


「俺、あとで、カトレヤで飯食ってこうかな」

「ええ、そうしてもらえると助かるわ」


 アミュウはワインの栓を抜きながら頷いた。椀に注いで、聖輝に飲ませる。聖輝は、今度は自分の手で椀を持っていたが、取り落とさないよう脇でアミュウが椀を支えていた。

 椀の中身を飲み干すと、聖輝は力尽きたように枕に頭を預けてナタリアに問いかけた。


「……それで? ナタリアさん。どうしてあの男と一緒にいたんです?」

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