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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第三章 この空の下すべて

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3-12.ダミアン・カーター【挿絵】

挿絵(By みてみん)



 アミュウがダミアンについて知っていることは少ない。ナタリアの再従兄はとこだということ。ナタリアよりも二歳ほど年長だということ。若くして商工会青年部の副会長職にあるということ。

 ダミアンは梔子くちなし色のビロードの上着を脱いで、ナタリアの肩に掛けようとしたが、ナタリアはするりと身をかわした。ダミアンはハシバミ色の癖毛を掻いてナタリアに言った。


「やせ我慢しなくてもいいのに」

「何か話したいことがあるんでしょ。凍えきる前に言って」


 ナタリアは自身の肩を抱きしめるようにして言った。十一月の夜風は、ドレス姿をさらすには冷たすぎる。


「親父が町長選に出ることは知っているよね?」


 ナタリアは深く頷いてみせた。ダミアンは腕を組んで質問を重ねた。


「じゃあ、僕と君とをくっつけたがっていることは?」


 ナタリアの表情から察するに、アミュウが感じるのと同程度には衝撃だったようだ。アミュウは思わずジークフリートを見上げる。アミュウの位置からは彼の鼻の穴が見えるばかりで、どんな顔をしているのかは殆ど分からなかった。


「やっぱり知らなかったか。そんな気がしていたよ」


 ダミアンは驚き硬直しているナタリアの肩に、今度こそ自分の上着をかけて、言葉を続ける。


「君が知らないってことは、セドリックおじさんがこの話を遮断しているんだろうね。親父が声をかけるたび、おじさんは、娘に誰それとの見合い話が持ち上がってるとか言って、うちが申し出を差しはさむ余地が無い」


 ダミアンはそう言って苦笑いをしているようだった。ナタリアは再従兄の突然の発言に戸惑っているようだったが、辛うじて返事をした。


「確かに最近は縁談続きだったわ。けど、あなたとの話が持ち上がっているなんて聞いてない。パパだって、困ってるんじゃないかしら。だってあなたと私は血がつながってるのよ」

「そうだよ。でも、遠縁だ。婚姻不可能というわけではない。これも君の知らない話だろうけど、うちの親父は、僕らが小さなうちに婚約させてしまおうと、おじさんに色々と無理を言ったようだよ」


 それはアミュウも知らない話だったが、合点がいった。セドリックとケインズが、数少ない親戚同士であるにもかかわらず疎遠だったのは、そういったわだかまりがあったからなのだろう。

 ナタリアは、ダミアンの上着の前立てを合わせて身震いすると、眉をひそめた。


「ダミアン。何が言いたいの。まさか、今さら私を驚かせたいっていうだけじゃないんでしょ」

「そうケンカ腰にならないでよ。親父は君たちの敵になってしまったけど、僕自身はケンカしたいわけではないんだからさ」


 ダミアンも寒そうにシャツの二の腕をさすりながら、早口で言った。


「そうだね、凍える前に手早く言ってしまおう。率直な言い方になるけど、気を悪くしないでくれよ……君は、このままおじさんの手駒に甘んじる気かい?」


 ナタリアはダミアンを睨みつけながら首を振った。


「今だって、パパの手駒でいるつもりではないわ」

はたから見たら、手駒そのものだよ。いつだっておじさんに付き従って、今夜だってこうして見世物みたいなパーティーを開いてさ。さっきの話だって、おじさんの言いなりになって、あちこちから縁談を受けてるし。それら全てが君の意思かい? 違うだろ」


 ナタリアは肯定も否定もせずに、ダミアンを睨み続けている。


「僕は君のことをよく知らないけどさ、あれだけいくつもの縁談を受けておきながら断り続けているっていうところに、君の意思があるんだということは、おおよそ想像がつくよ」

「……だから何?」

「構えないでって言ってるだろ。僕も同じなんだよ」


 ナタリアは怪訝そうに眉を寄せた。ダミアンの意図が本気で汲めない様子だ。アミュウも同感だった。ジークフリートが小声で言った。


「……まどろっこしい奴だな。はっきり言えよ」


 ジークフリートの声が届いていたわけではなかろうが、ダミアンは言葉を続けた。


「僕にも、添いたい女性がいるんだよ。でも、今のままじゃ親父が許してくれそうにない。君も、心に決めた相手がいるんだろう? 早いとこ、そいつと一緒になってもらいたいと思ってさ。そしたら、あの頑固親父も、さすがに君のことを諦めてくれると――」

