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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第二章 銀の匙で海をすくう

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2-34.弔い【挿絵】

 二日ぶりに外の空気を吸いに表へ出てみると、アミュウは、村の空気がざわついていることに気が付いた。アップルホテルには、アミュウたち四人のほか、ラ・ブリーズ・ドランジェから派遣されてきたモーリス・ベルモン助祭も宿泊しており、彼は住人への聞き取り調査も怠らずこなしていた。小さな村は、一度に多くの珍客を迎えることとなり、畏縮していた。

 何をするわけでもなく、アミュウはホテルの玄関を彩る秋バラを眺めていた。

 不意に、ホテルの扉が内側から開いた。アミュウは扉を避けようとして、ふらついた。


「わっ……ととと。ごめん、大丈夫?」


 ナタリアがアミュウの腕を掴んで引き寄せる。二人は顔を見合わせて、どちらからともなく笑った。


「聖輝さんはまた、事情聴取?」

「そうみたい。ベルモン先生の部屋にいる。まったく、内部の人間に訊いたってしょうがないのにね」


 ナタリアは退屈そうに大きく伸びをした。


「何にもない村」

「羊がいるわ」

「牛と豚もね。それから、ニワトリ! 朝っぱらからうるさくて参っちゃう」


 アミュウはまた一頻り笑ってから、ナタリアに訊ねた。


「ジークは?」

「ピンピンしてる。ケヴィン君って言ったっけ? あの子といっしょに放牧へ行っちゃった」

「ナターシャも一緒に行けばよかったのに」


 ナタリアは一瞬、驚きと苛立ちの入り混じったような、複雑な顔をした。


「あんたを放っておけないでしょう」


 アミュウにはその言葉が心底意外で、しばらく言葉を失った。その後で、胸の奥にじわりと広がるぬくもりを噛みしめた。

 ナタリアは「ところで」と言った。


「聖輝さんに近付くなってアレ……どうするの?」


 アミュウは首を横に振ってうな垂れた。


「どうするもこうするも……先生に相談してみたけど、ほとぼりが冷めるまで忠告に従えって」

「ジークのボディーガード付きで?」

「そのボディーガードさんは、今ごろ羊と戯れているんでしょう」


 ナタリアは顔をしかめた。


「まさかそいつ、スタインウッドまで追いかけてきてるっていうの」

「分からない――けど、無関係ではない気がする。

 私がエヴァンズさんの家に行ったのは、息子さんとマイラさんの関係について話を聞くため――でも、八年も前の出来事を探られたって、エヴァンズさんの腹は痛くも痒くもないはずだわ。なのに、私もジークも毒を盛られた。どうしてなのかしら」


 ナタリアが何か言いかけてから口をつぐみ、再び開いた。


「あんたは、どうするつもりなの」


 アミュウはナタリアを見返す。ナタリアの目は揺らがず、まっすぐにアミュウを捉えていた。


「近づくなと言われて、どうする気なの」


 アミュウが答えに窮しているうちに、再びホテルのドアが開いた。


「おっと、すみませんね」


 ドアの奥から姿を現したのは、モーリス・ベルモンだった。その奥からもう一人、聖輝。


「ベルモン先生。お疲れ様でした」

「いえいえ、こちらこそ。ミカグラさんがいてくださって、助かりましたよ。思ったよりも早く片付けられそうです」


 モーリスは帽子を脱いで頭を下げた。亜麻色の巻き毛には帽子の形の癖がついていた。


「これからラ・ブリーズ・ドランジェに戻って、司祭に相談しますが、十中八九、先ほど話したとおりになるでしょう。こちらもすぐに後釜を差し向けられるわけではないのです。しばらくはエヴァンズ司祭に頑張っていただくしかありません」


 聖輝は肩をすくめた。


「彼は“柵”を再建するかもしれませんね」


 モーリスは苦笑いして帽子をかぶった。


「そんなことが明るみになったら、まぁ、沽券にかかわると言わざるを得ないのですが――でもまぁ、この前お話したとおり、よくある話なんですよ。この村の場合、畜産と“柵”のサイクルがうまく回っています。住民もそれを望んでいる……これ以上は私の立場からは申し上げられませんがね」


 聖輝は頷いた。


「その点は、私も同意します」


 モーリスは慌てたように付け足した。


「もちろん、外部の人間を追い立てて、贄にしようなどと、言語道断です。まして、神聖術の扱いに長けているとなると、危険極まりない。フェルナン・マニュエルについては、今後教会の総力を挙げて捜索することになるでしょう。ご安心ください。

