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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第二章 銀の匙で海をすくう

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2-13.発言と沈黙【挿絵】

挿絵(By みてみん)


 すぐ近くの木陰を陣取り、休憩をとることにした。

 アミュウがドビー織の肩掛けを地面に広げようとするのを聖輝が制して、ハーンズ・ベーカリーの紙袋を裂いて広げて敷くと、自分はその隣の、耳菜草みみなぐさの葉がクッションを作っているところに胡坐をかいた。


「……ありがとうございます」


 アミュウも紙袋の上に腰を下ろす。


「歩くとは思わなかったから、多めに持ってきてしまいました。少し早いですが、腹の中へ収めましょう」


 聖輝はナイフでカンパーニュをスライスして手渡す。自分の分もスライスすると、ナイフとパンを組んだ脚に載せて、祈りの文句を口にして十字を切った。アミュウも同じ言葉を口にしながら、聖輝の所作を横目に見て、水が高みから岩に沿って、レース細工のような花を咲かせる苔の合間を滑り落ちていくような滑らかさを思い起こした。

 そのイメージがあまりにも色鮮やかだったので、アミュウは自分でも驚いた。どこかで見たことがある気がする。自宅のそばの泉ではない――どこだったか。


「見たところ、あなたは専守防衛――というか、相手を攻撃するような魔術を心得ていないようですね」


 聖輝はもそもそとパンをかじりながら、コルクスクリューでワインを開けた。アミュウは黙って頷く。


「前にも言いましたが、あなたのオーラは透明だ。あまりに透き通っていて、味が無い。だから、魔力はあるのに精霊と馴染まない」

「師匠からも似たようなことを言われています。お前に精霊魔術は使えない、と」


 聖輝は鞄から木の椀を取り出してワインを少量注ぎ、アミュウに差し出した。


「どうぞ。酒は苦手かもしれないが、水分も採らないと」

「いえ、水は持ってきています」


 アミュウは鞄から紐飾りのついた瓢箪ひょうたんを取り出して、中の水を一口飲んだ。そしてもらったパンをかじる。


「さあ、どんどん食べて。荷物が減りません」


 聖輝はパンを切りわけてアミュウに渡し、椀のワインを飲み干すと、今度はなみなみと注いでから、アミュウに訊ねた。


「それで、精霊魔術も使えないのに、どうしてオオカミに突っ込んでいったんですか」


 アミュウは口の中のパンを飲み込んだ。咀嚼したはずのそのどろどろの塊はとても重かった。


「だって、ほっとけないじゃないですか」


 その続きを言うか、言うまいか。アミュウは迷ったが、聖輝は沈黙を守ったままパンを噛んでいた。その静かさに耐えきれず、アミュウは言い切った。


「……それに、聖輝さんが来てくれると思ったから」


 聖輝は口の中のパンを流し込むようにワインをあおった。


「あまり私を当てにしないでください」

「すみません」


 アミュウは即座に謝った。よく分かっているのだ、自分の非力さは。しかし、聖輝が後を追ってくれると信じられたからこそ、アミュウは飛び出すことができたのだ。アミュウはそっと言い足した。


「……でも、実際に来てくれましたよね」


 聖輝はため息をついてみせた。


「私の力は有限です。弾丸たまが尽きたら何もできない」

「誰の力だって有限だわ」


 アミュウは言い返した。


「私には、できない理由を並べるよりも、できる筈のこと(・・・・・・・)をしなかった(・・・・・・)という(・・・)後悔・・を抱えない方がよほど大切です」


 聖輝は暫くのあいだ、パンもかじらず、ワインも舐めず、黙っていたが、やがて口の端に笑みを浮かべた。アミュウは、その微笑みは、アラ・ターヴォラ・フェリーチェでワインを注いだ時に見せたときの同種のものであるように思えた。アミュウは、そのほんの僅かのあいだ、聖輝が浮かべた微笑みを目に焼き付けた。

 そして、聖輝に夢語りをしようと意気込んでいた衝動を飲み込んだ。聖輝は、失った記憶の手がかりを求めて、アミュウの夢語りに目を付けているのだ。全て語ってしまえば、聖輝がアミュウに付きまとう意義は失われるだろう。そうなったとき、ナタリアはどうなるのか。再び聖輝にかどわかされるのか。


(今は、聖輝さんをナターシャから遠ざけておかないと)


 アミュウは黙って、聖輝の寄越すパンきれを口に押し込み、水で流し込んだ。



 昼過ぎには、スタインウッドへ到着した。スタインウッドはカーター・タウン同様、村の外側と内側の境界が曖昧だ。放牧地帯からぽつりぽつりと畜産小屋が、そのうちにちらほらと民家が見えるようになる。道には舗装もなく、境い目もなく、緩やかに村が始まる。チチ、チチと、金属の擦れるような音が聞こえた。何かと思って眺めれば、ハクセキレイが短い脚をくるくると回して牧草地を走っていた。


「あ、ここって……」


 アミュウが指さした先には、牧舎らしき平屋の正面、鎖で吊るしただけの素朴な木の板に「シンプトン牧場」と書いてあった。


「さっきの羊、大丈夫だったかしら……」

「アミュウさん、ここに来た目的を忘れていやしませんか」


 聖輝が横目をやり、にこやかに釘をさす。アミュウはたじろいだ。


「村の中央に教会があります。行ってみましょう」


 聖輝が再び歩き始め、アミュウもその後を追おうと一歩踏み出しかけたとき、その牧舎から金切り声が聞こえた――しかし人の声ではない。ヤギか羊か、家畜の声だ。アミュウは思わず振り返る。聖輝はアミュウの腕を引いて、牧舎に背を向けさせようとする。


「行きましょう」

「でも」


 その声は数度、大きくうねり、高まり、聞く者の耳を裂いて、ぷつりと途絶えた。そして牧場は元通りの静かさを取り戻した。

 チチ、チチィと、ハクセキレイが草地を走る。


「妥当な判断だと思いますよ。怪我した家畜は管理が難しい」


 聖輝がぽつりと呟いたあともアミュウは暫くその牧舎を見ていたが、聖輝に背中を押されると、とぼとぼと通りを歩き始めた。


「ここまで歩いてきたのも、無駄足でしたね」


 聖輝が独りちると、アミュウは聖輝をきっと睨んだ。聖輝は、それきり黙って先を歩いた。村の中央広場へ行くまでの道すがら、誰ともすれ違わず、ただ家畜と鳥と虫の声だけを聞きながら教会を目指した。

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