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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第二章 銀の匙で海をすくう

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2-24.夢物語【挿絵】

 アミュウは絶句した。思わず隣を見ると、聖輝の目に鋭い光が浮かんでいる。眼光そのままの切れ味で、聖輝はジークフリートの語ったシナリオをばっさりと切り捨てる。


「随分安っぽいおとぎ話ですね」

「なんだよ、文句あんのか」

「文句っていうか、王女は、贅沢三昧だった自分を悔いて、塔から身を投げたって話じゃなかったっけ?」


 ナタリアの指摘に、ジークフリートは首を横に振る。


「いや、違うんだ。革命機運が高まる中でも、特に城下町では、王女の持つある種のカリスマが人心を捉えて離さなかった。王女に手をかけることは、ロウランド民衆の離反を誘引しかねないからね――しかしロウランド王家の一粒種を生かしておくわけにはいかない。そこで、ソンブルイユ軍は、王女を惨殺しておいて、悲劇のヒロインに仕立てたおとぎ話を流布したんだよ。王女は奢侈に流れた自らを悔いて、身投げをした。王女を哀れんだ月神が銀の糸で彼女を絡めとり、花嫁として月へ召したとね。そういう生贄伝説に仕立てたことも一役買って、ソンブルイユは無血でロウランド城下町を制圧したんだ――……って、俺、何話してるんだ?」


 ジークフリートは熱に浮かされたような語りの後で、目を白黒させた。エミリまでもが怪訝な顔でジークフリートを見ていた。

 沈黙を破ったのは聖輝だった。


「ジークフリートさん……」

「ジークでいい」

「ではジーク、そんな与太話を本にしたところで、ソンブルイユの検閲で焚書ふんしょになるのがオチでしょう」

「あ、そっか」


 ジークフリートは大きく伸びをした。


「あーあ、印税生活ができると思ったのになァ……」




 外に出ると、夜風が髪を撫でた。アミュウは思わずドビー織の肩掛けをぎゅっとつかんで縮こまる。そろそろ冬物のショールが必要かもしれないと、アミュウは感じた。


「冷えますね」


 聖輝も、ジャケットのボタンを閉める。先に階段を降りていたナタリアが、聖輝を見上げて言う。


「私にはちょうどいいわ」

「酔ってるからだろ」


 ジークフリートが即座に突っ込んだ。アミュウと聖輝は階段を降りた。鉢植えのオリーブの、青い実と黒い実がぽつりぽつりと実った枝が風に揺れている。


「送っていきましょう」


 聖輝がアミュウに申し出ると、アミュウは目を丸くした。


「聖輝さんの宿はすぐそこじゃないですか」

「俺がいるぜ」


 ジークフリートが手を挙げるが、聖輝は首を横に振った。


「彼女は森に住んでいるんですよ」

「じゃ、ナタリアを町長さん家まで送った後、森とやらに行ってやるさ」

「飛んで帰るから大丈夫よ」


 アミュウは蓮飾りの杖を持ち上げて見せた。


「おっ。アミュウは飛べるのか。そういや村のばあ様も棒っきれで飛んでたっけなぁ」


 ジークフリートが杖をしげしげと眺める。聖輝は呆れたようにため息を洩らす。


「アミュウさん……昨日の話を忘れたんですか」

「だって、鳥の巣(ザ・バーズ・ネスト)は目と鼻の先よ。わざわざ森まで行って帰ってくるなんて馬鹿らしいじゃないですか」


 ジークフリートが手を叩く。


「だから、俺が送ってやりゃ一番手っ取り早いだろ。こう見えても本職だ」

「本職?」

「傭兵だよ。流しだけどな」


 聖輝はアミュウとジークフリートの顔を交互に見て、肩をすくめた。


「丸腰じゃないですか」

「まだ剣は村長さんに取り上げられてっからなぁ。ま、素手でもそこそこオッケーだぜ」

「……分かりました。気を付けてくださいよ」


 そしてアミュウに耳打ちした。


「明日の午後、ジョンストンさんを訪問してみましょう――昼食後、迎えに行きます」


 そこで聖輝と別れ、アミュウとナタリア、ジークフリートの三人はカーター邸に向かって歩き始めた。遅い刻限ではなかったが、ランプの光の溢れるキャンデレ・スクエアの一画を抜けると、とたんに夜闇が色濃さを増した。


