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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第二章 銀の匙で海をすくう

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2-14.スタインウッド教会にて【挿絵】

 平屋ばかりの村の中央には井戸と広場があって、僅かな商店が軒を連ねていた。教会は、広場の東側に面していて、ごく質素な長方形の建物の奥に、十字を戴いた鐘楼塔が頭を突き出している。正面には十字の格子に切り分けられた丸窓のほか、何の装飾もない。

 なお、この広場には駅もあったが、とうに馬車は出たらしく、今は誰もいなかった。昼下がりの刻限、村人たちは畑や牧場へ出払っているのか、駅だけでなく、広場全体に人が見当たらない。中年の女性が一人、井戸の水を汲み終わり、広場の北へと去っていくだけだった。不気味なほど静かだった。


「さて、これからここの牧師から話を聞くわけですが、教会というのはとにかく機密が多い。どうしましょうか、アミュウさん」


 アミュウは顔をしかめた。


「せっかくここまで来たのに、居合わせてくれるなってことですか」

「そうは言っていませんよ。ただ、私一人で行ったほうが、色々とやりやすくはありますね」

「…………」


 アミュウは眉間の皺を最大限に深めて抗議の色を示したが、聖輝は面白がるように薄ら笑いを浮かべてアミュウを見下ろすのみ。譲る気は無いようだった。


「……分かりましたよ。外で待ってます」


 アミュウは渋面を崩すと、両手を挙げて降参のポーズをとって見せた。


「すみません。なるべく早く戻ってきますから」


 そう言って聖輝は、飾りっ気のない木の扉の向こうへ消えていった。

 アミュウは、教会の正面口につながる石の階段に腰かけて聖輝を待つ。大きなカラスが一羽、どこからともなくやって来て、教会の真向かいにある商店の屋根にとまった。残飯でも狙うかのように、小首を傾げて広場をめまわす。

 その商店から、老いた男が一人出てきた。中折れ帽をかぶり、苔色のジャケットを着込んでいる。田舎にしては珍しい出で立ちだった。

 老人はアミュウのいるほう――もとい、教会に向かって歩いてくる。アミュウは邪魔にならないよう立ち上がった。そして、老人と視線が合った。整えられた銀の口ひげが、秋の陽射しを浴びてきらきらと輝く。


「見ない顔ですな。お客さまですかな」

「はぁ……」


 老人に声をかけられ、アミュウは曖昧に返事をした。聖輝の、ケヴィンに対する態度を思い返すと、他人の前では口を閉ざしているべきだと思われた。

 アミュウの思惑とは裏腹に、老人はなおもアミュウに話しかけてくる。


「教会に御用ですか」

「いえ、そういうわけじゃ……」

「石段なんぞに座っていたら冷えてしまいますよ。中に入りませんか」


 老人はアミュウの前を通り過ぎ、教会の質素な扉を開けて、手で押さえている。


「さあ、どうぞ」

「でも……私、ここで人を待っているので」

「寒いでしょう、中でお待ちなさい」


 老人は、年齢を重ねたひとにしばしば見られる慇懃な押しの強さで、アミュウを促す。そういえば、エミリ・マルセルにも似たような節があった。


(下手に断るほうが、変に思われるかしら)


 アミュウはその建物の中に足を踏み入れた。中は前室となっており、丸窓から柔らかく降り注ぐ自然光で、意外なほど明るかった。目の前の、腕を少し伸ばせば届きそうなところに内扉がある。鼻にツンと、菊のにおいが舞い込んでくる。内扉の両側には簡素な花台があり、リンドウと合わせて白い菊が活けてあった。

 老人は外扉を閉じると中折れ帽を脱ぎ、内扉を押し開けて、さらに中に入れとアミュウを促す。ここまで来ては固辞する理由も無いので、アミュウは招かれるままに中に入った。

 ごく短い身廊を歩く。アミュウのモカシンシューズは当たりが柔らかいが、先導する老人の靴底は固いらしく、彼の足音のみが側廊の石壁に反響する。

 建物はごくシンプルな十字架の形だった。クロスの下方、長いほうが身廊にあたり、両側に長椅子が並ぶ。奥へ進むと交差部の内陣がある。最奥のアプスには教壇が据えられ、突き当りの壁には縦長のステンドグラスと、古びた木の十字架が掲げられていた。

