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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第二章 銀の匙で海をすくう

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2-27.脅迫【挿絵】

 アミュウと聖輝がタルコット家を辞そうとするちょうどそのとき、イアンが畑から帰ってきた。窓の外を見ると、柿の木の向こうを町の中心部へと上っていくジークフリートの後ろ姿が見えた。

 イアンは帰って来るなり台所のかまどに火を入れると、洗濯物の片付けと野菜の下ごしらえを器用に同時進行して、居間と台所を行ったり来たりしながら食事の準備にとりかかった。ジョンストンも心なしかそわそわしている。

 アミュウと聖輝は顔を見合わせた。そろそろ去らなければ迷惑になる頃合いだった。二人はジョンストンに長居を詫び、タルコット家を後にした。

 聖輝は例によってアミュウを送ると執拗に言い張った。


「まだ明るいから大丈夫です」

「森に着くころには暗くなっているでしょう。アミュウさん、あなたはなるべく一人にならない方がいいんだ」

「大丈夫ですってば。心配性も度を過ぎると、神経質って言うんですよ」

「どうとでも言ってください。とにかく、家まで送ります」


 三十分ほどの道中、ジョンストンの話についてあれこれ言い合ったが、特に新たな見解が生まれるわけでも、見逃していた事実が見つかるわけでもなかった。聖輝は天を仰いでつぶやいた。


「ナイフの真相については、迷宮入りですかね……」


 森の入り口からほどなくしてアミュウの小屋が見える。アミュウが玄関の鍵を開け、ランプの灯りをともすのを見届けてから、聖輝は小屋に上がりもせずに、来た道を戻って行った。



 聖輝が帰ってからどれだけ経っただろうか。ハーブティーを調合していたアミュウは、洗濯ものを干しっぱなしだったことに気が付いた。キリの良いところで手を止め、玄関を開けて外に出る。外はすっかり日が落ち、真っ暗だった。

 スタインウッド旅程で着替えた分もあったので、いつもよりも洗濯物が多かった。一往復では運びきれず、アミュウは二回に分けて取りこむことにした。一回目の分を部屋に置いて、二回目の洗濯物を物干しロープから下ろしていたとき。


「動くな」


 動くな、という割には、その人物は後ろからアミュウを羽交い締めにしていて、既にアミュウは満足に動くことができなかった。低く落ち着いた、中年男の声だった。せっかく綺麗にした洗濯物がアミュウの腕から森の地面にすべり落ちて、土で汚れる。蓮飾りの杖は、小屋の中、ベッドの脇に立てかけたままだ。あまりに突然のことで、結界の張りようがなかった。

 頬に軽く触れる男の上着の袖は、肌触りが良くハリがあった。アミュウの頭はすっぽりと男の胸に収まっている。冷たい言葉とは裏腹に、血の通う温かさの感じられる胸だった。


「動いたら――分かっているな」


 右肩がやや楽になったかと思いきや、首筋に冷たいものが触れた。暗がりの中、アミュウの視界には入らなかったが、見なくても分かる――刃物の切っ先だ。


「娘。質問にのみ答えろ。どういうつもりで御神楽卿の息子と一緒にいる?」

「…………」


 答えが、言葉にならなかった。刃物を向けられているからだけではない。元よりアミュウは、その答えを持たない。


(――付きまとわれているだけよ‼)


 そう言えたら楽だったが、言えないのは、こみ上げてくる恐怖だけが理由ではない。他に理由があるということに、アミュウは気付いてしまっていた。しかし、その気持ちに名前を付けられない。


「――だんまりか。まぁいい」


 首から圧が消える。刃先が首筋からほんの少し離れた。アミュウが後ろを見ようとした途端、容赦なく切っ先で制される。


「御神楽卿の御曹司に近付くな。次は無いと思え――振り返らずに小屋へ入れ」


 羽交い締めにされた腕を解かれたが、地面に落ちた洗濯物を拾う余地は、間違いなくなかった。アミュウは、指示されてもいないのに両手を挙げ、ぎこちない足取りで玄関へと向かった。最後の一歩を踏み出し、扉を開け、家に入ったとたんに腰が抜けた。どうにか扉に鍵をかけ、床を這いつくばって、物干しロープのある側の窓を覗いてみたが、既に人影は無かった。あまりに唐突な、そしてあっという間の出来事で、悪い夢を見ただけであるような気がした。

 アミュウは首筋に手を当てた。今度は衣装掛けまで這っていき、手鏡を見た。傷にこそなっていないが、ピンク色の跡がついていた。そこで今度は手の力が抜け、手鏡を正座の膝の上に落とした。今更ながら、血の気が引いていった。アミュウはその場で頭を膝に付けるように、低くした。めまいが過ぎるのを待つ。

 窓の外では、いつの間にか雨が降り始めていた。汚れた洗濯物を、雨が濡らしていく。


挿絵(By みてみん)

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