第二章 あとがき
こんにちは。筆者の志茂塚ゆりです。初めましての方にも、そうでない方にも、まずは御礼を申し上げます。「月下のアトリエ」という物語をここまで読んで下さり、ありがとうございました。読者の方々のお陰様で、一介の主婦であり母である筆者が、この物語を形になすことができております。
母である、と申しました。
本章「銀の匙で海をすくう」のテーマは、「母子の愛」です。「月下のアトリエ」の主人公は、今さら申し上げるまでもなくアミュウですが、本章は、父が鬱に倒れ、母を自殺で亡くし、勉学の道を閉ざされつつある少年イアンの救済の物語でもあります。
前章を書いているうちにイアンの境遇が実に哀れであるように思えてきました。前章最終場面で、アミュウを中心とするカーター・タウンの人々の力を借りて脱穀作業を乗り越えたイアンですが、それで彼は本当に救われたことになるのだろうか。そう考えたとき、本章のストーリーが、目の前にばぁっと広がっていきました。
イアンの窮状が何に端を発しているかといいますと、父の病の原因である呪いのナイフです。つまり母マイラは、夫ジョンストンだけでなく息子イアンをも、憎しみの渦に巻き込んでしまっていたのです。生前のマイラはそこに思い至らないまま呪いと自死を完遂してしまいましたが、せめて呪いがイアンを蝕むことが無いよう、死してなお、柿の木の下で息子を見守っていました。
イアンは赤ん坊の頃にマイラと別れたため、もちろん母親のことを覚えておらず、彼女が自死したということすら知りません。イアンは、絶対的に不足している母の愛を知らず知らずのうちにアミュウに求め、彼女への信頼を深めていきます。アミュウとしても、第一章で「彼の母親代わりになりたいと強く願っ」ています(第一章二十四話「イアン・タルコット」より)。本章で、アミュウが呪いのナイフの謎に拘泥しているのは、その願いの裏返しとも言えます。結果、彼女は八年前の事件の真相にある程度まで迫り、マイラの遺髪を手に入れ、母子の魂の邂逅を導くに至ります。
母を知らないのはイアンだけでなくアミュウも同じこと。養母アデレードは、実子ナタリアと養子アミュウに、分け隔てない愛情を注いでいました。記憶に残ってすらいないその愛情を、アミュウはナタリアの内に見出しています。だからこそ、ナタリアはアミュウにとってかけがえのない存在なのです。
なお、念のために補足させていただきますと、章題の「銀の匙」とは、赤ん坊が誕生したときに、その子が生涯食べ物に困らないようにとの願いを込めて贈られる「銀のスプーン」の言い伝えを踏襲したものです。「銀の匙で海をすくう」とは、本章冒頭で文字通り海から救い出されたジークフリートだけでなく、同時に本章末尾のイアンのことも指しております。
また、本章では、第一章で提示された「アミュウの見る夢が何なのか」という謎について、新たな様相をお示ししました。本章での新たな登場人物であるジークフリートと、夢の中の人物、騎士シグルドの容貌の奇妙な相似。この謎について、アミュウは聖輝に相談してみようと考えますが、タイミングを逸したまま、ぐずぐずと時間が過ぎていきます。そして彼女は、聖輝は彼女の見る夢にこそ、価値を見出しているのだと思いいたります。そして聖輝はアミュウを守るため、アミュウは聖輝を惹きつけるために、互いを縛り合うのです。アミュウと聖輝の関係に、変化が訪れる瞬間です。
そうして互いを束縛し合うのとほぼ同時に、アミュウは謎の人物から「御神楽の息子に近付くな」との脅迫を受けます。その脅迫は、アミュウたちがスタインウッドで受けた拘束と無関係ではないようですが、真相はまだ分かりません。
第三章「この空の下すべて」では、脅迫者の正体に迫るとともに、アミュウと聖輝の関係の変化を描いていく予定です。そして、可愛らしいマスコットキャラクターも登場します。
一週間ほどお休みを頂いたのち、二月末頃より連載を再開しますので、引き続きアミュウたちの物語にお付き合いいただければ幸いです。
最後に、「月下のアトリエ」は二〇一八年十二月三〇日に一万プレビューに、二〇一九年一月三〇日に五〇〇〇ユニークユーザーアクセスに到達しました。この物語を読んでくださる全ての方に、心から感謝申し上げます。
~ここまでの主な参考文献~
・「井戸 (ものと人間の文化史)」秋田裕毅 著(法政大学出版局)
・「イタリア・ギリシア・ポルトガル (ヨーロッパの家)」樺山 紘一 制作(講談社)
・「食の歴史―動物もヒトも食べることで自然をつくる (イラスト読本)」黒田弘行 著(農山漁村文化協会)
・「海と人と魚 日本漁業の最前線」上野敏彦 著(農山漁村文化協会)
・「ゲーム・映画・マンガがもっと楽しくなるファンタジー世界読本」幻想世界史研究会 編(実業之日本社)
・「魔術 理論篇」デイヴィッド・コンウェイ 著(中央アート出版社)
・「魔導書ソロモン王の鍵」青狼団 編著(二見書房)