「ねえ、さっきの話だけど」

「あ?」


 ナタリアが話しかけると、ジークフリートが視線だけをナタリアに向けた。


「あの安っぽいロマンス。私、ああいうの結構すきかも。ちゃんとした話になったら読んでみたいって思うよ」

「金にならないなら、書かねえよ」


 アミュウは、黙って二人の後をついていく。キャンデレ・スクエアから、狭い住宅地を抜けてセントラルプラザへ。鈴虫の声が、いつの間にか聞こえなくなっていた。空を見上げれば、三日月が白菊の花びらのように、鮮やかにその姿を浮かび上がらせている。


「――さ、着いたぞ」


 今は暗がりの中に沈んでいるレッドロビンの生垣の前で、ジークフリートはナタリアに自宅へ入るよう促した。


「私、ちょっとお店を見てくるわね。五分だけ、待ってて」


 アミュウはそう言って、その場を離れた。勝手口に据えられたアミュウ専用の郵便受けの中を検めるときに、ちらりと門の方を見ると、ナタリアとジークが何やら話し込んでいた。

 勝手口から店の中に入ると、アミュウはそのまま崩れるようにカウンターの椅子に座り、薬草と香のにおいを胸に吸い込んで大きなため息をついた。今日一日で、色々なことがありすぎて、もう何も考えたくなかった。


(ジークフリートは、アモローソ王女と騎士シグルドを知っているみたいだった)


 アミュウは郵便受けに溜まっていた手紙の封を、ペーパーナイフで破っていく。ざっと目を通して、優先度の高い順に並べ替える。ここ最近、店を空けてばかりで、仕事がどんどん溜まってきている。

 そろそろ五分経とうかというころ、アミュウはドアが軋んで音を立てるように、力のかけ方を調節して外へでた。まだ話し込んでいたナタリアとジークフリートが同時にこちらを見る。アミュウは手紙の束を帆布の鞄にしまいこみながらふたりに駆け寄った。


「お待たせ――ちょっとジーク、借りるわね」

「はーい。気を付けてね」


 ナタリアの見送りを受けてアミュウとジークは南の森に向けて歩き始めた。

 セントラルプラザを抜けるころ、アミュウはジークに詫びた。


「面倒をお願いしちゃってごめんなさいね。さっきも言った通り、ひとっ飛びで帰れるんだけど――ちょっと、話がしたくて」

「あ?」


 アミュウの少し後ろを歩くジークフリートが首を傾げる。


「あの、騎士・・の話」

「なんだよ、けっこう好評じゃんか」


 ジークフリートはあっけらかんとした笑いを浮かべる。その裏のなさそうな笑顔に、アミュウの緊張し、疲れ果てていた気分はほっと緩んでいった。何を考えているか分からない聖輝とは大違いだ。いくらか安心しながら、アミュウは燻っていた疑問――しかし、聖輝やナタリアの手前、ぶつけることのできなかった問いを、ジークフリートに投げかけてみた。


「どうしてあんな話を思いついたの?」


 ジークフリートは目を丸くした。


「あんた、変わったことを訊くんだな」

「そうかしら」

「ああ。馬鹿な話、とか、夢物語みたい、とか言われたことはあったけど、どうしてそんなものを思いついたのか、訊かれたことはなかった」


 ジークフリートの歩調が鈍った。今やアミュウたちは市街地を抜け、家屋のまばらな町辺縁部まで至っていた。


「あれな。実を言うと、まさに夢物語なんだよ。俺、昔から時々、妙にリアルな夢を見ることがあってさ。それっぽくオハナシに仕立ててるだけなんだ」


 アミュウの胸が音を立てて高鳴った。しかしアミュウには、いま(・・)、どう反応を返せばいいのか見当もつかず、「ふぅん」と相槌を打つしかできなかった。


「……もっと言えばさ、夢の中で俺はいつも騎士役でさ。アモローソ王女のことも、なんだか本当にそこ(・・)に生きているみたいにリアルなんだよ。こういう話をすると、決まって馬鹿にされるんだけどさぁ……」


 そこでジークフリートは歯切れ悪く、言いにくそうに澱みながら、言葉を続けた。


「なんだか、アミュウなら真面目に聞いてくれるって気がする」


 アミュウは、とるべき態度を決めかねたまま、曖昧に頷いた。


「そうね。少なくとも、馬鹿にはしないわ……興味もある」

「そうか。サンキュ」


 ジークフリートは歯を剥くように笑った。



挿絵(By みてみん)

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