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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第三章 この空の下すべて

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3-8.おしゃべりな迷い子【挿絵】

挿絵(By みてみん)


「あーァ!」


 影はナタリアの足元の地面に舞い降りた。それでようやくアミュウにも、それが何であるか判別できた。

 灰色の身体に真っ赤な尾羽をもつ鳥だった。翼を畳めば意外と小さいが、ずんぐりむっくりとした体形だ。くちばしは黒く、丸い。脚はがっちりと太い。体長三十センチほどだろうか。ナタリアの足元でつぶれた小桑の実を啄んでいる。頭をくるっと回してナタリアを見上げて、


「おちタ! あーァ、おちタ!」


 アミュウは宙をずるずると下降して杖から降りた。鳥は再び果実を啄む。


「おいっシー‼」


 アミュウもナタリアも、その鳥から目が離せなかった。やがてどちらからともなく、目の前の光景が現実のものかどうか、確認を求める。


「……この鳥、しゃべってる?」

「しゃべってる」


 鳥はときどきピョロロと鳥らしい囀りを挟みながら、あっという間に落ちた果実を食べ尽くした。すると、翼をはばたかせてナタリアに向き直る。


「おいシー、おいっシー!」


 ナタリアは思わず半歩下がった。鳥はなおもナタリアに近寄り、おしゃべりをやめない。


「おいっシー、ちょーだイ‼」


 その様子があまりにもいじらしいので、たまらなくなったアミュウはナタリアを小突いて言った。


「……小桑の実を欲しがってるんじゃない?」

「ええっ」

「きっとナターシャが持ってるっていうのが分かるんだわ」


 ナタリアはしぶしぶ布袋から実を取り出して、鳥の目の前に置いてやった。待ってましたとばかりに、鳥は頭を振り子のように上下させ、果実を啄んで、ナタリアに向かって人語を話した。


「どういたしましテ!」


 これにはとうとうナタリアも噴き出した。


「それを言うなら、ありがとう、でしょ」


 ナタリアはしゃがみ込んで、鳥の丸くなだらかな頭を撫でた。このおしゃべりな鳥の愛嬌にほだされたようだった。鳥はジュクジュクと気持ちよさそうに囀る。アミュウは首を傾げた。


「人の言葉を真似する鳥がいるって聞いたことはあるけど……この子が、そうなのかしら」

「間違いなく、しゃべってるよ」

「使い魔の類かも――もしもそうなら、主の魔力が宿っている筈なんだけど」


 アミュウもしゃがんで、鳥を観察する。アミュウが近づいても、鳥は嫌がる素振りを見せない。


「化生か魔性か、姿を現せ」


 アミュウは組んだ両の手指の小窓から鳥を覗くが、特に変わった魔力の流れは感じられない。首を横に振ってアミュウは言った。


「いたって普通の鳥だわ」

「普通じゃないでしょ。こんな鳥、見たことない」

「私だって、一年この森で暮らしたけど、一度だって見たことないわ」


 鳥は小桑の実をすっかり食べ終わると、大きな翼を数度羽ばたかせナタリアの腕に留まった。


「なんだか、懐いてない?」

「どうして私なの」

「おいしいものをくれたからでしょう」

「現金ね」


 鳥はナタリアの顔を覗き込んでしゃべった。


「おうち、かーえろッ」

「おうち? きみのおうちはどこなの?」


 鳥はナタリアの問いかけには答えずに、頭を忙しなくくるくる回している。

 一向に飛び去る気配がないので、鳥をナタリアの腕に乗せたまま、アミュウたちは泉のほとりまで戻ってきた。ナタリアの腕に行儀よく留まっている鳥を見て、ジークフリートがぎょっとする。


「……獲物か、それ?」

「ちがうわよ」


 アミュウが呆れて否定したが、では一体何なのかと問われても、うまく説明できない。ナタリアと一緒にしどろもどろになって、今しがたの出来事をジークフリートに語って聞かせる。


「人の言葉を話すってことは、飼われていた鳥なんじゃないか?」


 ジークフリートが鳥の顔を覗き込んで腕を差し出すと、鳥は彼の腕に飛び移った。自分から手を出しておきながら、ジークフリートは驚いてへっぴり腰になった。


「うおっ……案外、かわいいな」

「でしょう」


 ナタリアがにっこりと同意する。そして水に漬かったままのイノシシの身体を転がす。


「そろそろオッケーね」


 ずるずるとイノシシを水から引き上げると、運搬しやすいよう、手近な折れ枝にイノシシの四肢を括りつけた。「豚の丸焼き」の状態だ。


「どこまで運ぶんだ?」

「家までよ。うちで解体する」


 それを聞いて、アミュウは考えあぐねた。このままカーター邸まで、ナタリアと行動をともにしてよいのだろうか?


(聖輝さんだったら、どう考えるかしら……)


 迷った末に、街に戻ったらナタリアたちと別れようと腹を決めたところで、ジークフリートが素っ頓狂な声をあげた。


「わっ、汚ねっ‼ こいつ、クソしやがった!」


 いつの間にかジークフリートの腕から頭のてっぺんによじ登っていた鳥が、ジークフリートの赤毛を白い糞まみれにしていた。鳥はいかにもすっきりしたというように黒目を縮こめると、再びナタリアの腕に飛び乗った。


「水場で、不幸中の幸いだったわね」


 ジークフリートが泉の水で頭を洗うのを、苦笑しながら眺めているナタリアだったが、ふと何かに気付いたようで、アミュウを手招いた。


「ちょっと、これ見て」


 ナタリアは鳥の脚を指さしている。アミュウが顔を寄せて見てみると、左脚に銀細工の環が嵌まっているのだった。何かの文字が刻まれているが、統一文字ではない。アミュウには判読できない文字だった。


「飼い主さんが着けたのかしら」

「かわイイねぇ、ピッチャン、かわイーイ」


 鳥の言葉に三人ともはっとした。


「今の、名前かな?」


 ナタリアはアミュウとジークフリートに確認を求める。


「ピッちゃんって、確かに言ったな」

「私も、ピッちゃんって聞こえたわ」


 二人の同意を得て、ナタリアは宙を仰いで考え込んでいるようだったが、やがてひとり頷いて言った。


「よし! 決めた‼ この子の飼い主さんを探そう」

「よシ! ピッチャン、かわイーイ!」


 ナタリアは「可愛い」を連発する鳥の頭から背中までを優しく撫でおろした。


「きっとこの子、もとはすごく可愛がられていたはずだよ。飼い主さんも無念だろうし、何よりこの子を、家に帰してあげたい。それまで、ピッちゃん、あなたの名前はピッチだよ」


 髪をすっかり洗い流したジークフリートも、麻布で頭を拭きながら頷いてみせた。


「人の手で飼われていた鳥なら、そう遠くまで飛べねえだろ。近場から来たんじゃないのか。案外、捜索願いが出されているかもな」

「そうだね! 週明けに、役場で調べてみる」


 ナタリアとジークフリートはすっかりその気になっているようだったが、アミュウには、ピッちゃんことピッチの足環が気がかりだった。ただのペットに、高価な銀細工をあてがうだろうか。アミュウは愛玩動物に明るくなかったが、それでもこの足環が、ピッチのためだけにあつらえたものであろうということは想像がついた。金持ちの成金趣味のようにも見える。


(そんな人が、このカーター・タウンにいるかしら……)

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