「はぁ?」


 ナタリアは思いっきり間の抜けた声をあげた。今度はダミアンが目を丸くする番だった。


「……違うのか?」

「違うわよ」


 ダミアンは肩を落とし、遠目にも気落ちしているのが分かった。


「……そうか。一人合点して、悪かった」


 ナタリアは幾分気まずそうに言った。


「ダミアン。それはあなたとケインズおじさんの問題でしょ。私じゃなくて、まずはおじさんとしっかり話し合うべきだよ」

「まぁ、それはそうなんだけどね――時間が無くて、焦ってるんだ」


 ダミアンはぶるりと身震いした。


「親父は君と僕とが結婚するっていう考えに妙にこだわっちゃってさ。円満な町政継承をアピールしたいんだろうね。僕にも君にもそれぞれの人生があるっていうのを、すこしも気にかけてくれやしない。

 本格的な選挙戦が始まる前に、親父はきっと、何が何でもセドリックおじさんに縁談をもちかけるよ。賭けてもいい。そしてそれが試合開始の合図になる。君が断っても、僕が断っても、もちろんおじさんがノーと言っても、どう転んだって角が立つからね。泥仕合のはじまりってわけだよ」


 ナタリアは暫く黙りこんでいた。ダミアンはナタリアから視線を外し、今はコスモスの花期も終わり、小菊の咲く花壇をじっと見ていた。

 そのとき、庭を横切る小さな影が、ナタリアを目指して走り寄ってきた。


「ピッチ! 籠から出てきたの?」


 ピッチはナタリアの腕に留まると、ピョロロと鳴いて一言、

「みィつけた!」


 ダミアンは意外そうな顔でピッチの顔を覗き込んだ。


「珍しい。洋鵡ヨウムじゃないか」

「知ってるの?」

「ああ。小さい頃に、見たことがある。どこで見たんだったか……親父に連れられて行った、どこかのお屋敷で飼われていたんだよ」

「どこか思い出せる? 迷子なのよ」


 ナタリアは食い下がり、ダミアンは頭を捻る。


「――だめだ。思い出せない」

「ピッチ。あなた、どこから来たの?」


 ピッチは首をくるくると捻って答える。


「おうチ!」


 たまらずダミアンがくつくつと笑みを洩らして、ナタリアに近寄りピッチへ手を伸ばす。ダミアンがそのくすんだ灰色の羽根を撫でているあいだ、ピッチは大人しくしていた。


「そろそろ戻るか」

「結局、私たちはどうしたらいいの」


 ナタリアは、ダミアンに脱いだ上着を突き返しながら詰問した。


「どうしようもないよ。君はさっき、僕が恋人と一緒になれないのは、僕と親父の問題だと言ったね。今回のことだって結局、親父とおじさんの喧嘩なんだよ。選挙戦はどうしたって周囲を巻き込むものだけれども、僕ら親子の問題を持ち込んではいけない。ましてや縁組だなんてもってのほかだ。僕らは、親父たちとしっかりと距離をとるべきだ。親の手駒になってはいけない」


 ダミアンはナタリアから上着を受け取り、震えながら着込んで言った。


「時間をもらって悪かったね。先に会場に戻れよ。僕は後から行くから」


 ナタリアは、ピッチを腕に載せたまま、居間の掃き出し窓の方へ戻って行った。部屋の中へナタリアの姿が消えてしまうと、ダミアンは頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。アミュウもジークフリートもしばらくその姿を見守っていたが、いくら待っても動かないので、だんだん心配になってきた。

 アミュウが「具合でも悪いのかしら」と呟いたとき、ダミアンは右のこぶしで地面をたたき「畜生」と悪態をつくと、ようやく立ち上がった。


「……時間が無い。急がないと」


 そう独りちた声は小さかったが、はっきりとアミュウの耳に届いた。ダミアンはよろよろとカーター邸の正面玄関の方へ歩いて行った。そこから先は、盗み見の視野の外だった。

 ジークフリートはアミュウに言った。


「どういう話だったのか、さっぱり分かんねえぞ」

「ナターシャがモテるってことよ」


 アミュウは軽くあしらいながら、廊下の様子を注意深く窺い、ダミアンの気配が無いことを確かめてから、ジークフリートとともに居間へ戻った。

 居間では衆人環視の中、暖炉の明かりに照らされてナタリアが歌を歌っていた。ナタリアが少女のころに音楽を受け持っていた家庭教師が、ギターで伴奏を付けている。古典的な調子の曲だった。あちこちから感嘆の声が漏れる。セドリックは、喉を震わせてソプラノを歌う娘の姿を満足気に見ていた。



 金木犀のうちけぶる

 壁のうちなる小さき庭に

 あはれ今年も秋ぞ来にける

 かなしき百舌鳥もずの鳴き声に

 引き裂かれたる わがたましひ

 せめてひとひらにても、おん身へとどけ

 この冷たき風に あまき香をのせ

 君がもとへ

 涙の流れに いと小さき花をのせ

 君がもとへ

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