 内陣まで進むと、真上の採光塔から光が降り注ぎ、そこだけが特に明るかった。老人は光の真下でアミュウを迎える。そこで、袖廊のほうへ向かって話しかけた。


「フェルナン、君も来客中か。もうひとり、可愛らしいお客が見えているよ」


 アミュウは、あまりに室内が静かだったので、まさかそこに人がいたとは思わず驚いた。しかしよく考えてみれば、先ほど聖輝が入ってから出てきていないのだから、誰かがいて当然なのだった。その死角から返事が返ってくる。


「エヴァンズ先生。こちら、ミカグラ卿の御子息です」

「ほう」


 エヴァンズと呼ばれた老人は、袖廊の方へ歩み寄る。アミュウも身廊を抜けて、内陣に足を踏み入れた。そちらを向くと、聖輝と、彼よりは一回りほど年嵩と見られる牧師が立っていた。フェルナンと呼ばれた男だ。

 聖輝は、アミュウの姿を認めると困ったような笑みを浮かべた。


「そんなに長く待たせてしまいましたか」

「おや、待ち人とはその方のことだったのかな」


 老人はアミュウを見て微笑むと、聖輝に向き直った。フェルナンが聖輝に老人を紹介する。


「こちら、以前この教会の牧師を務めていた、グレゴリー・エヴァンズ先生です。先生、ミカグラ卿ご子息のセーキさんです」

「これはこれは。確か数週間前にもスタインウッドにお立ち寄りになったと、このフェルナンから聞いております。その節はお目にかかれませんでしたが、今日、こうしてお会いできて嬉しゅうございます」


 グレゴリーは聖輝に向かって右手を差し出した。聖輝は、人の好い笑顔を浮かべてその手を握り返した。


「セーキです。お初にお目にかかります」


 アミュウは少し離れた場所で、聖職者たちのやり取りを見守っていた。フェルナンは、アミュウが気後れしていると見て取ったのだろう、聖輝に弁解した。


「お連れの方がおいでとはつゆ知らず、長話を失礼いたしました。ですが、そのナイフのことでしたら、エヴァンズ先生の方がよく知っているかもしれません」

「はぁ。ナイフとは?」


 グレゴリーは聖輝に近付く。聖輝はタオルの上に載せたナイフをグレゴリーに見せた。


「錆だらけですな……これが何か?」


 グレゴリーは聖輝を見上げた。


「カーター・タウンの民家で見つかったんですよ。スタインウッドのナイフのようだったので、ちょっと気になりまして」


 聖輝の言葉を聞いて、グレゴリーの目の色が変わった。グレゴリーは数歩下がって、聖輝に訊ねた。


「どこで、見つかったと? その家の主の名は」

「ジョンストン・タルコットという農家です」

「……タルコット…………タルコット」


 グレゴリーはうつむき、その名を繰り返し口にした。そして顔を上げると、静かに聖輝に言った。


「すみませんのう。思い出すのに少し時間がかかりそうです。日を改めて頂けはせぬか」

「わかりました。ただ、こちらも旅の身です。あまり長くは……」

「なに、明日でも明後日でも結構です」

「では、明日」


 グレゴリーは左手に持っていた中折れ帽を、最前列の長椅子に置いて言った。


「明日の朝、二の鐘――九時頃にここへ来てください。私の家へ案内しましょう」


 そしてグレゴリーはアプスの十字架に向かって十字を切って両手を組み、神妙に祈りを捧げた。顔を上げると、アミュウに向き直って言った。


「お嬢さん、お名前は」


 聖輝が制する前に、アミュウは即座に答えていた。


「アミュウ・カーターです」

「ほう」


 グレゴリーはしなびた顎を撫でて言った。


「もちろん、あなたもおいでなさい。年寄りのひとり暮らしです。どうせ何もお構いはできません。遠慮はご無用ですぞ」


挿絵(By みてみん)

2018年12月30日、「月下のアトリエ」は10,000PVに到達しました。

読んでくださる全ての皆様に厚く御礼申し上げます。


また、本作へファンアートを寄せていただきました。

下記活動報告記事にてご紹介しておりますので、是非ご覧ください。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1423845/blogkey/2211679/

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