2-18.藁のベッド【挿絵】
食後、ケヴィンが大量の飼い葉を土間に持ち込み、聖輝の寝床を整えていた。
「どうもすみませんねぇ」
フィオナから借りた毛布を抱えた聖輝が、のんびりと詫びとも礼ともつかぬ言葉を口にする。アミュウは、台所から持ってきた小さなケトルとウィスキーの瓶を、作業台に載せた。
ケヴィンが山のように積んだ飼い葉の上に、聖輝とアミュウが毛布の四隅を持って張り、シーツ代わりとなるよう、そっと下ろす。
「やあ、立派な寝床だ」
「ちゃんとしたベッドが無くてすみません……」
ケヴィンは心底申し訳なさそうに、聖輝に枕を差し出す。
「これ、僕の枕なんですが、嫌じゃなかったら使ってください。ちゃんとカバーは替えましたから」
「ありがとう。使わせてもらいますよ」
聖輝は枕を飼い葉ベッドの毛布の上に置き、その上に寝転んだ。そのとたん、山と積んだ藁はつぶれ、毛布の下から溢れ出てしまった。尻や背が硬い地面についてしまっているのが、本人に訊かなくても分かる。
聖輝は頭を掻きながら上体を起こした。
「うーん……前のときはもっとしっくりきたのですが」
アミュウも興味本位でその毛布の上に座ってみた。腰を下ろした途端に藁が崩れていく。「ふかふか」とは程遠い心地だった。
ロナルド――ケヴィンたちの父親が、居間につながるドアから顔を出した。
「おいおい、何をしているんだ。バラバラの藁を敷いたって、何にもならないぞ。ケヴィン、束になってるやつを持ってこい」
「あ、ああ。わかった」
ケヴィンは慌てて外へ走り出す。ロナルドは散らばった飼い葉を足で掃いた。アミュウも壁に立てかけてあったほうきを借りてロナルドを手伝う。
「これのこと?」
ケヴィンが手押し車で運んできたのは、ワイン樽の倍ほどもある干し草の束だった。
「そうそう、束ねたやつでないと、すぐにぺしゃんこになっちまう」
「父さん、藁のベッドで寝たことあるの?」
「おう。昔は忙しいときゃア、親戚だの知り合いだのをかき集めて野良仕事をしてたんだ。子どもだって手伝いに駆り出されてな。そういう時は、子どもはみんな飼い葉のベッドで雑魚寝したもんだよ」
ロナルドとケヴィンは藁束を土間の床に並べていった。作業の合間に、ケヴィンが父親にぽつりとつぶやいた。
「これで倉庫の飼い葉は全部だったよ」
「そうか……仕方ない。今年はどこかから買うしかないか」
アミュウはその会話を聞き洩らさなかった。
あっという間に藁束のベッドが出来上がった。ロナルドがしたり顔で聖輝に言う。
「さ、これでどうですかな」
アミュウとケヴィンが藁束の上に毛布を敷く。聖輝は藁束に上がって、その上に寝転がった。
「ええ、なかなかの寝心地です」
「そりゃア良かった。ちゃんとしたベッドを用意できなくて悪いが、ぐっすり眠ってください。台所は好きに使って、その酒も、好きなだけ飲んで」
そう言ってロナルドは居間へ引き上げていった。ケヴィンは、使わなかった飼い葉をまとめて手押し車に載せると、作業台の上のランプの灯りをごく小さく弱めて、「じゃ、僕もこれで」と言って外へ出て行った。
暗くなった土間にはアミュウと聖輝が残された。聖輝は藁束の上で寝転がったまま降りてこない。アミュウはケヴィンが置いていった枕を聖輝へ寄越す。
「……すみません。私がワガママを言ったから」
「いいえ、どうってことないですよ。さっきもフィオナさんに言いましたが、屋根があって、毛布があればそれでいいんです」
聖輝は頭の下に枕を据えて言った。
「さあ、アミュウさんもお疲れでしょう。もう休みなさい」
しかしアミュウはその場を離れなかった。
「私もその上に乗ってみたいです」
聖輝はむくりと上体を起こした。アミュウは、鳩尾ほどの高さの藁束をよじ登り、聖輝の隣に座る。聖輝が無言のまま藁束のベッドを降りたので、アミュウはそこに寝転がってみた。干し草の臭いが鼻をつく。厚い毛布の下から、ごつごつとした藁しべが肌を突き刺してくるようだった。お世辞にも寝心地が良いとは言えない。ケヴィンの枕には綿がぎっしりと詰まっていて、頭周りだけが心地よかった。
聖輝は作業台のスツールに座り、グラスに少しのウィスキーとケトルの湯を注いで、一口啜った。アミュウは寝返りを打って聖輝の方を見た。
「……そういえば食事の時、あまり飲んでませんでしたね」
「私はワインには酔わないが、他の酒には酔っぱらうので」
「え」
アミュウは身体を半分起こして聖輝を見た。聖輝が水のようにワインをあおる姿はこれまで何度も見てきたが、酔ったところは見たことがない。というよりも、聖輝がワイン以外の酒を飲んでいるところをほとんど見たことが無かった。
(――いえ、カーター邸でグラッパを出したわ。それに、「カトレヤ」でブランデーを飲んでいた)
思わずアミュウは訊ねる。
「どうして酔わないのにワインを飲むんですか。お酒って、酔っ払うために飲むんじゃないんですか」
聖輝は少し困ったように考えてから答えた。
「そうですね……ワインが、私の体質にいちばんよく馴染むんですよ。もちろん美味しいほうがいいが、赤であればなんでもいい」
「ふぅん……」
アミュウにはよく分からない理屈だったが、曖昧な相槌を打った。
出し抜けに、くしゅんっとひとつ、小さなくしゃみが飛び出た。聖輝はアミュウを見た。
「土間では寒いでしょう。部屋に戻りなさい」
アミュウはうつ伏せになって枕に顔を埋めた。ケヴィンの体臭なのだろう、頭皮の脂のにおいがした。嫌なにおいではなかった。アミュウは、まだそこにいたかった。
聖輝はため息をついて立ち上がり、部屋の片隅に置いた革の鞄からワイン瓶を取り出した。
「ちょっと待っていてください」