 では、私はこれで」


 モーリスは帽子をかぶり、駅馬車の停留所へと去って行った。その背中を見送りながら、聖輝は首をひねってつぶやく。


「安心……できるでしょうかねぇ」


 聖輝はアミュウに向き直って言った。


「アミュウさん。もし歩けるなら、ちょっと教会まで散歩しませんか。“いいもの”を見つけたんです」


 アミュウはどう返事をしたらよいものか迷った。アミュウの不安を見て取ったのか、聖輝は鷹揚に笑った。


「脅迫の件を恐れているなら、大丈夫。これだけ大騒ぎになった村に足を踏み入れるほど、相手も馬鹿ではないでしょう」


(それは、私のことまで馬鹿にしているのかしら)


 アミュウは訝しがりながらも、聖輝の後を追った。



 教会の管理棟に足を踏み入れると、未だ執務室のドアは外れたまま、横倒しにして廊下に立てかけてあった。石造りの冷たい廊下は二人の足音を反射し、他に物音は一つもない。

廊下を行き当たり、アミュウは聖輝の背中越しに執務室を覗きこむ。机に向かうグレゴリーの静かな背中があった。


(あんたの机に盛大にゲロをぶち撒けてやったぜ)


 アミュウはジークフリートの言葉を思い出し、思わず机を凝視したが、よく磨かれ、整理された、清潔な天板であるように見えた。

 グレゴリー・エヴァンズはアミュウたちに背を向けたまま声を発した。


「何用ですかな」


 聖輝は抑揚のない声で言う。


「エヴァンズ先生こそ。この村の牧師職は、現在はベルモン先生に移っているはずです」

「なに、私がつなぎ役となるのは、既定路線でございましょう。ミカグラさんならお分かりのはず」


 エヴァンズは振り返ると、抽斗から膨らんだ大判の封筒を取り出して、聖輝に差し出した。


「探し物は、これですか」


 聖輝は片手でそれを受け取る。封筒のおもてには、八年前の日付と名前が記されていた――「マイラ・タルコット」。聖輝は、封緘されていないその封筒の口を少し開けて中を覗くと、満足気に頷き、アミュウに手渡した。アミュウは、首を傾げながら中を覗く。

 とぐろを巻く長い金髪が、ふわふわと封筒を押し広げている。



挿絵(By みてみん)



「――これは」


 アミュウは聖輝を見上げる。聖輝は心持ち首を傾げた。


「捜索の最中に見つけました。気に入るかと思って隠しておいたのですが、エヴァンズ先生には見つかってしまいましたね」

「もとは私も使っておった部屋ですからな」


 そしてグレゴリーは声を落とし、眼鏡の奥の目を伏せて言った。


「私は以前、法王派であると申し上げました。ミカグラさん。この意味が伝わりましたかな」

「ええ。ですから、父にではなく、正規ルートで通報したのですよ。感謝していただきたい」


 グレゴリーは疲れ切ったように頭を振った。


「ならばつつき回さないでいただきたかった」


 聖輝は鋭い視線でグレゴリーを射抜く。


「先に手を出してきたのはそちらですよ。誰の差し金ですか」

「……田舎の老いぼれが息子を王都へやるには、それなりの努力が必要なのですよ」

「そんなことは分かりきっています。王都に法王派の人間は大勢いるが、ジャレッドの身元を調べればいずれそいつにたどり着く。ただ、その手間が惜しいのです」


 グレゴリーは聖輝から顔を背けて声を絞り出した。


「とても私の口からは申せません。しかし、あなたがラ・ブリーズ・ドランジェへ通報しようが、お父君に言いつけようが、私にとっては大差が無かった――これは独り言なのですが」


 グレゴリーはそれきり黙した。聖輝の視線がグレゴリーから逸れると、グレゴリーは立ち上がり、封筒を胸に抱えるアミュウに問いかけた。


「お嬢さん。それをどうするおつもりですかな」

「私は、この遺髪を使ってマイラさんを弔います」


 アミュウは聖輝を見て言った。


「スタインウッドから戻ってきた日、ジョンストンさんの家のあたりで妙な視線を感じたこと、覚えていますか」


 聖輝は黙って頷き、アミュウに先の言葉を促した。


「恐らく、マイラさんの魂は月へ還らずに、いまだこの世を漂っています」

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