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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第一章 森の魔女と聖霊の申し子

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1-4.おめかし【挿絵】

挿絵(By みてみん)


 カーター邸に戻ったのは、薄暮の光が今にも途切れるかという時間だった。アミュウはやはり勝手口から家に入り、店舗と居住空間を隔てる扉を細く開いて客人の気配を探った。客間で話し声がする。


「一張羅で来てね」


 ナタリアの言葉を思い出す。アミュウはまだ、割烹着のような青いスモックを着たままだった。二階に上がり、かつてアミュウが使っていた部屋を覗くも、客用の寝室となっていて、アミュウが残した荷物はどこかへ片付けられていた。

 ふと思いついて、ナタリアの部屋のドアを開けてみると、ベッドの上に藍色のカクテルドレスが置いてあった。アミュウがまだカーター邸で暮らしていた頃、セドリックがホームパーティーを開くときに着ていたものだ。ナタリアの心遣いに感謝しながら袖を通してみると、以前よりもゆるくなっていて、妙な場所にシワができるのが気になった。しかし今はこれしか着るものがない。


 ナタリアの鏡台から適当にアクセサリーを拝借して、アミュウは金髪を夜会巻きに整えた。ついでに淡い色のルージュも借りる。姿見に映してみて、靴が無いことに気が付いた。今履いている普段使いのモカシンシューズのままというのはさすがに恥ずかしいが、ナタリアの靴を借りるにしても、サイズが異なる。アミュウはクローゼットを物色して、華奢な白のオープントゥのミュールを選んだ。甲が余ってぐらつくが、これが一番まともに履けそうだった。

 身支度を整えて階下へ行くと、ナタリアに出くわした。


「遅い」

「ごめんね」


 アミュウは素直に謝罪した。


「謝りついでに、もう一つ。色々お借りしました」


 ナタリアはアミュウの頭のてっぺんから足先までを舐めるように見た。


「まあまあじゃん」


 アミュウは、ナタリアが貸したくないと思っているものには手を出さずに済んだと、胸を撫でおろした。


「例の牧師さんはもう見えてるのよね。どうだった?」

「今、パパが家の中を案内してる。店で待ってて。夕食のタイミングで呼びに行く」


 アミュウが「どうだった」と訊ねたのは、客人がどのような人物かについてだったのだが、ナタリアは質問の焦点から微妙にそらして答えた。アミュウは何も訊かないことにした。


「わかった」


 ナタリアは階段を上がっていく。自室で化粧直しでもするのだろう。アミュウは言われたとおりに店舗に戻った。

 客用の丸椅子に座って、天井を仰ぐ。ランプをひとつだけ灯すと、おめかしをしている高揚で店内がいつもよりも色鮮やかに見える。壁という壁に備え付けた棚、ガラス瓶のきらめき、幾種類ものハーブとお香の煙が混じりあった複雑な芳香。

 左手の棚に鎌が置いてある。アミュウは何とはなしにそれを手に取った。儀式用の鎌で、通常よりもずっと小ぶりの――子どもが扱うのにちょうどよいくらいの大きさだった。農道で見たイアンの、細い背に負われた大きな頭陀袋が思い出される。そして次にオリバー・ハーンの息子の姿が目に浮かんだ。


(そういえば、イアン君も母親がいないんだっけ……)


 アミュウは二人の共通点に思い至った。しかし、オリバーの息子には祖父母がついている一方で、イアンの場合はほかに頼る人がいない。アミュウの診立てでは、ジョンストンは気力が大幅に低下しており、長期の静養が必要だ。それを支えるのが十歳そこそこの少年とは……

 物思いにふけっているところに、突然勝手口のドアが開いたので、アミュウの心臓は縮みあがった。

室内が明るく、外が暗いので、戸口の人物の姿の詳細は見えなかったが、低く柔和な声の感じには覚えがあった。


「やあ、失礼します」

「おや、アミュウ。ここにいたのか――さあ、上がってください」


 彼の後方から養父セドリックの声が聞こえる。

 その人物が店内に入ったとき、アミュウは再び肝をつぶした。黒髪に黒目の端正な顔、すらりとした体躯。先刻ベイカーストリートで薬瓶をキャッチした、あの男だった。今は白いマントを外して、白い詰襟のチュニックの上に白のガウンをすっぽりと被っていた。紅に金糸の刺繍が施されたストラを腰から垂らしている。

 アミュウは立ち上がることも忘れてその顔を見ていた。動悸がする。何かを思い出せそうで、思い出せず、もどかしい。彼とは、もっとずっと以前に、ベイカーストリートとは違う場所で会っている気がする。どこで?

 アミュウが言葉を失っているうちに、男の方もじっくりとアミュウの顔を検分していた。


「また会いましたね。落し物は大丈夫でしたか」


 男はアミュウに近寄り、人当たりの好い笑顔で右手を差し出した。それでアミュウはようやく丸椅子から立ち上がった。


「なんだ、知り合いか。ミカグラ先生、ご存知のようですが、こちらが末の娘のアミュウです。この町の魔法がらみの何でも屋のようなことをやっております。アミュウ、教会の本山から来られたセーキ・ミカグラ先生だ」


 セドリックが後から店内に入ってきて紹介した。


「アミュウ・カーターです。先ほどはありがとうございました」


 セーキが差し出した手を軽く握ってアミュウは頭を下げた。彼の手は大きく、乾いて冷たかった。セーキは手を離してセドリックの方に向き直る。


「アミュウさんとは、今日が初めてです。こちらに伺う前に街中で偶然会ったんですよ。不思議なご縁ですね」


 セーキの言葉を聞いて、アミュウは知り合いではなかったのかと安堵したが、どうも腑に落ちない。胸の奥がすっきりしない。


「仕事とやらは、済んだのか」

「ええ。遅くなってごめんなさい」


 階上からナタリアが下りてきて、廊下からひょっこり顔を出す。


「こんなところにみんなして集まって――家の案内は終わった? もう夕食の準備ができたって」

「そうか、アミュウも来たことだし、食事にしよう」


 セドリックが先頭に立ち、セーキを食堂に案内する。その後にナタリアが、最後にアミュウが続く。廊下を歩く間、アミュウは小声でナタリアに訊ねた。


「それで、どうなの?」

「どうって?」

「あの牧師さんのこと、どう思う?」

「ああ……思ったより若いね。顔もいいし、背も高い」


 ナタリアはわざとらしいほど上ずった声で答えた。


「穏やかで優しそうだし……なんていうか、紳士だよね。さっき玄関の段差で、エスコートしてもらっちゃった。おかしいよね、自分の家なのにさ」

「第一印象は満点みたいね」


 アミュウは自分の彼に対する第一印象を思い返した。優美な顔立ちと振る舞いが印象深かったが、色鮮やかな虫が毒を持っているように、その下には得体のしれない恐ろしさを感じるのだ。何より、彼を知っている気がしてしょうがない。教会の本山は王都ソンブルイユ郊外に位置するが、アミュウが王都にいた間に会っているのだろうか。しかし、向こうは今日が初めてだと言う。アミュウは頭をひねった。勘違いだと捨て置けない、奇妙な違和感があった。

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Copyright(C)2018-志茂塚ゆり
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― 新着の感想 ―
[一言] アミュが学ぶために行った時ではなくて、もっとはるか前からの知り合い?という事でしょうかね。 例えば、アミュが小さい時に森をさまよっている前から……
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